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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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それでも世界は生きているから ハイネとマリィ篇2

飛行機雲なんて見たことがなかった。
話には聞いたことがあるけど、見たことは今まで一度もない。ひょっとしたら飛行機なんてものがそもそも存在しないのではと私は思った。
大人たちが私に嘘をついているのだとしたら、どうしたものだろうか。
それが嘘なのか真実なのかを判明させるだけの力が私にはないから、誰かがいつか、見せてくれるのを待つ。



風の吹く音が、私の耳に響く。言葉をなくしたカナリアが空を飛ぶ。私は飛行機雲を見たことはないが、カナリアは見たことがあった。カナリアの存在を教えてくれたのはリリだった。リリはカナリアを飼っていて、一度だけ見せてくれたことがある。図鑑でしか見たことのない鳥だったから、私は感動した。
私を見つめて動かない彼女は、考えあぐねているのだろう。その瞳はどこか虚ろだった。どこかで見たことのあるような表情。
「僕、は」
彼女が口を開いて、私の肩に手を置いた。何かを迷っているような表情だ。
「最初は、君が、カムパネルラに似ていると思ったんだ」
カムパネルラ。私の知らない、彼女の思い出でしか語られない存在。
「自分でカムパネルラを殺しておきながら、僕はカムパネルラを、カムパネルラに似た君を求めた」
似ているから、求められた?
じゃあ、彼女は、私を。
「でも、僕の中で君は、カムパネルラとは違うものになっていった……」
マリィが私を見る。虚ろな瞳ではない、光の灯る、綺麗な。
「君だから好きなんだ、ハイネ」
その言葉は私を飲み込み、がんじがらめにしていく。まるで空に伸びる蔦に絡まれた鳥のようだ。そうか、私が言葉をなくしたカナリアだったのか。
「……ハイネ、大丈夫だよ、泣かなくていいから」
マリィが私の涙を拭う。私は声をあげて泣きくずれるしかなかった。
一つ一つの言葉が、私を優しく壊していく。
「たとえ、どんな君であっても、僕は君を愛しているから」
微笑むマリィがそこにいる。
私は、マリィに受け入れられた。



泣くのが辛いだなんて、今までは慣れたことでしかなかった。でも、今は違う。それらを乗り越えてこれたから今の私がある。
「次はハイネの番だよ」
息が詰まる。もう気持ちは決まっているのに。呼吸がうまくできない。私は。
「大丈夫? ハイネ、顔あげて」
「ん……んっ!?」
息も絶え絶えの私が顔をあげると、マリィが私の唇にキスをした。
抵抗する力もなく、私はただ、なされるがままに舌を弄ばれる。
「……こういう形でしか、受け入れてくれないと言うなら、それでもいい」
肩で息をする私を、彼女が捉える。視線は外さず、自然と見つめあう。
心臓の鼓動は高鳴り、私はその音が彼女にも聞こえるのではないかと心配になる。
「ハイネ、今度こそ離れないから」
私の気持ちは、既に決まっているのに。
どうして、言えないのだろう。もうひとりぼっちにはならなくて済む。寂しい思いをしなくていい。これからは、いつもどこにいてもマリィが隣にいてくれる。
ああ、なんて。
なんて素敵なことだろう。
ずっと、好きな人と一緒にいられる。どこにだって行ける。彼女となら、何だってできる。
今まで、誰に対してもこんな気持ちになれたことはなかった。兄さまの時でさえ、そうまでできる自信がなかった。
私を見てくれている。彼女は、私だけを見てくれているのだ

