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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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それでも世界は生きているから ハイネとマリィ篇2

飛行機雲なんて見たことがなかった。
話には聞いたことがあるけど、見たことは今まで一度もない。ひょっとしたら飛行機なんてものがそもそも存在しないのではと私は思った。
大人たちが私に嘘をついているのだとしたら、どうしたものだろうか。
それが嘘なのか真実なのかを判明させるだけの力が私にはないから、誰かがいつか、見せてくれるのを待つ。



風の吹く音が、私の耳に響く。言葉をなくしたカナリアが空を飛ぶ。私は飛行機雲を見たことはないが、カナリアは見たことがあった。カナリアの存在を教えてくれたのはリリだった。リリはカナリアを飼っていて、一度だけ見せてくれたことがある。図鑑でしか見たことのない鳥だったから、私は感動した。
私を見つめて動かない彼女は、考えあぐねているのだろう。その瞳はどこか虚ろだった。どこかで見たことのあるような表情。
「僕、は」
彼女が口を開いて、私の肩に手を置いた。何かを迷っているような表情だ。
「最初は、君が、カムパネルラに似ていると思ったんだ」
カムパネルラ。私の知らない、彼女の思い出でしか語られない存在。
「自分でカムパネルラを殺しておきながら、僕はカムパネルラを、カムパネルラに似た君を求めた」
似ているから、求められた?
じゃあ、彼女は、私を。
「でも、僕の中で君は、カムパネルラとは違うものになっていった……」
マリィが私を見る。虚ろな瞳ではない、光の灯る、綺麗な。
「君だから好きなんだ、ハイネ」
その言葉は私を飲み込み、がんじがらめにしていく。まるで空に伸びる蔦に絡まれた鳥のようだ。そうか、私が言葉をなくしたカナリアだったのか。
「……ハイネ、大丈夫だよ、泣かなくていいから」
マリィが私の涙を拭う。私は声をあげて泣きくずれるしかなかった。
一つ一つの言葉が、私を優しく壊していく。
「たとえ、どんな君であっても、僕は君を愛しているから」
微笑むマリィがそこにいる。
私は、マリィに受け入れられた。



泣くのが辛いだなんて、今までは慣れたことでしかなかった。でも、今は違う。それらを乗り越えてこれたから今の私がある。
「次はハイネの番だよ」
息が詰まる。もう気持ちは決まっているのに。呼吸がうまくできない。私は。
「大丈夫? ハイネ、顔あげて」
「ん……んっ!?」
息も絶え絶えの私が顔をあげると、マリィが私の唇にキスをした。
抵抗する力もなく、私はただ、なされるがままに舌を弄ばれる。
「……こういう形でしか、受け入れてくれないと言うなら、それでもいい」
肩で息をする私を、彼女が捉える。視線は外さず、自然と見つめあう。
心臓の鼓動は高鳴り、私はその音が彼女にも聞こえるのではないかと心配になる。
「ハイネ、今度こそ離れないから」
私の気持ちは、既に決まっているのに。
どうして、言えないのだろう。もうひとりぼっちにはならなくて済む。寂しい思いをしなくていい。これからは、いつもどこにいてもマリィが隣にいてくれる。
ああ、なんて。
なんて素敵なことだろう。
ずっと、好きな人と一緒にいられる。どこにだって行ける。彼女となら、何だってできる。
今まで、誰に対してもこんな気持ちになれたことはなかった。兄さまの時でさえ、そうまでできる自信がなかった。
私を見てくれている。彼女は、私だけを見てくれているのだ

だから、私は。

そんな彼女にある一つの意地悪をしたくなった。
「マリィ……私、ね」
待ちくたびれた様子も見せずにいた彼女が、息を飲む。
「マリィに、そんな、に、愛さ、れていたな、んて、知らな、かった」
でも、これは意地悪の域を越えている。
自分でもわかるのだ。私がしていいことではない。本当に彼女の気持ちを確かめたくなったから。
軽い気持ちもあった。
マリィから離れて、窓に足をかける。
「……何の真似だい、ハイネ」
私は外に背を向けて、窓枠の上に立つ。
「本当、に、あな、たが私、を愛して、くれ、ている、のな、ら」
震える。腕だけじゃない、身体が悲鳴をあげている。
それでも、私はにっこりと笑って言ったのだ。
「私を、たすけ、て……」
その時。
まるで狙いすましたかのように突風が吹いた。私はバランスを崩して、そのまま背後に落下し。
マリィの驚いた顔が、遠くなる。少しずつ少しずつ、遠くなっていく。
スローモーション、というのはこの感覚なのだろうか。私の周囲の景色が、ゆっくりと、流れていく。
助けを求めるために伸ばされた腕は、空を掴んでその力を自らに押し返してきた。
ああ、本当に、これで。彼女の気持ちが確かめられるのだ。だったら、私の気持ちに悔いはない。やっと見つけた、愛を確かめあえる、マリィの気持ちを。
嫌だ。
私は何をしているのだろう。もう、このまま落ちていくしかないのに。何故そんなことを思うのだろう。死にたくない。マリィの気持ちを確かめるためだけに、私は死を選んだのか?
違う。わかっている。でも、私は。
私は。
空を掴む私の手が、より小さな手に絡めとられたのは、バランスを崩してすぐのことだった。



マリィが手を差し伸べてくれて、私は何とか窓枠からぶらさがる形となる。
「っ……冗談、キツいよ、ハイネ……!!」
私を引きずりあげようとする彼女。
なんで、彼女は。
「っとに……ぼーっとしてないで、這い上がってきてよ!」
声が荒々しい。
私は、そんな、彼女を困らせたいなんて。
身体に力を入れようとするが、入りきらない。足下は空気を蹴るだけで、地面なんて何メートルも先だ。
「力、出ない……」
マリィは私の話を聞いていないような顔で言う。
「知らないよ、そんな、こと……っ」
私を引き上げようと、必死になる彼女。
私は、空いた手を伸ばして、窓枠を掴もうとした。
「君が、僕を試して、何になるって言うんだ……」
しかし、窓枠を掴むことはできずに、余計に体力を消費しただけだった。
マリィは、半分身を乗り出す形で窓枠にもたれかかっている。私とて、自分の身体は重くはないはずだけれど、そんなに軽くないことを知っている。
私は何も言い返せない。
「助けるさ、たとえどんなことがあっても……君が世界に望まれなくても、僕が望む」
張り裂けそうな声で彼女は叫ぶ。私の瞳を見つめて叫ぶ。
「何だってする、君が望むなら」
呪詛のようで、祝詞のようで。
「でも、君がいない世界は嫌だ」
表情から、マリィの力が限界なのを感じた。私も、この手が離れたら終わる。汗で手が
「マリィ……」
水嶋ハイネは、ここで死ぬのか。
マリィが叫ぶ。

