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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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それでも世界は生きているから 圭と遼篇

目下検討中なのは、このご時世だ、食料的な問題をどう解決するか、ってこと。
別に自分はそんなに食わなくてもいいのだけれど、心配なのは遼のほうだ。
普段が小食な上に、今回のこの状況。
「遼、大丈夫か?お腹すいてない?」
気にかけるオレに、遼は頷く。
「うん、大丈夫、すごくお腹減ってるから」
屈託なく笑う遼を目の当たりにし、いつもと変わらないなと彼女を眺める。
「なに?」
きょとんとして聞いてくる遼は、とても可愛い。
「べっつにー。なら、飯探しに行こうぜ」
愛車のKATANAのエンジンをかけて、走りだす。

オレは他人の思っていることや、対象の相手の記憶を読み取ることができる。
そういう、不思議な能力を持っている。
それを知ってオレから離れていく人間は大勢いた。
そりゃあそうだろうな、と自分でも冷静に考えていた。
喋ってもいないことを相手が知っている、しかも事細かにだなんて、気味が悪い。
それでも遼は、ずっとついてきてくれていた。
昔からの幼馴染、ってやつだった。
親同士が仲がよかったから、産まれてからはほとんど一緒に育ってきた。
オレが遊んでいた時、遼も一緒に遊んでいた。
遼が変質者に襲われた時、オレが真っ先に助けた。
オレが事故にあった時、一番最初に飛んできてくれたのも遼。
やりたいことが見つかって、それに突き進もうとした時に一番応援してくれたのだって、遼だった。
オレが遼に返してやれるものなんて、今までの人生に比べたらとても探しきれないというのに。
いつだって遼が一緒にいてくれたから、今のオレはある。
遼にとってはどうなのか知らないけれども。
自分の持つ能力で探れるのは記憶だけ。
だから、気持ちを知るなんてことはできない。
そんな、気味の悪いオレについてきてくれる遼。
守らなきゃいけないものだと、勝手に思い込んでいるけど。
遼は大事な存在だ。