だから、私は。

そんな彼女にある一つの意地悪をしたくなった。
「マリィ……私、ね」
待ちくたびれた様子も見せずにいた彼女が、息を飲む。
「マリィに、そんな、に、愛さ、れていたな、んて、知らな、かった」
でも、これは意地悪の域を越えている。
自分でもわかるのだ。私がしていいことではない。本当に彼女の気持ちを確かめたくなったから。
軽い気持ちもあった。
マリィから離れて、窓に足をかける。
「……何の真似だい、ハイネ」
私は外に背を向けて、窓枠の上に立つ。
「本当、に、あな、たが私、を愛して、くれ、ている、のな、ら」
震える。腕だけじゃない、身体が悲鳴をあげている。
それでも、私はにっこりと笑って言ったのだ。
「私を、たすけ、て……」
その時。
まるで狙いすましたかのように突風が吹いた。私はバランスを崩して、そのまま背後に落下し。
マリィの驚いた顔が、遠くなる。少しずつ少しずつ、遠くなっていく。
スローモーション、というのはこの感覚なのだろうか。私の周囲の景色が、ゆっくりと、流れていく。
助けを求めるために伸ばされた腕は、空を掴んでその力を自らに押し返してきた。
ああ、本当に、これで。彼女の気持ちが確かめられるのだ。だったら、私の気持ちに悔いはない。やっと見つけた、愛を確かめあえる、マリィの気持ちを。
嫌だ。
私は何をしているのだろう。もう、このまま落ちていくしかないのに。何故そんなことを思うのだろう。死にたくない。マリィの気持ちを確かめるためだけに、私は死を選んだのか?
違う。わかっている。でも、私は。
私は。
空を掴む私の手が、より小さな手に絡めとられたのは、バランスを崩してすぐのことだった。



マリィが手を差し伸べてくれて、私は何とか窓枠からぶらさがる形となる。
「っ……冗談、キツいよ、ハイネ……!!」
私を引きずりあげようとする彼女。
なんで、彼女は。
「っとに……ぼーっとしてないで、這い上がってきてよ!」
声が荒々しい。
私は、そんな、彼女を困らせたいなんて。
身体に力を入れようとするが、入りきらない。足下は空気を蹴るだけで、地面なんて何メートルも先だ。
「力、出ない……」
マリィは私の話を聞いていないような顔で言う。
「知らないよ、そんな、こと……っ」
私を引き上げようと、必死になる彼女。
私は、空いた手を伸ばして、窓枠を掴もうとした。
「君が、僕を試して、何になるって言うんだ……」
しかし、窓枠を掴むことはできずに、余計に体力を消費しただけだった。
マリィは、半分身を乗り出す形で窓枠にもたれかかっている。私とて、自分の身体は重くはないはずだけれど、そんなに軽くないことを知っている。
私は何も言い返せない。
「助けるさ、たとえどんなことがあっても……君が世界に望まれなくても、僕が望む」
張り裂けそうな声で彼女は叫ぶ。私の瞳を見つめて叫ぶ。
「何だってする、君が望むなら」
呪詛のようで、祝詞のようで。
「でも、君がいない世界は嫌だ」
表情から、マリィの力が限界なのを感じた。私も、この手が離れたら終わる。汗で手が
「マリィ……」
水嶋ハイネは、ここで死ぬのか。
マリィが叫ぶ。