「君が……ハイネが死ぬぐらいなら……僕は世界なんていらない……君を、愛しているから……!」

その言葉は私を暗闇から引きずりあげた。
けれど、彼女の手が離れて。
私とマリィを結ぶ、一本のラインは途切れた。
私の瞳は、マリィと、彼女の背後を見つめながら――
「よくできました」
瞬間、マリィよりも私よりも大きな手が伸びてきて、私の手を掴んだ。
「……四塚、さん……」
私の手を掴んでくれたのは四塚さんだった。
「さ、君はそっち」
あっけにとられていたマリィが促されて、ハッとした表情になる。マリィはもう片方の手を掴んでくれた。
「よし、いち、にの、さんで引き上げよう」
四塚さんが言い、マリィが頷く。
「いち、にぃの……さん!」
同時に両腕を引っ張られて、私は窓の外から部屋へと戻ってきた。
「ふぅ……危ないな、もうしちゃダメだよ」
四塚さんが私の頭を撫でながら言った。
「バカっ!ハイネのバカっ!」
壁にもたれかかって息を整える私に、マリィは言う。その瞳は涙ぐんでいた。
「……ごめ、ん、なさ、い……」
心臓がまだドキドキとしている。私は、その動悸を抑えつつ、ゆっくりと息を吐く。
あ、四塚さんに、お礼を言わなければ。
「あ、れ……?」
部屋を見回してみたが、四塚さんの姿はない。
もう下に戻ってしまったのか。
ならば後できちんとお礼を言わなければならない。
私の隣で泣き叫ぶマリィ。
「泣か、ない、で、マリィ……」
私は段々と落ち着きを取り戻しつつある。しかし、身体は私の気持ちとは裏腹に震えている。
「大丈、夫、だから」
震える手でマリィを抱き寄せてあやす。
わんわん泣く彼女が、先程、私を求めた彼女だというギャップが、少しおかしく思えた。
「泣かない、で……いい子、だか、ら」
言葉は返ってこないけれど、代わりに私の身体を抱きしめる力が強まる。
くすりと笑い、彼女のために。
あの時、泣きやまない赤ん坊に聞かせた歌を。
私は歌う。

紡がれる歌に、彼女の涙は少しずつおさまっていく。赤ん坊のように彼女は身体を私に委ねる。
「……ハイネぇ……」
潤んだ瞳で私を見上げるマリィ。ああ、本当に。
彼女がいてくれてよかった。
私はそう思った。



「ハイネ、僕、君の気持ち聞いてないよ」
夕食後にくつろいでいると、マリィがそう言って私の顔を眺めだした。
「あ……えっ、と……」
言われてみれば、彼女の気持ちを聞いて安心しきっていたので、結局私は何も言わずにいたのだった。何故だか恥ずかしくて言えないだなんて、今更すぎる。
「ねえ、ハイネってば」
マリィが私ににじりよってくる。近い。主に彼女の顔が近い。
彼女の瞳がまっすぐに私を見ている。
彼女が私を愛してくれているのだから。
その気持ちを彼女は教えてくれた。私が答えなければいけないのに。
「あぅ……え、と……」
彼女から視線を逸らす。
廊下の向こうに葵さんの姿が見えた。
状況に気づいたのか、何も見なかったかのように通り過ぎて行った。私は、助けてもらえると思っていたのに。次に葵さんと話をする時、少し意地悪してやろうと思った。
「……言わないなら、いいよ、無理して言わなくて」
私の想いとは裏腹に、マリィは私から離れていく。
何だか、ひどく拗ねたような感じだった。これはまずいと流石に気づいた。
言わなければということで頭がいっぱいだったけど。
立ち上がった彼女を、引き寄せるかのようにして、私はマリィの名を呼んだ。
「ちが、うの……その、マリィ、私、恥ず、かし、くって……」
マリィがへえという顔をした。
「恥ずかしい、ねえ……」
表情が険しいが、私は勇気を振り絞って言うことにした。
「わた、私も、マリィ、のこ、と……」
マリィはじっと私を見ている。目を逸らさずにだ。
「マリィの、こ、と、愛し、てい、ます……」
言った!言い切った!マリィは!?
「……」
無言で私を見ている。
あ。
だめだ、きっと。
私には、そう思う以外の選択肢が。
「ありがとう、ハイネ」
やはりと言うか、なんと言うか。
それ以外の選択肢を選べなかった私がひどく臆病に思えた。
でも、それでも彼女は。
「それが聞きたかったんだ」
私を抱きしめてくれた。
まるで長い夢を見ていたかのような。



私は、水嶋ハイネとして生きることを許された。
そうして、私とマリィの道は続いていく。
たとえそのハテが、究極の選択肢を持って待ち構えていたとしても。
彼女がいるから、私は大丈夫だ。
もう、逃げない。
現実は、いつも目の前にあるのだから。