走り続けること一時間半ほど。
崩れたビル郡の中に、灯りを見つけた。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー」
オレより早くバイクから降りていく遼。
「おい、危ないって、何かあったらどうすんだよ!」
「大丈夫だよー。あたし可愛いしー」
そりゃ可愛いけれど、それとこれとは別の問題だよね。
そう言いながらも心の中じゃ怯えているのがよくわかる。
「全く……」
オレは遼の後をゆっくりとついてく。
ビル郡、とは言ったものの、そう大きなものではなかったようだ。
広さにして、三キロ四方ぐらいの都市部のような感じだ。
果たしてここは本当に北海道なのだろうか。
四塚と別れた後、遼に会いたくなって家に帰った。
最後だから、と言って旅行しようってことになった。
思い出は生きているうちじゃないとつくれないよって。
遼が瑠璃色の瞳でオレを見つめて言ったのだ。
だから、北海道に来た。
最初はどこでもよかった。
少しでも遠ければ、遼が喜んでくれるのは目に見えていたから。
行ったことのない土地で、二人でいちゃつければいいなとか思っていた。
それがこの有様だとは、思っていなかったのだけれど。
「けいー、こっちこっちー」
遼が大きく手を振る。
何かを見つけたらしい。
「なに、何かあったのー?」
それでも歩くスピードは変えずに、ゆっくりと其処に向かう。
「これ」
遼が指差したのは、人。
人、らしき物体。
形は人、衣服もつけている。
ひょっとして行き倒れか?
別に死んでるとは思えないぐらい綺麗だしね。
「……もしもーし、だいじょうぶですかー」
棒読みで声をかける。
「ですかー?」
遼もオレの真似をして言う。
二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。
「うう、ん……」
お、へんじがある、ただのしかばねではなかったようだ。
「生きてるんだねーよかったー」
遼がその人間の髪をひっつかんで、顔をあげさせる。
「うーわー、遼さんそれはちょっと絵的にまずいのでやめませんか」
「そだね、圭に嫌われちゃうのは嫌だしね」
と言ってすぐに、彼女は手にもっていた髪を離した。
「がふっ……!痛いじゃないですか!何するんですか!」
顔面から地面に落ちていった顔の持ち主が顔をあげてがなる。
「いや、絵的にまずかったんですよ、ね先生」
「ああ。ありゃあとても人には見せられんものじゃったよ」
二人で漫才。行き倒れは放置の方向で。
「起こすにしてももう少し他の方法あるでしょう!」
怒っていらっしゃる、このスーツの人。
「ああー、もう今日は戻れないや……」
はあと肩でため息をついて、そいつ、男はこちらを見る。
オレは遼の前に出て、動かないように指示する。
「で、何、あんたなんでこんなところで倒れてたの?」
棘のある言い方で相手を威嚇する。
自分が弱いのを悟られたくないがために、オレは常にこの方法をとる。
「いや、そんな、彼女はとらないから」
とても平々凡々とした表情で言われ、顔が赤くなるのを感じた。
「……るせえよっ!!!!!」
照れ隠しと言わんばかりに吼えてみせる。
「まー、とりあえずはいいや。悪い者じゃないよ」
もう台詞が悪役なのに、何を言い出すんだこいつは。
「僕は瀬尾、神様って呼ぶ人もいます」
背広をぱんぱんと払いながら、男は姿勢を正す。
「神様だぁ?」
オレはその言葉に思わず聞き返してしまった。
「神様、って、あの神様?」
遼が言う。
しかしオレにも瀬尾にもどの神様かわからない。
「まあ、そう呼ばれているだけっていうね」
何だろう、この男。
以前会った、四塚とはまた違う感覚。
それに何より、おかしい。
「君たちはー……藤宮圭君と、篠崎遼さん、だよね?」
オレも遼も名乗っていないのに、互いに顔を見合わせて驚く。
「何であたしたちの名前知ってるんですかー?」
天然かお前は!と、何年も連れ添ってきた幼馴染に突っ込みたくなるのを堪える。
「遼、少し黙ってて」
小声で言って、オレは瀬尾をにらむ。
「いや、怪しい者じゃないんだよ? ちゃんと調べてきたんだから。それと、渡したいものがあってね」
瀬尾はにへらにへらと笑って、背広の内ポケットから何かを取り出す。
「はい、これ」
オレに差し出された手の中に握られていたのは、キーケース。
「それさ、僕はもういらないから。君たちが使ってよ」
「……車の、鍵?」
そ、と瀬尾は頷く。
「車ですかー……あー、横になれるねぇ」
遼が言って、オレは思い出す。
そういえばこいつ、バイクは寝れないのが辛いよねぇ、と一度オレに言ったことがあった。
「でも、バイクあるし」
「いやいや、大丈夫、バイク積めるようになってるから」
返そうとしたのに、戻された。
「君のため、じゃあないんだよ。そこの、今にも倒れそうなお嬢さんのためだ」
きっと睨まれ、思わず脊髄反射で身を縮める。
「ほら、バイク持ってすぐ行くんだ。場所は、この先を少し行ったところだ。もうじきここは、大変なことになるんだから」
どこか変な説得力と、ただならぬ気配に怯えたオレは、遼の手を引いてバイクに乗る。
「ね、圭、お礼言わなくていいの?」
瀬尾を見ると、にこにこと笑いながらこちらに向かって手を振っていた。
「……いいよ、多分。また会えるだろ」
オレはぶっきらぼうに言って、走り出した。



二人の姿が見えなくなるまで、それを見送った瀬尾。
「あーあー……高かったんだけどなあ、あの車」
ぶつぶつと独り言を言って、空を見上げる。
「でも、まあ」
背広を脱いで、投げ捨てる。
「人助けだと思えばいいか」
笑いながら、目の前に現れるそれと対峙する。
「世界、崩壊の……」
闇が瀬尾を包んだ。