「君が……ハイネが死ぬぐらいなら……僕は世界なんていらない……君を、愛しているから……!」

その言葉は私を暗闇から引きずりあげた。
けれど、彼女の手が離れて。
私とマリィを結ぶ、一本のラインは途切れた。
私の瞳は、マリィと、彼女の背後を見つめながら――
「よくできました」
瞬間、マリィよりも私よりも大きな手が伸びてきて、私の手を掴んだ。
「……四塚、さん……」
私の手を掴んでくれたのは四塚さんだった。
「さ、君はそっち」
あっけにとられていたマリィが促されて、ハッとした表情になる。マリィはもう片方の手を掴んでくれた。
「よし、いち、にの、さんで引き上げよう」
四塚さんが言い、マリィが頷く。
「いち、にぃの……さん!」
同時に両腕を引っ張られて、私は窓の外から部屋へと戻ってきた。
「ふぅ……危ないな、もうしちゃダメだよ」
四塚さんが私の頭を撫でながら言った。
「バカっ!ハイネのバカっ!」
壁にもたれかかって息を整える私に、マリィは言う。その瞳は涙ぐんでいた。
「……ごめ、ん、なさ、い……」
心臓がまだドキドキとしている。私は、その動悸を抑えつつ、ゆっくりと息を吐く。
あ、四塚さんに、お礼を言わなければ。
「あ、れ……?」
部屋を見回してみたが、四塚さんの姿はない。
もう下に戻ってしまったのか。
ならば後できちんとお礼を言わなければならない。
私の隣で泣き叫ぶマリィ。
「泣か、ない、で、マリィ……」
私は段々と落ち着きを取り戻しつつある。しかし、身体は私の気持ちとは裏腹に震えている。
「大丈、夫、だから」
震える手でマリィを抱き寄せてあやす。
わんわん泣く彼女が、先程、私を求めた彼女だというギャップが、少しおかしく思えた。
「泣かない、で……いい子、だか、ら」
言葉は返ってこないけれど、代わりに私の身体を抱きしめる力が強まる。
くすりと笑い、彼女のために。
あの時、泣きやまない赤ん坊に聞かせた歌を。
私は歌う。

紡がれる歌に、彼女の涙は少しずつおさまっていく。赤ん坊のように彼女は身体を私に委ねる。
「……ハイネぇ……」
潤んだ瞳で私を見上げるマリィ。ああ、本当に。
彼女がいてくれてよかった。
私はそう思った。



「ハイネ、僕、君の気持ち聞いてないよ」
夕食後にくつろいでいると、マリィがそう言って私の顔を眺めだした。
「あ……えっ、と……」
言われてみれば、彼女の気持ちを聞いて安心しきっていたので、結局私は何も言わずにいたのだった。何故だか恥ずかしくて言えないだなんて、今更すぎる。
「ねえ、ハイネってば」
マリィが私ににじりよってくる。近い。主に彼女の顔が近い。
彼女の瞳がまっすぐに私を見ている。
彼女が私を愛してくれているのだから。
その気持ちを彼女は教えてくれた。私が答えなければいけないのに。
「あぅ……え、と……」
彼女から視線を逸らす。
廊下の向こうに葵さんの姿が見えた。
状況に気づいたのか、何も見なかったかのように通り過ぎて行った。私は、助けてもらえると思っていたのに。次に葵さんと話をする時、少し意地悪してやろうと思った。
「……言わないなら、いいよ、無理して言わなくて」
私の想いとは裏腹に、マリィは私から離れていく。
何だか、ひどく拗ねたような感じだった。これはまずいと流石に気づいた。
言わなければということで頭がいっぱいだったけど。
立ち上がった彼女を、引き寄せるかのようにして、私はマリィの名を呼んだ。
「ちが、うの……その、マリィ、私、恥ず、かし、くって……」
マリィがへえという顔をした。
「恥ずかしい、ねえ……」
表情が険しいが、私は勇気を振り絞って言うことにした。
「わた、私も、マリィ、のこ、と……」
マリィはじっと私を見ている。目を逸らさずにだ。
「マリィの、こ、と、愛し、てい、ます……」
言った!言い切った!マリィは!?
「……」
無言で私を見ている。
あ。
だめだ、きっと。
私には、そう思う以外の選択肢が。
「ありがとう、ハイネ」
やはりと言うか、なんと言うか。
それ以外の選択肢を選べなかった私がひどく臆病に思えた。
でも、それでも彼女は。
「それが聞きたかったんだ」
私を抱きしめてくれた。
まるで長い夢を見ていたかのような。



私は、水嶋ハイネとして生きることを許された。
そうして、私とマリィの道は続いていく。
たとえそのハテが、究極の選択肢を持って待ち構えていたとしても。
彼女がいるから、私は大丈夫だ。
もう、逃げない。
現実は、いつも目の前にあるのだから。






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