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それでも世界は生きているから

夜景の綺麗な場所で、見知った顔に出会った。
確か同級生だったと思う。
中学の時、一度だけ同じクラスになったんじゃないかと記憶している。
誰だったかは覚えていないのだけれども。
「月が綺麗ですね」
そう言ったのだ。
確かに夜空を見上げてみれば、月は綺麗だ。
でもきっと言っている意味が違う。
彼はその言葉の意味を、どこからか引用している。
とは言っても、引用先は一つだと思う。
それはいい。
こんなに夜景の綺麗な、この辺の人でも知らないようなところで、どうして彼と出会うのだろう。
偶然ではない、だろう。
けれど、彼を疑うかどうかなんてことはどうでもよかった。
今はこの綺麗な月を見ていたいだけ。
「隣、いいかな」
隣の空いた空間を指差して、彼は聞いてくる。
「別に」
一言そう返して、景色を見る。
彼は隣に座って同じように景色を見る。
会話はない。
高速道路を流れる光。
右から、左から。
建物の明かりが、ここからだと遠く綺麗に見える。
周りには森林しかない。
街に降りるには、8キロほど歩かなければならない。
だから、ここに来るには結構な距離を歩くか、車で来なければならない。
とは言うけれど、わたしは自転車をこいできた。
一時間もあればここまで来れる距離にわたしの家がある。
今日から夏休みで、おとうさんもおかあさんもわたしの外泊を許してくれた。
もちろん、外泊というのは間違っていないが、誰の家に泊まるわけではない。
この夜景が見たいがために、外泊という名の嘘をついた。
きっと気づいているとは思う。
ばれない嘘なんてないんだから。
「ねえ、なんでここにいるの?」
わたしは何の前触れもなく彼に問う。
「君を見ていたかったから」
驚く様子もなく、彼はそう言ってのける。
この暗がりに、目が慣れてしまって、彼の笑顔がよく見える。
きちんと見たことがないし、まず何よりも彼と話をしたことがなかったので、その顔の綺麗さに少しだけ驚く。
「あっそ」
「そっけないね、何だか、学校の君とは違う」
「え」
学校の、わたしと違う?
わたしからしてみれば、どこがどう違うのかなんて自分のことでもわからない。
ただ、なんで彼がそんなことを言えるのだろうと不思議に思う。
「はは、いつも見てるんだ、君の事」
そうか。
やはり、最初に彼のかけてきた言葉がそのままそっくりと。
「……言っとくけど、わたし、今彼氏いるから。わたしに何かしたら、痛い目にあうわよ」
自分の身を守るために、見え見えの嘘をつく。
彼は別に気にもしていないかのように笑う。
なんだろう、こいつ。
「じゃ、今日は帰るよ」
彼は立ち上がって、衣類についた砂を払った。
じゃあ、また学校で。
そう言って、彼は道なき道を歩いていく。
「ちょっと、最後に質問させて!」
わたしが大声で呼ぶと、彼は振り返る。
「本当は、何しに来たの?」
遠くから電車の走る音が聞こえる。
街の明かりは少しずつ消えていく。
虫たちが草むらで鳴き、時間の狂った蝉が喚いている。
「見上げてごらんよ」
彼は天を仰いだ。
わたしもそれに倣う。
「月が、綺麗ですね」
彼は闇の中に姿を消した。
頭上には、綺麗な月がわたしを照らしていた。
消えていった背中に、まだ間に合うと思って声をかける。
「明日も、ここにいるから!」
届いたかどうかはわからない。
少しでも、気になってしまったのだから。
わたしは小さな希望にかけてみた。

結局、夏休みの間はずっと彼には会うことがなかった。
わたしはずっとあの場所で彼を待っていたのに。
連絡をとろうにも、中学校時代のアルバムなんてどこにしまってあるのかわからない。
クラスの友達に聞きたくても、名前を覚えていないので聞くことができない。
いずれ会えるだろうと思っていたら、九月が終わってしまった。
夏休みの間、ずっと会えなかった上に、九月が終わった。
結局、それからもずっと会っていない。

「ユーコ、最近元気ないな」
隣の席の男子が言う。
わたしを心配してくれる、この学校でただ一人の友人だ。
「ちょっとね」
なんだろう、本当。
まさかあの男に恋でもしてしまったのだろうか。
そんなはずはないと自分で抗議する。
「ちょっと、とかユーコらしくないな」
笑って言われ、少しむっとする。
「別に」
「ごめんごめん、俺が悪かったよ」
彼が伸ばした手は、わたしの頭を撫でる。
「……別に」
気にしていない、という意味で口を開く。
その手は、ひとしきり私の頭を撫でた後、尾を引くこともなく離れていく。
少し名残惜しいと感じるのは、いつもわたしの方だった。
そうだ。
他の男なんかに恋をしている場合じゃない。
こいつがいるから、他の誰を見ることすらできないのだ、わたしは。
できない、違う、しないだけだ。
手のかかる、弟のようなこの同級生を。
ずっと知っていたけれど、仲良くなったのは最近。
「あ、ユーコ、今度家に遊びにいっていい?」
「うちに、来るの?」
思わず聞き返してしまう。
「うん。ユーコんとこ、昔からの日本家屋だろ? 一回ぐらい家の中見てみたいんだよ」
わたしに興味があるのかと、勘違いしてしまった。
別にこいつのことは嫌いではないから、断る理由はない。
「いいけど……おとうさんに聞いてからね」
「んじゃ、よろしくな」
にっこりと笑う。
その笑顔に、例の彼の笑顔が重なる。
窓の外から、一陣の風が教室内を吹き抜けていった。
ああ、もう秋が来るのか。

そうして、その後もずっとわたしは彼に出会うことはなかった。
それからこの同級生はうちに来て、両親とも妹とも仲良くなっていった。
わたしと同級生の道は、進学と就職で別れてしまった。
その後はそう何度も会うことはなくなった。
わたしは高校のころに出会った人と恋に落ちて、子供を身ごもった。
双子だった。
誰もがわたしを歓迎してくれて、誰もがわたしの中に宿った命を喜んでくれた。
子供たちは無事に産まれた。
男女の双子。
男の子には司。
女の子には灯。
そう名づけた。
二人の成長が、これから楽しみだ。



救急車が近くに来ているのだろうか。
感覚がおぼろげだった。
誰かに抱きかかえられて、呼ばれている。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。
呼ばれて、いるのか、本当に?
声が遠くに聞こえる。
視界も、ぼやけている。
どうしてこうなった?
わたしはただ、同級生とのお茶を楽しみにしていただけなのに。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。
同級生?
そうだ、同級生。
思えば、何度か彼と一緒に遊んだ記憶が。
斉原くんに呼び出されて、わたしは。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。
もう駄目だ、思い出せない。
眠たくなってきた。
おなかのあたりがあたたかい。
どんどん眠たくなってきた。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。
頭の中で悲しい曲が流れる。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。
わたしは死ぬのだろうか。
そういえば、こないだ四塚くんに会ったなあ。
おはなししようって、約束、したのになあ。
おとうさんもおかあさんも、悲しむだろうな。
ああ、そうだ。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。
司と灯に、悲しい想いをさせてしまうのだろう。
ああ、わたしは母親失格だ。
ごめんね。
わたしがみてあげなきゃいけないのに。
もう、触れることもできそうにないよ。
ごめんね、ごめんね。
あなたたちのことを、ずっと、みまもっているからね。
タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。タカタタタタタカタンタンタタカタカタタタカタンタンタンタン。