もう着いたころには日はとっぷりと暮れていた。
というか、少しじゃない。
二時間ぐらい走った。
預かった、ということにしておいた車の鍵。
まあ、予想はしていたけれども。
「まさか、キャンピングカーとか、なあ……」
しかもとてつもなくでかい。普通のものより、2.5倍ほどの大きさだ。
「すごいね!これで寝れるよ!」
ソファに備え付けられたクッションをぎゅうぎゅうと抱きしめる遼。
「ああ、しかも食料まで積んであるとか……」
冷蔵庫には、軽く見ても二週間分は何とかなりそうな食料が詰め込まれている。
しかし、本当にこれはないだろう。
見た目は普通のキャンピングカー。
中身はバイクまで収納できるスペースがあるだなんて。
一体何を考えて、瀬尾はオレにこれを。
「でも、まあ」
ソファで既に寝息を立てはじめた遼を見て、胸を撫で下ろす。
「こいつが幸せそうだから、いいか」
実際、きちんとした睡眠はとれていなかったし、この気候のせいで、体調も崩しがちだった。
その点を言えば、とてもありがたいのだが。
「何で、あいつから何も読めなかったんだろう」
そう、問題はそこだった。
通常ならば、出会ってすぐにオレは相手の記憶を読むことができる。
それも、狙えばすぐにだ。
しかし、瀬尾からは何も読み取れなかったのだ。
只者じゃないことはわかったけれども、それに迫る何か危機的なものを感じたのも事実。
本当に、神様なのだろうか。
「……たべられません、そんなにはたべられません!」
遼の寝言に突っ込むように、首元にチョップをくらわしてみる。
「ううん……」
うなりながらもまたすぐに寝入るところが、何とも言えない。
「可愛いなあもう」
寝ている遼の頬に口付けて、オレも寝ることにした。
鍵はかけた、カーテンも閉めた。
出かける前のチェックみたいな感じがして、少し新鮮。
では、おやすみなさい。
誰も答えてくれないけれど、オレは呟いた。

そうして、オレはこの夜を終えた。
とりあえず、四塚さんに会いに戻ろうと決心して、眠りについた。






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それでも世界は生きているから マリィ篇

一体誰が僕の名を呼ぶのだろうか。
何も変わらぬまま、三日が過ぎた。
一つ、驚いたことがあったのを除けば。
本当に、この世界は何も変わらない世界だということを実感した。

「そうそう、明日からお祭りがあるのだけれど、行ってみてはどうかな」
夕食の席で、エンリッヒが言った。
「お祭り、ですか?」
手にしたライ麦のパンを皿に置いて、僕もそれに答える。
「そう、お祭り。町の聖誕祭みたいなもんなんだけどね」
エンリッヒはそれから一人で話はじめた。
十分ぐらい、延々と。
僕が口を挟む暇がないぐらいの饒舌だった。
「と、まあ、歴史とかそういったものが絡んでくるんだよ」
「そうなんですか……じゃあ、行ってみようかな」
結論としては、そんな感じになった。
エンリッヒは笑って、夕食を続けた。
三日。
エンリッヒの屋敷で目覚めてからの日数だ。
確かにここは、元々いた世界だった。
カムパネルラと過ごした日々がある世界だった。
夢を見ているわけではなかった。
連日、夢の中で呼ぶ人のことだけが、謎だということ。
それが誰なのかを探しあてるために、この三日間、色々と考えてみた。
けれども、それだけじゃ何も手がかりは見つかりっこなかった。
世界を渡ることさえ、この世界の技術ではできっこないのだし。
町も、少しだけ見てまわった。
少しと言っても、本当に少し。
屋敷の周りや、近くの川とか。
そういった本当に周辺だけを見てきた。
どうもこの町は鉱石を主流として扱っているらしい。
外の灯りは、全て鉱石を使ったものになっている。
図書館はある。
明日から通いつめてみようかと思ってはいるが、少し遠い。
何とかなるだろう。
そうだ、驚いたことと言えば、それは。
この世界の年代のことだった。
目を覚ました翌日、確認のために聞いて驚いた。
世界暦1008年、五の月。
カムパネルラや家族と旅行に出ていた時期と重なる。
まさか、とは思ったがしかし、そう考えるとつじつまがあう。
あの時期は丁度、祭りのある場所を転々と旅行していた。
だから、もしかしたら。
僕は矛盾を生む可能性がある。
同じ世界に、同じ人間が同時に存在するという矛盾を。

「お嬢様、それでは先に休ませていただきますね」
「うん、おやすみルナリア」
一礼して部屋を出て行く彼女を見送った後、僕は外を眺める。
雨が降っていた。
もうすっかりここの生活に馴染みはじめている。
でも、何か大事なことを忘れている気がしてならない。
一体、何だったろうか。
服のポケットに入っているブローチは、カムパネルラのものだってことはわかっている。
でも、このピアス。
いつものピアスではないのはわかっている。
一体、どうしたというのだろう。
形的に、対になるような、そんな感じがするものだった。
「……一体、僕は、どうしたいのだろう」
思い出せないことが、何故か悔しい。
そうして、僕は。
流れる涙を拭って、ベッドに入った。