音が鳴り止まない。

でも、この曲は忘れられないから。
わたしはこのままどこか遠くへ。







「 九 支 枝 優 子 篇 」



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それでも世界は生きているから ハイネとマリィ篇

世界崩壊の日から、何日が経ったのだろうか、正直検討がつかない。というのも、私が今ここにいるということは、世界が崩壊したにも関わらず、私たちはまだ神様には見放されていないということになる(神様がいるのならばという前提をこめての話だが)。
世界がまだ私たちを必要としていると信じて、私は歌を。



寝苦しく感じたのは、見知らぬ部屋で眠っていたからではない。
私が今使っている布団が、柔らかすぎるからだと思う。その点で言えば病院のベッドはもう少し弾力があり、私好みだったと言える。そもそも、病院に好んでいたわけではないのだけれど。
隣に眠る、一人の少女。
私より身長が低くて、どこか男の子みたいな子。寂しがり屋でいて誰よりも勇敢なマリィ。
私の愛するマリィが、すぐ隣にいる。彼女を忘れてしまっていたことを悔やんでも、悔やみきれないことを理解しているしいくら何でも仕方のないことでは済まされないだろう。
彼女自身に許してもらえないのなら、私はどうすればいいのだろうか。

再会を果たして、彼女は倒れるように眠ってしまった。イソロクさんが部屋をあてがってくれたので、私はマリィにつきっきりでいた。いつの間にか眠っていたみたいで、私にも布団がかけられていた。誰かがかけてくれたのだろう、後でお礼を言わなければならない。
早く、起きないかな。
私だって、眠っている彼女を起こすだなんて野暮なことはしたくない。
互いに、万全な状態で話がしたい。
いくつも話したいことはある。
それよりも、彼女と触れ合いたい。
表面的なところでなく、もっと芯の部分で。
「ん……」
寝顔をみつめていたら、マリィがうっすらと瞳を開いた。
「……んー……」
のそっと起きあがり寝ぼけ眼で私を見る。
「ハイネ……」
「なあ、に?」
呼ばれたので答えたが、返事はない。
どうしたのだろう。まさか呼んだだけとか、ないよね。
等と考えていると、マリィが両手を大きく開き、私を抱きしめた。
「マリィ、な、なに、どうし、たの」
急すぎて私は狼狽する。
そんな私をよそに、マリィは私に抱きついたままずるずるとさがっていく。
何をするのかと思いきや、彼女はそのまま眠ってしまった。
「……」
正直なところ、何だかがっかりしたが、今何かされても私としては心の準備ができていないから対応しきれない。
二人のこれからを決める、話もしないといけない。
その結果がどうであれ、私は生きていかなければならない。
このまま二人の関係が続くのか。
それとも離別するのか。
苦汁を飲む覚悟はある。
後は、私が耐えられるかどうかだけ。
マリィ、私ね。
「マリィ、のこ、と、愛し、てるわ」
窓の外は未だ暗く、まるで二人の間を引き裂かんかのごとく、雷鳴が鳴り響いた。



「ハイネ、おはよ」
「あ……おは、よう、マリィ」
何だ、今の一瞬の間は!?とツッコミそうになるのを抑えて、僕は笑顔を保つ。
ハイネが少しよそよそしく感じるのだが、一体なんだろうか、気のせいだといいなあと思う。
僕が見たいのは、君の笑顔なのに。
朝になったら、隣にハイネの姿はなかった。部屋を出ると、なんだかいい香りがしたので、それにつられて僕は足を進めた。小さなキッチンに、ハイネと、男性が一人立っている。どうやら朝食をつくってくれているようだ。
「ああ、よく眠れたかい」
男性が振り返り、僕に問いかける。僕は少しの逡巡の後、気軽に答えることにした。
「うん、おかげさまで。この通りピンピンしてる」
軽く跳ねてみたり、身体を動かす仕草をしてみた。
「元気そうだね」
男性は中断していた作業に引き続き取りかかり、ハイネはその人の指示に従って手伝いをしていた。
怪しい人じゃないのは理解した。この男性は、四塚さんという人らしい。お姉さんである葵さんとデキているとハイネから聞いた。
僕が別の世界の住人だということも知っているみたいだ。きっとハイネが話したのだろう。
二人の後ろ姿を眺めていると、大きな男が目の前を通り過ぎようとして戻ってきた。
「おお、体調はよさそうだな」
厳つい体格の、イソロクさんだ。僕がこちらの世界に戻ってきて、最初に会った人だ。
会って間もない僕やハイネに、布団と部屋を貸してくれて、そのうえ食事まで食べさせてくれる。今の僕たちにとっては神様に近いものがある。
「ちっこいから体力なんか無さそうに見えるんだがな」
ガハハと笑うイソロクさんにイラッとして、目の前にある足を見て、思いっきりスネ目掛けて蹴り上げた。
「……!!」
響く振動、声にならない叫び。
をあげたのは僕だった。いくら靴をはいてはいても、ここまで固いとは思ってはいなかった。
「さて、働かざるもの食うべからずだ」
足をおさえる僕をおいて、イソロクさんは本の山に消えていった。
鉄か何かを仕込んでいるのかというぐらい彼の足は堅かった。よっぽど鍛えているのかもしれない。
悔しいなあと思いながらも、僕はその場でハイネを眺めることに専念した。
まだ何も知らない僕にとって、それはとても穏やかな一日の始まりだった。
そう、勘違いできるぐらいの、幸せだったのかもしれない。



朝食の後、私はマリィと二人だけにしてもらった。用意された部屋は、階段をずっとあがった先の広々とした部屋だった。
雑に本が積まれた部屋で、互いに隣あって座るぐらいのスペースしかない。フローリングが冷たくて心地よい。横顔を覗いた。マリィのその真剣そうな表情に、私は少しだけ緊張する。でも、そればかりでもいられない。
彼女と決別するかもしれない、このあとのために。
空気が淀んでいるこの部屋で、窓を開けたい衝動にかられる。しかしその窓はマリィの向こうにある。何も言わずに立ち上がり、窓へと手をかける。キィと音を立てた窓が開かれ、風が流れこんでくる。
世界が崩壊しても、風はなくならなかった。
少しだけ見える街の景色は崩れたビルばかりを私の視界に映す。下を見ると、大分高いところにこの部屋があることがわかる。
「ハイネ」
後ろから抱きしめられる。心地の良い暖かさが私を包む。
「マリィ……」
左肩に重さを感じる。彼女の鼓動が、身体を通して伝わってくる。
つい、この間出会ったばかりなのに。
「寂しい思い、させちゃったね」
首筋にかかるマリィの吐息が少しだけくすぐったい。
「もう、戻ってこれないかと思った」
悲しそうな声、私にはそれが何故なのかわからない。
「なに、か、あった、の?」
「……実は、ね。この一週間の間、僕は元いた世界に帰っていたんだ」
元いた世界?マリィのいた、ところ?
「僕自身、どうやって向こうにいたのかはわからないんだ。ただ、世界崩壊の日、ハイネと一緒にいたのは覚えてる」
マリィは私の唇を指でなぞってとめた。
「僕は、君といたことを忘れてしまっていた。思いだすまでにそんなに時間はかからなかったけれどね」
マリィがそう言って私の口の中に指を挿れてくる。私はその指を、躊躇いもなく噛んだ。
「ごめんね、ハイネ。僕はまだ、君に話さなきゃいけないことが……」
言葉が途切れる。口の中で、新たな感覚が広がった。
「痛いよ、ハイネ」
いつもとは違う、弱々しいマリィを、私は気に入らなかった。
指を噛むのをやめて、口からだした。赤く染まるマリィの指を舐める。私が傷をつけた。
「ごめ、んなさ、い……」
私が、マリィに傷をつけたんだ。
「大丈夫、少し痛かっただけだし……」
あいたもう片方の手は、私の髪を撫でていた。
「君のことを思いだして、戻らなきゃって僕は思って。だから帰ってきた」
マリィは私から離れて、床に座り込んだ。
「おいで、ハイネ」
マリィの膝に、向かいあった状態で座る。私はこの体制が一番落ち着く。
互いに顔をみることができるのが嬉しい。
優しい顔をして、私を見てくれている。
「僕は大事なことを君に言ってないんだ」
まだ、指先は赤い。
その指先をまたくわえて、私は彼女の話に耳を傾ける。
「カムパネルラの話は、したことがないよね。僕が最初に愛した人で」
私はそれを聞いて戸惑いの表情を浮かべる。
「愛、した人……?」
「うん、愛した人。そして」
彼女は二の句を告げようとしている。しかし、口を開くのが辛そうだ。
「……言いたいんだけど、なかなか難しいね」
苦笑いをしているマリィに、私は言う。
「私、も、あなた、に言わ、なくちゃいけな、いことが、ある、の」
マリィの穏やかな表情が少しだけ曇った。
「だから、ね、言って、ほし、い」
まっすぐに彼女の瞳をみつめて。壊れてしまう可能性を置き去りにしないで。ただ、思うことを、お互いが言うために。私は、マリィの頬にそっと手を伸ばし、キスをした。
甘い甘いキスを、彼女の唇に。
「……ね?」
マリィの顔が赤くなり、可愛らしくみえた。
「うん、言うよ」
一度深呼吸をして、マリィは私をみた。
「カムパネルラは、僕が最初に愛して、そして」
窓の外には、一匹の蝶が飛んでいた。誰も見たことのない色をした、綺麗な蝶が。
「僕が、殺した人なんだ」
マリィは語りはじめた。



「……僕はカムパネルラの全てが欲しかった。誰にも渡したくなかったから、殺したのかもしれない」
マリィがそう言い終えたのは、話しはじめてから、二度時計が鳴った後だった。
私は全てを聞き漏らさずに聞いていたし、マリィも時折私を心配してくれた。
「こんな、人間なんだけどさ、僕は」
どこか遠くを見ていた視線が、私に向けられた。
「君は……ハイネは、僕を許してくれるかい」
何故か、心臓がドキドキする。
こんな弱々しいマリィは、初めて見る。どこか怯えたようなそんな表情で、私をじっと見ている。
「マリィ……」
そっとマリィの髪に触れる。
手を伸ばすと、一瞬彼女は体を強ばらせた。
「私が……怖い、の?」
別に、嫌みでもなく気になったから聞いただけなのに。
「あ、いや、そうじゃないんだ、うん、ね」
マリィは狼狽えて、私を見上げる。
「そ、う」
とは言っても、心なしか震えているように見える。
きっと、私の答えを待っている。
マリィの覚悟を、私は受け取ったのだから、今度は私が話をする番だ。
「マリィ、落ち、着いて? 大丈、夫、だから」
そっと抱きしめて、マリィをあやす。
まるで子供みたいなマリィを、私は愛しいと感じた。
「答え、を、だすま、えに、私の、話、いいか、な」
マリィが顔をあげて私を見る。
怯えた瞳が、私の欲望を駆り立てる。
ああ、今すぐに、今すぐにでもマリィを抱きたい。マリィの身体の隅々までを私色に染め上げたい。このまま彼女の衣服を裂いて、泣きじゃくって怯える彼女を犯したい!
ああ、それができるのなら、できるのなら……。
「私、は、ね」
大きく息を吸って、吐いた。
「兄、様の、恋、人を、殺し、て食、べたわ」
私の口は、まるで機械のように言葉を発していたようだ。
私を見るその瞳は逸らされることはない。
「そし、て、私は、彼女を食、べた」
目に浮かぶようだ。
あの時の光景が。
「私、の、愛し、た人を、とっ、たから、そう、なった、の」
その先は、言わなくともわかるように。
黙ったまま、私を見つめるマリィ。
怯えたままの少女は、ゆっくりと口を開く。
「それ、に」
先に私が言葉を発して、少女に何も言わせない。
「私は、これか、らも、歌い続、ける、わ……そ、れがひどく、快感であ、ることを、知っ、てしまった、から」
それでも。
「マリィ、あな、たはそ、れでも、私を」
蝶はいつの間にか、部屋の片隅の、ライトの上に止まっていた。
外は、暗雲が立ち込めており、まるで私たちの心を映し出したかのように見えた。
雷鳴が轟き、マリィの身体が跳ねる。
私が抱きしめて、彼女を支えている。
ずきりと喉が痛むこともなく、私は次の句を告げる。