祭りは、一週間ほどやるらしい。
多分、その祭りのどこかで、僕は彼女と一緒にあの宿に泊まる。
確か、最後の日だったと記憶している。
それまでは、どこか別のところにいるはずだ。
曖昧な記憶で、僕は思い出す。
とりあえず、ルナリアに図書館までの道のりを聞こうと思う。
そして、手がかりを探さないといけない。

結局、何も手がかりなんてものは見つからなかった。
朝から晩まで、図書館に缶詰だったのだけれども。
一日目にして、これじゃあ。
先が思いやられる。
それどころか、何もないだなんて。
エンリッヒの屋敷に帰る途中、出店の並ぶ中で。
「お嬢様、今お帰りですか」
声をかけられて振り向くと、ルナリアとエンリッヒがいた。
「あまりにも遅いから、二人で迎えに行こうってね」
エンリッヒが言い、ルナリアがこちらに駆けてくる。
「お嬢様、お腹空いたでしょう?」
「うん、もう、それはもうものすごくね」
じゃあ、帰って夕飯にしましょうか、とルナリアが言う。
「ルナリア、そのだな、その辺で何か買っていこうと思わないか」
エンリッヒが少し遠慮がちに言う。
「駄目ですよ、今夜の夕食の買い物、済ませちゃったんですから。それに、今月はちょっと厳しいんですから」
どうやら財布の紐は彼女が握っているらしい。
「や、そこを何とか、そうだ!こないだの論文の手当て金があったろ?せっかく彼女もいることだし」
横目の視線が僕に投げかけられる。
これは僕をだしに使おうという魂胆が丸見えだった。
普段ならそれに乗ることはないが、たまにはいいだろう。
僕は大いにそれに乗った。
「ね、ルナリア、僕あのお店気になるんだけどさ」
「わわわわわ、ちょっと、お嬢様ぁっ!?」
ルナリアの腕を掴んで僕は近くの出店に走る。
「もう、お嬢様ったら」
ぷんぷん怒る顔が可愛らしい。
「おいおい、ワタシを置いて先に行かないでくれたまえよ」
エンリッヒが僕にだけ見える角度で、ウィンクをした。
僕はそれを受けて、にひひと笑った。
お祭りなんだから、楽しまなきゃ。
そう思ったうえでの判断だったのだから、許してくれるだろう。

「あー、もう食べられないねこれは」
エンリッヒがキセルに火をつけながら言う。
「もう、旦那様もお嬢様も、食べすぎですよぅ」
ルナリアがぐちぐちと呟いている。
「でも、おいしかったからいいじゃない」
僕が言うと、すかさずエンリッヒが口を開く。
「まあでも、ルナリアの料理には敵わないけどね」
僕もうんうんと頷く。
「そ、そうですか?」
困ったような嬉しそうな顔をしてルナリアが言う。
照れてる顔も可愛いものだ。
「さて、帰ろうかね。今夜はもっと騒がしいからね、暴動でも起きたら大変だし」
支払いを済ませて、僕たちは店を出た。
「あー、お祭りって、いいねやっぱり」
エンリッヒが子供のように思える。
実際、僕もそう思うのだけれど。
屋敷に戻る途中で、広場を通った。
大きな火の前で、楽器隊が演奏をしているのが見える。
「おお、あれは町の青年団だよ。歌い手がいないのがたまに傷なんだがね」
「歌い手がいない?」
僕が聞き返すと、ルナリアが答えた。
「ええ。昨年まではいたのですけれど、歌い手さんがお嫁に行ってしまわれて……」
言いながら、どこか様子のおかしいルナリア。
「ルナリア、行っておいで」
エンリッヒが言うと、ルナリアは手荷物を全てエンリッヒに預けて、楽器隊のところへと駆けていく。
「え、何、ルナリア、何するの?」
僕は子供のように尋ねる。
「ま、いいから見てなさい。ほら、そこの屋台で何かつまもう」
エンリッヒに連れられて、小さな屋台のカウンター(というかただの椅子)に座る。
「とりあえず、何かつまみと酒を。マリッカ、君は何にする?」
「あ、じゃあ僕も同じので」
しれっとした顔で注文を告げる。
店の親父ははいよと返事をして、準備を始めた。
「君、子供なのに呑めるのかい?」
エンリッヒが不思議そうに聞く。
「ま、少しだけね。タバコもやるし、女も嗜むよ」
気軽に笑っていう。
「ははっ、そりゃあいいね。帰ったら是非ゆっくりとやりたいところだよ」
エンリッヒが笑って答える。
多分、冗談か何かだととったのだろう。
それでも構わなかった。
なんだか、気分がいい。
「お、はじまるぞ」
エンリッヒから、楽器隊に視線を移す。
中心に、ルナリアがいた。
「聞いて驚け、見て驚け、ってやつだ」
エンリッヒが言う。
楽器隊の演奏が始まって、ルナリアが歌い始めた。
それを耳にした周囲の連中が静まる。
大して僕は期待していなかったのだが、ルナリアの歌唱力には驚かされた。
屋敷では歌うことなんかない、メイドだというのに。
楽器隊の演奏にあわせて、歌うわ歌う、踊って跳ねての大舞踏。
綺麗な歌声に、僕と周りの客は聞きほれた。
まるで、今この世界に彼女しか存在しないかのように。
ルナリアは、歌った。
その姿に、僕は何かを見た気がした。
とても大切な、何かを。
夢の中の、人がちらつく。
一体、これは、何なんだろうか。