「私、を、愛し、てくれ、ますか……?」





それが、私とマリィのこれからのための区切りとなる言葉だった。















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それでも世界は生きているから 圭と遼篇

運転しつづけて、三日。
ラジオを流しているやつがいる場所にたどり着いた。
この世界のこの地域で、唯一の情報発信元と思われる場所。
広がる平野。
その中に、ぽつんと一つ残された傾いた鉄塔。
辺りを見回せば、遠くに倒れた鉄塔がいくつか見えた。
鉄塔の下に、まるでどこかの遊牧民の住居のようなものがあった。
その中に入ると、ごちゃごちゃ機械がそこらに並んでいた。
誰かがいるだろうと思って、声をかけてから入ろうとしたのだが、返事がなかった。
「きっと、お散歩でも行ってるんだよ」
遼が暢気にそう言って、鉄塔を見上げた。
傾いてはいるものの、まだこの鉄塔は天を目指している。
真上にのぼった太陽に目が眩みそうになる。
僕も、遼も言わないだけなのだ。
あるキーワードを。
「ここにいるのはいいけど、いつ帰ってくるかわかんないな」
遼が頷く。
「でも、会っていかないと」
少し、蔭りのある顔をしていた。
僕は遼の手をとって歩き出した。
ここのところ、僕も遼もずっと車内にいたので疲れてしまった。
息抜きも必要だろう。

雲行きが怪しくなったころ、車へと戻った。
鉄塔の家が見えるところに、車を移動させたところで、雨が降ってきた。
「久々だね、雨」
料理の用意をしながら、遼は言った。
確かに、雨音からはそう感じられる。
僕は暇さえあれば、鉄塔の家を見ていた。
でも、誰も帰ってくる様子がない。
そういえば、ラジオが流れているのかどうかが気になった。
ラジオの電源を入れる。
ノイズ交じりの音が響いた。
古い曲だった。
その日は結局、誰もその家に帰ってこなかった。
僕は、遼を寝かしつけてから眠った。

翌日も雨が降っていた。
辺りは薄暗いが、起きたころにはもう昼も近い時間だった。
まさか、とは思っていたけれど。
僕は遼を起こさないようにして、そっと車から出た。
雨は土砂降りで、僕は鉄塔の家に着くまでにずぶぬれになった。
昨日は入るだけで、ちょろっと見ただけだったけれど。
今日は他の目的がある。
万が一の可能性を、否定できないことが裏付けられるかもしれないと、密かに思っていた。
「そんなに広くないのか」
小さな公民館ぐらいの大きさだと思っていただければわかると思う。
この家の中は、八割ほどが機械で埋め尽くされているようだった。
寝室と思われる部屋とは別に、機械に囲まれた机と椅子が一組あった。
その引き出しを開けようと手を伸ばす。
カラン、と背後で音がした。
ただならぬ気配を感じて振り向くと、誰もいない。
「……」
まさか、誰かがいるはずもないよな。
と思ったのもつかの間、またカランと音がした。
部屋の隅に、暗がりになった場所がある。
窓がないから、余計に暗い上に、灯りすら届かないような場所になっている。
そこにある、それは僕より少し高いぐらいの大きさだった。
音はどうも、その中からするようだ。
吊るされていて、布がかけられている。
恐る恐る、その布をはずした。

「鳥、か」
中にいたのは、オウムだった。
白い、トサカのあるオウムが一羽、眠るように瞳を閉じていた。
「驚かさないでくれよ」
僕は布を戻して、もう一度机に向かう。
引き出しの中に、一冊のノートを見つけた。
「これだ、これに何か書いてあるはずだ」
ぱらぱらとページをめくると、ところどころ破かれたあとがあり、あるページに一行だけ文章が書かれていた。
「……私は、この世界がなくなろうとも生きることをやめない。世界が残った時のことを考えて、このノートを遺す、か」
読み上げてみたものの、いまいちよくわからない。
続きを読もうと次のページをめくる。
また文章が書いてあった。
読み上げようとしたとき、また背後から音がする。
鳥篭の中のオウムが、暴れているような音だ。
「なんだ、どうしたんだ」
布をめくると、やはりオウムが暴れていた。
「ワタシハタビニデルノダ!ダレモワタシヲトメラレナイノダ!」
がたがたと音を立てて、オウムは言う。
「え、お前、何言ってるんだよ」
落ち着かせようとして、まさかの可能性を見た。
ノートに目をやる。
「……私は、旅に出るのだ」
ノートに書かれていた文章と同じことを、オウムが口走る。
「コノセカイノハテをミルタメニ、ワタシハタビニデル!ココハダレカガキタトキノタメニノコス」
段々とオウムは落ち着いて、少しずつ語り始めた。
「ワタシハコノセカイヲミテマワロウトオモウ。ダレモガイキテキタコノセカイガ、ドウカワッタノカヲワガメデタシカメルタメニ。ワタシハマズコノクニヲミル。ナンカシテイケバダレカニアエルダロウ」
オウムは続ける。
「オウムノセリハ、ジブンデカゴカラヌケダスコトガデキル。ダレカガキタラツレテイッテクレルダロウ。ラジオハ、キカイガコワレナイカギリハンエイキュウテキニナガレツヅケルヨウプログラムシテアル。ワタシハコレヲノコス。ジュウガツナノカ、テンキノイイヒニ」
オウムは、一度そこで言葉を切った。
僕は、それをただ黙って聞いていた。

「タビビトヨ、コノセカイニイキルノナラバ、キミニサチアランコトヲ」

そこまで言うと、オウムはおとなしくなった。
僕は、背伸びをして鳥篭をはずした。
もう一度、机に向かって、ペンをとりだす。
きっと、僕ら以外に誰かが来るかもしれないから。
このノートに、僕が来たことを記しておこう。

「セリちゃんすごいねー、いっぱい喋れるんだねー」
車に戻ると、眠たそうな顔をしつつ着替えをしている遼に出くわした
寝ぼけているようだが、僕のもっていた鳥篭に気づいたようで、すぐに興味を示した。
その結果が、これだ。
もうずっと、先ほどからオウムのセリに構いっきりだ。
少しは僕にも目を向けて欲しいとおもう。
があがあ、とたまに言うけれど、セリはきっとおとなしくしてくれるだろう。
結局、ラジオを流している人はどこに行ったのかは明確にはわからない。
いなかった、ということにして、僕は遼を納得させた。
旅に出たみたいだ、なんて言うのも何だかなと思う。
僕は車を走らせる。
目指すは、あの街。
四塚さんのいる、あの街に戻ろう。
空はまだ雨を呼んでいたけれど。
今の僕は、それどころじゃない。
たかが鳥に、嫉妬心を向けるのもバカらしくは思えるが、いざ構ってもらえなくなると寂しいものがあるのだけは理解できた。
しかし。

されど鳥、なのだ。
その翼で空を飛べない以上、僕らにはどうすることもできない。
ただ、それだけだった。











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それでも世界は生きているから ハイネ篇3

眩しい光の中、衝撃を感じて瞳を閉じる。
それを見続けるなんてできなくて、私は逃避の方法を選んだ。寧ろ本能から来る自己防衛の一種なのかもしれないと思った。
そんな冷静さを忘れられなくて、残念だった。身体が熱い。いっそのことこのまま灰になれればいいと私は思ってしまった。おかしな話だ。身体が燃えているわけではないのに、熱いだなんて。
私の身体は宙に浮いて、弧を描いた。地面に落ちるまでの間は、とても長く感じられた。
光はどこかへと消えていった。
衝撃は、私の身体のいたるところを痛めつけた。何故か身体が重たく感じてしまう。
身体が動かない。
いや、動かせないと言うべきだろう。
うつ伏せに道に転がる私は、何か堅いものに頭を強く打ちつけたようだ。
痛みは感じないけれど、生暖かいものが流れていくのがわかる。
生臭い、きっと血なんだ。
鼻をつく血液のにおいが、私の意識を朦朧とさせていく。
ああ、もうダメなのかしら。
ここで終わりなのかな、私。
向こうへ行けたなら、リリに謝らなくちゃいけない。
許してはくれないだろうな。
そう考えながら、私の視界は奇妙なものを捉えた。
人影。
月明かりを背に立つ人影だった。
声すら出ない。
私はその人影を見上げていた。
顔は影になっていてわからない。
それは私の傍にしゃがみこんだ。
大丈夫ですかと声がかかることもなく、その双眸は私をじっと見つめている。
うっすらとしていく意識の中、それが私に触れて――。



深い意識の底に沈む、一種の幻想。
それは古き良き思い出の延長線上にある理想の形。
私とリリと兄様の三人が、仲むつまじく寄り合って続く、理想や夢でしか実現し得ない形。
私は、そこに笑う私を見ていた。
隣に並んだリリと兄様も、一様に笑っている。
きっと、リリと兄様が望んでいた世界。
私が崩壊させた、最初の世界だ。
その後ろにもう一人いる。
輪郭がぼやけてよく見えない。
笑っている私たちを見て、ただそこに佇むばかり。
誰なのだろう。わからない。
思考を逡巡させても、答えという形がとれない。
しかし私は尚も思考を巡らせる。
段々と形は表されていき、それが一人の少女だということが見てとれた。
一瞬だけ、悲しそうな顔をしているように見えた。
すぐに辺りは闇に包まれて、私の視界はただ残された私と、後ろにいる少女だけになる。
落ち着きをなくした私は狼狽えることもなく、振り向いて少女を見た。
少女は私を認識して、表情を変える。
安らかな笑顔。
安心しきったその顔から零れそうな笑みが、私の思考を止めさせる。
私と少女は互いに歩みより、寄り添うように肩を並べる。
闇の中、二人しかいないことが恐ろしくない、互いさえ居れば問題ないと、今にも言わんとしていた。
少女は私を呼んだ。
聞いたことのある声。
私が知らない声ではなく、少女の声は私を安堵させる。
記憶の中で何かがひっかかる。
胸のうちに生まれる、もやもやとした感情。
私の口も、少女の名を呼ぶ。
が、肝心の名前の部分だけノイズがかかったように聞こえない。
どうしたことだろう。それが何故かとても悲しい。何か大事なことなのだろう。それが思いだせないだなんて。
悲しいと感じた瞬間に、世界は転じた。
闇は一瞬にして光となり、私の目は眩む。すべてが光になる瞬間、少女は私を見て手を差し伸べていた。
次に目を開けた時には、私は知らない部屋で目覚めた。

見たこともない天井、見たこともない部屋。
「……あ、れ……?」
伸ばした手は、光の中で消えた少女に向けられていたはずなのに。
掴んだのは虚空。
「生き、てる……」
夢だったのだ。今までのことは夢だったのだ。
流れる涙が頬を伝い、やりきれない思いが交錯する。
身体を起こして、衣服の乱れを直す。どこかでかいだにおいのする衣服だった。
汗で身体中がベタベタになり、気分が悪い。
それよりも今は、自分でも何が悲しいのかわからないし、何故涙が流れていくのかもわからない。
この胸のうちの感情を、露わにすることすら叶わない。
涙が枯れるまで、私は声も出さずに泣いた。
しばしの後、小さな物音がした。
ドアが開く音だろうか。
それに続く足音。
私は耳をすませ、音を拾う。
そんなに広い場所ではないような感覚で、籠もる音が妙に心地よい。
誰かが助けてくれたのだろうから、私はここにいる。
ゆっくりと立ち上がり、壁伝いに歩く。
襖を開いて、音のする方へと足を向けた。
薄暗い廊下を進んで、身体の確認をする。
痛みはないが、気分は悪い。
少しふらっとするぐらいなら平気だと自分の身体に言い聞かせた。
そして、音がする方の最後の扉を私は開けた。
「っ……」
ドアの隙間から漏れた光が、夢の最後の瞬間をフラッシュバックさせる。
それでも尚、私は立ち続けた。
「……本、棚」
見渡す限り本棚と、それに入りきらない本の山が広がっていた。
すごい。
こんな量の本は初めて見た。
一体どれぐらいあるのだろうか。
バサっと音がしたので、そちらに目をやる。人が作業をしているのが見えた。
きっと私を助けてくれた人だろうと踏んで、声をかけた。
「あ、の……」
しゃがみこんでいたその人は、私に気づくとゆっくりと立ち上がり振り向いた。
「…………あ……」
血の気が引いていくのがわかる。
その人の身体の大きさ、身長の高さから私は理解した。
「お、気がついたかい嬢ちゃん」
この人は、私に声をかけた、あの。
「い、いやああああぁぁぁぁ!!!」
断末魔の叫びをあげて、私は腰を抜かしてしまった。
その男性はきょとんとした顔で私を見下ろしている。
そこから動くことができずにいる私を、助けてくれた人がいた。
「今の叫びは何ですか!?」
一組の男女がどこからともなく駆けつけた。
私は二人と目が合い、そして気づく。
「あ……」
葵さんと、四塚さん……?
「ハイネちゃん!よかった、目覚めたのね!」
葵さんが私を抱き起こして、そのまま抱きしめてくれた。
「え、あ……、えっ、と……」
男性が怖いのも忘れて、私は葵さんを抱きかえした。
そうだ、このにおいだ。この服は葵さんのだとそこで気づいた。
ふと、四塚さんと目が合う。それに気づいたた四塚さんが、喋りだした。
「よかった、本当よかった」
嬉しそうな四塚さんと、いつの間にか耳元で嗚咽をあげている葵さん。
二人に会えたことが、今の私にはひどく嬉しいことであった。