「すごいね、ルナリア!僕感動しちゃったよ!」
帰り道でのことだった。
「そ、そうですか?そんなに言われると、恥ずかしいですよ……」
赤い顔をしたルナリアの腕を抱いて歩く。
「うむ、相変わらずいい歌声だったぞルナリア。大儀だった」
エンリッヒが誉めて、ルナリアは更に顔を赤くする。
「もう……」
ルナリアは駆け出して、先に屋敷に入っていった。
「照れてるね」
「ああ、照れているねあれは。昔からそうだ」
僕もエンリッヒも、なんだか穏やかな気持ちだった。
ゆっくりと歩く。
屋敷はすぐそこだったから、急ぐ必要はなかった。
「そうだ、そういえばマリッカ、君は何故図書館にいったんだい?」
急に思い出したかのようにエンリッヒが言う。
「え、あー、うん、それは」
真実を言うべきか?
ここまでよくしてくれている二人。
見ず知らずの僕に、理由を聞かずに屋敷に置いてくれている。
そんな、優しさに甘えているだけの僕は。
真実を、言うべきなのか?
騙していると言っても、過言ではないのに。
「どうした、マリッカ」
ひょいと身体をもちあげられる。
「え、ちょっと、エンリッヒ!何するんだよ!」
そのまま肩車されて、僕はその状態で落ち着いた。
「いや、肩車してみたくてね」
はははと笑っているエンリッヒ。
駄目だ、この人酔ってるよ。
「……実は、その」
「まあ、言いたくないなら言わなくてもいいよ」
言おうとしたところでそう言われて、バランスを崩しそうになる。
うまいことエンリッヒが身体を傾けてバランスをとった。
「各々、理由があってそこにいるんだからね。君も、浜辺で倒れていたってことは何かがあったってことなんだろう?」
淡々と語るエンリッヒ。
「……うん」
僕はなんだか、申し訳ない気持ちになった。
「だから、いいんだよ。いつか、いつでもいいんだ。言ってくれるなら、それでいいし、言わないんだったらそれでいいんだ」
「……ありがとう」
「お礼なんていいのさ」
エンリッヒはそう言うと、僕を担いだまま走り出した。
「早く家に帰って、ルナリアの淹れてくれる紅茶を嗜もうじゃないか」
まるで、本当の子供のようなこの人を。
僕は信じたくなったんだ。

翌日の朝は、ひどいことになった。
「さあ今から呑むよ!ルナリアも一緒だ!」
と、エンリッヒが言ったので、朝が来るまで飲み明かすことになったのだ。
おかげで二日酔いもいいところ、気分が悪すぎて、動くことすらままならない。
頭痛も酷いし、これはどうしようもなさそうだ。
「お嬢様、お休みになられるのでしたらお部屋で」
ルナリアに言われるが、それどころではない。
「……無理、動くと、吐きそう……」
ソファから動こうとすらしない僕を見かねて、ルナリアが毛布を持ってきてくれた。
「では、よくなられるまでこちらでお休みになっていてくださいね」
そっと毛布をかけて、そのまま仕事をしはじめるルナリア。
どうも彼女は、ざるらしい。
呑んでも呑んでも、酔うことのない。
羨ましいよ、本当。
気分の悪さをおさえるべく、ひと寝入りしようとして。
頭痛もきていたことに気づく。
これは寝るのに相当な時間がかかるだろう。
僕はとりあえず、目を瞑った。

「マリィ」
夢の中だ。
また、同じ夢だ。
「こっち、よ、マリィ」
僕を呼ぶ声。
今度ははっきりと姿が見える。
「マリィ、はや、く」
一人の少女。
見覚えのある少女だ。
僕のものと似た形のピアスをしている。
カムパネルラではない。
ルナリアでもない。
「マリィ」
僕を呼ぶ、その声に。
答えるが、声が出ない。
探していた。
彼女を探していたことを。
守ると約束したのに。
離れてしまったことを。
互いに、交わした言葉があったのに。
「マリィ、愛して、います」
名前が、思い出せない。
すぐ目の前にいるのにも関わらず。
僕は。
微笑む彼女を前にして。
手を伸ばすが、届くことはなく。
彼女は遠ざかっていく。
ああ、待っておくれ。
僕の。

僕の愛する。

「お嬢様、お嬢様」
身体を揺さぶられてハッと目を覚ます。
「あ……ゆ、め?」
夢、だった。
「よかった、お目覚めになられて」
僕の顔を覗きこむルナリア。
「うなされていたから、心配になったのですよ」
「うなされて、たの?」
僕は掠れた声で聞き返す。
「はい、それにうわ言で誰かを呼んでいらっしゃったようですが……」
酷いものだ。
夢でうなされるだなんて。
「呼んで、た?なんて言ってた、僕」
「ええと、確か……ハインとか、ハイネとか」
ハイネ。
「……ハイネ?」
反芻した言葉に、記憶が紡がれる。
忘れてしまったはずの記憶が呼び覚まされていく。
「はい、そうだったと思いますけれど……悲しい夢だったのですか?」
「え……?」
ルナリアの手が、僕の頬を優しく撫でる。
「涙が流れておりますよ、お嬢様」
ルナリアの手がある方とは逆を自分の手で触れる。
確かに、涙が流れている。
「ハイ、ネ……」
そうか。
そうだったのか。
全てを思い出した。
「ただいまー……っと、どうしたんだい二人とも」
部屋に入ってきたエンリッヒが、こちらを見て驚く。
「何かあったのかい……って、何を泣いているんだマリッカ」
優しく頭を撫でてくれるエンリッヒ。
「ん……思い、だした……ぐす……」
「思い出した?何をだい、マリッカ」
エンリッヒが優しく声をかけてくれる。
ソファの空いているスペースに腰掛けて、僕を優しく抱いてくれる。
「僕、約束、したんだ」
ルナリアが部屋のポットで紅茶を淹れてくれている。
「約束か。誰とだい?」
諭すように、まるで父親のようにエンリッヒが問う。
「好きな子を、守るって、ずっと、離れないって……それなのに、それ、なのに」
涙が止まらず、僕は泣き続ける。
優しく僕を抱きしめるエンリッヒ。
紅茶をテーブルに置いて、僕を挟むような形で、ルナリアが隣に座る。
「泣かないでお嬢様。その方は、今どちらに?」
優しい音色の声。
僕は彼女のことを思い出す。
「……違う、世界に置いてきた。会いたい。会いたいのに……もう、会えないんだ」
幼児のように泣きじゃくる僕。
僕の言葉を聞いても、驚く様子のない二人。
もう戻れない。
向こうに戻るてがかりすらないからこそ。
ルナリアが、僕の背から抱いてくれる。
僕とルナリアを包むように、エンリッヒの大きな肩が抱いてくれる。
久しく、感じえることのなかった感覚だった。
僕の中で、この温もりに感謝したい気持ちと、ハイネに会いたい気持ちと、もう向こうの世界に戻れないという悲しさが入り交じっていた。



そうして、それから四日後。
僕は一つのチャンスに巡りあうことになった。
界渡りの列車の噂を、聞いたのだ。









それでも世界は生きているから 『世界再開のお知らせ』

世界を創ったのが神であるのなら、この地に産まれた私は神のこどもなのでしょうか。
わたしが目を開いたのは真っ暗な闇の中でした。
頭上には丸く輝くものがあった。
それに対して私は畏怖を覚え、声をあげた。