「その……ごめ、んなさ、い……」
私は男性に謝っていた。
「まあ気にするない。ほれ、食え。大したもんじゃないがな」
男性はガハハと笑って、私に料理を勧めてくれた。
この人はイソロクさんと言うらしい。
私に声をかけてきたのは覚えている。しかしその後のことはどうにもうろ覚えだ。
「ハイネちゃん、身体痛いところない?」
葵さんはずっと私から離れないで、色々と心配してくれる。
四塚さんはその隣で合いの手を入れるかのように、葵さんを落ち着かせようとしている。
「葵、あんまりハイネに構っても、困るだけだろ」
何だか、四塚さんが葵さんの保護者みたいだ。
私は、イソロクさんのつくってくれたお粥を少しずつ食べながら事情を説明した。
「……つまり、よくわからないってことでいいのか?」
話した後、四塚さんがそう言った。
私は頷く。
「は、い。彼女の名、前すら、思い出せな、くて……」
私は俯いて言う。
「で、も、会い、たくて……」
辛い。けれど、これは私のためでもある。
「どうす、ればい、いの、かな……」
私の言葉で、皆黙りこんでしまった。
沈黙。
どこからか聞こえてくる、列車の音が耳についた。
「……線路、か何か、ある、のでしょうか」
私が声をあげ、イソロクさんがハッと気づいたような顔をする。
「ん、ああ、もうそんな時間か」
壁にかけられた時計は、六の数字を指していた。
この数字で見る限り、六時だというのはわかる。
しかし、朝なのか夜なのかは私にはわからない。
きっと、皆の様子からして夕方なのだろう。
「まあ、こんな時にこっちの世界に来るなんて輩はいないだろうが」
そう言って、イソロクさんは表に出て行った。
こっちの、世界?
私のわからない話が、どこかで始まっている?
疑問符を浮かべていると、葵さんが私の頬をつついた。
「ご飯、食べないの?」
不安そうな顔をしているのがわかる。
私は少し戸惑って、ふるふると首を横に振った。
「葵、そんなんじゃ、ハイネも落ち着いて食べれないよ」
フォローするかのように、四塚さんは、私から葵さんを引き剥がした。
「ちょっと、何するのよ」
じたばたする葵さんが、可愛らしく見える。
お姉さんっていう、イメェジしかないのだけれど。
私は、それが微笑ましくて。
そのまま四塚さんは葵さんを連れて表に出て行った。
部屋には私一人になった。
目の前に用意されている、食事を口に運ぶ。
「おい、しい……」
少しずつ、だけれど。
私は、味わって食事をした。
食べ終わって、私は息をつく。
とは言うものの、半分以上残してしまった。
あとで謝っておこうと思い、表の様子が気になった。
ふと、聞きなれた声が響いていることに気づいた。
誰、だろう。
記憶の中に、その声が残っている。
頭痛がしはじめた。
うまく、息ができない。
壁にもたれかかり、そのまま立ち上がる。
何かが私を呼ぶ。
何かが。

ドアを開ける。
吐き気を感じて、膝を落とした。
誰かが、すぐそこで叫んでいる。
よく覚えている。
核心は、私を呼び起こすことがないけれど。
そうだ。
私は知っている。
声の主を知っているのだ。
視界がふらふらとするのを堪えて、声のする方へと、足を運ぶ。
「だから!病院だよ!海の見える、あの病院!」
がなるように叫んでいる。
「いや、それだけじゃわからんだろうって言ってるだろ、さっきから」
少し落ち着きたまえと、イソロクさんが言っているのが聞こえた。
「ああもう、じれったい……」
なんだか、焦っているような声だ。
私は、その、声を。
ズキンと、一度、激しく頭が痛んだ。
「あ……」
気がついてしまった。
渦巻いていたのは、自責の念と、罪悪感。
私をここまで思い立たせたのは、彼女だけなのだ。
そう、なのだ。
形が崩されたかのように、私の中で全てが纏まりだした。
急激に鮮明になる記憶。
私の中の記憶が。
よろよろとした足取りで、進もうとした時だった。
詰まれていた本に躓き、声をあげる間も無く私は倒れる。
ばさばさと大きな音を立てて、本と一緒に崩れてしまう。
「どうしたんだ、大丈夫か嬢ちゃん」
イソロクさんが、私に気づいてくれて、こちらに視線を向けてくれた。
「は、い……」
身体を起こされ、私は顔をあげた。
ふと、目の前に立ち尽くすその人物の存在に気づく。
顔をあげると、そこには夢の中にいた、あの少女が――
「やっと、会えた……」
膝をついて、少女は私と同じ目線で話をしてくれる。
記憶にある中の、とても大事な存在。
夢の中でも、そして、この世界でも。
もう会うことは、できないと、心のどこかで思っていたのに。
涙が流れるのも厭わずに、彼女も私も、そこにいた。
抱きしめられて、抱き返して。
ただただ、夢の続きでもないことを、私は祈って。
全てがなくなったとしても、もう二度と離れないようにと。
私は今、ここで全てを思い出した。









「マリ、ィ……?」






胸に刻んだ。
マリィという存在と、その愛の形を。

何故かひどく、懐かしい感じがした。
彼女の温もりが、優しさが。



私には、それがとても暖かくて。



そうして、私は決意した。

水嶋ハイネとしての世界を崩壊させて、新たにハイネとしての世界を創りだすことを。
















to be continue the next story →「それでも世界は生きているから ハイネとマリィ篇」









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