オルフェウスがこの世界に与えた影響は多大なものだった。
建物は崩れ、草木は枯れて海は干上がりその面積を大きく変えた。
だが、人体にとっての何らかの影響はまだ確認されていない。
人々は生きていた。
オルフェウスのその形を見たものは誰一人としていない。
実は何も衝突してはおらず、地震が起きただけだとか。
異性人の透明な宇宙船が墜落したとか。
そういった類の噂がまことしやかに流れている。
陸地の面積が変わったことにより、四塚たちの住む国の大きさも多少変わった。
とはいうものの、暫定政府(形だけ。現在は住居のない国民を保護している)による調査が済んでいないので誰も入ることはできないのだが
死人が出たとの情報は、どこにも入ってきていない。
全世界を通じて、オルフェウスの影響で住居をなくしたものはいたものの、死んだものがいるという報告はされていないのである。
これは奇跡か、はたまた何かの必然か。
どちらにしろ、今は生きていかねばならないのが彼らにとっての唯一の道なのである。



深い森の奥。
縄文杉がその巨体を更に天に向けていかんとする屋久島。
そこで、一つの命がこの世に生をうけた。
木々がざわめき、命は声をあげた。
鈴の音が鳴り響き、山々は喚起し、海は唸りをあげて、空には月が煌々と輝いていた。
それは人の形こそしているものの、人から産まれたものではなかった。
しかし他の動物から産まれたものでもない。
母胎と見られるものは存在していなかった。
それの出てきた大樹の室を、その命を産みだした母胎として認識するのならば、それにとってその大樹が母となるのだろう。
それの周りには、幾千もの種族の動物たちが集まっていた。
みな、それの誕生を待っていたかのように、それを取り囲んでいた。
この国では見受けられない動物もいた。
動物園から逃げ出してきたのか、はたまた海を渡ってきたのか。
それは祝福されていたのだ。
人ならざる者すらいた。
木々には多くの鳥類や小動物が留まり、大地には地を闊歩する大型動物までいた。
それは疑問を抱くようにして周りを見渡した。
おもむろに立ち上がって、天を仰いだ。
月だ。
月が頭上からそれを照らしていた。
突然の咆哮。
鈴の音は鳴り止み、動物たちも人ならざる者も頭を垂れた。
それは人の形をとっていた。
体つきは人間でいうところの成人ではあるが、均衡のとれた男とも女ともとれない体つきをしている。
二度目の咆哮で、それは世界を揺るがした。
それは、後に異種王と呼ばれる存在だった。



話を本題に戻そう。

世界が崩壊して、三日後。
四塚は葵と共に旅に出ることにした。
人々を救いながら、旅をしようと決めたのだ。
全国各地を廻っていれば、誰かしら再会できるだろう、という考えだった。
そうして進めた歩みを、すぐに止めることになるのは、まだまだ先のお話。
世界は崩壊して、それでもまだその命をなくすことはなかった。
ただこの世界に与えられたダメージは決して小さくなかった。
まだ何も終わっちゃいないのだと、四塚は確信していた。
この世界で。

俺たちは歩みを進めていく。
形はどうあれど、こうして世界は優しく俺たちを包んでくれるのだから。



※    ※    ※    ※    ※



僕は一体どうしたのだろうか。
気がつけば、ベッドの上にいた。
このベッドに見覚えはない。
しかし、この雰囲気は懐かしい。
窓の外は、見慣れた風景。
見慣れた、風景?
「あら、起きましたか」
ドアの開く音と共に間延びした声が聞こえた。
若い男が一人立っていた。
「はは、ちょうど皆出払っていましてね、ワタシしかおらんのですよ」
手には、丸盆、その上にはティーカップと軽い食事がのっていた。
「おや、喋れない、とかではないですよね?」
「……あ、あんた、誰なんだ」
「誰とは、まあ、そうですよね。目が覚めたら素っ裸でベッドの中で、しかもこんな若い男が軽々しく声をかけるのですものね。大丈夫、ワタシは子供には興味がないので」
ぺらぺらとよく喋る男だ。
って、素っ裸?
思わず自分の身体を見る。
「……ええええええええええええ!!!!!!????何で!?何で!?」
シーツを一気に手繰り寄せて、あらわになっていた胸元から下を全部隠す。
「ははは、元気なお嬢さんだ。あなたの服はそこの壁にかけてある。食事もここに置いておくから、話は後からにしようか」
男は笑って部屋を出て行った。
屈辱だ。
あんな男に、嫁入り前の身体を見られるだなんて。
僕の身体を見ていいのは、〇〇〇だけなのに。
「……誰だ、〇〇〇、って……?」
ぼんやりと記憶に残っている姿。
でも、その子に関しては何も思い出せない。
名前だって、姿だっておぼろげな記憶だ。
僕は、とても大切な何かを忘れてしまったような気がする。

「改めて自己紹介をば、させていただこうと思います。ワタシがこの館の主である、エンリッヒ・メートゥ・ハイトラインです。よろしく、お嬢さん」
握手を求める手を無視して、僕は名乗る。
「……マリッカ。マリッカ・スク……」
そこまで言いかけて考える。
この世界が僕の想像と同じならば、きっと。
「マリッカ・スクランディ、です」
スクラヴァ家の名を名乗るのは、危険だ。
すぐにあいつらが来るだろう。
それだけは、勘弁願いたい。
記憶も、いくつかなくなっているような感覚がある。
「ええ、こちらこそよろしくおねがいしますよ」
エンリッヒが言うには、僕は浜辺で倒れていたらしい。
それをエンリッヒの屋敷のメイドが見つけて、ここまで運んできてくれたとか。
屋敷といっても、そう大して大きくないようだ。
僕の家よりは、断然小さい。
「しかし、よかった。目を覚まさなかったらどうしようかと思っていたところでしたからね」
エンリッヒは紅茶を淹れてくれていた。
それをありがたくもらって、僕は言う。
「助けてくださって、ありがとうございます」
「ああ、礼なら彼女に言ってくれたまえ」
エンリッヒがパチンと指を鳴らすと、ドアを開けて一人のメイドが入ってきた。
「紹介しよう。メイド長のルナリアだ」
ルナリアと呼ばれた女性は、僕に向かって深々とお辞儀をした。
背中の途中ぐらいまである黒髪、身長は僕より少し高いぐらいか。
まるで、誰かに似ているような。
「と、これからワタシは出かけなければいけないのでね。すまないね、また明日話をゆっくり聞こうと思う。後は任せたよルナリア」
エンリッヒはルナリアの肩をたたいて、部屋を出て行く。
「……えっと、ルナリア、さん?」
気まずい空気を先にぶち壊して、とりあえず敬称つきで呼んでみる。
「はい、お嬢様。さん付けだなんて、とんでもございません。ルナリアで構いませんよ」
にっこりと笑う彼女。
よかった、いい人そうだと思いつつも、その笑顔も誰かに似ている気がした。
「あ、じゃあ、ルナリア」
「はい、何でしょうお嬢様」
またにっこりと返してくれる。
あーなんだ、可愛いなこの人。
「その、僕もお嬢様ってのは慣れてないんだ、だから、マリッカでいいよ」
「そんな!それこそとんでもございません!お嬢様は、お嬢様ですから」
うーわー、この人仕事は仕事、プライベートでも仕事に関することは仕事って言いそうだよ。
「あ、そう……」
まあ気にしないでおこう。
「ね、地図とかある?この辺、どこになるのか全然わかんなくてさ」
「地図、ですか?確か、ここの棚に……」
ルナリアは部屋の隅にある棚をがさごそと漁る。
「あ、ありましたよ」
埃を被った地図を、テーブルの上に広げる。
「うっわ、これ古いね……」
「ええ、ご主人様のお気に入りのものでして……ここ、がこのお屋敷のある町ですよ」
ルナリアの指した、大陸の右下の辺り。
地図をぐるっと見る。
やはり、ここは僕のいた世界だ。
そこから辿ると、大分北の方に僕の飛び降りた崖がある海岸があった。
「そっか、じゃあ僕、こんなにも流されてきたんだ……」
「流されてきたのですか?」
興味ありげに聞いてくるルナリアに、僕は一部を隠して伝えた。
カムパネルラのこと、追ってきた男のこと、崖から飛び降りたことなど、知られてはまずいことを。
「そうだったのですか……ですから、あの時浜辺で」
どうも僕を見つけてくれたのがルナリアらしい。
「うん、ルナリアが見つけてくれなかったら、今頃死んでたかもね……」
感謝するよ、と一言だけ言って、窓の外を眺める。
覚えていることと、覚えていないことがある。
アラカンサスたちに追われて、崖から飛び降りたことは記憶にある。
そして、違う世界に飛ばされていたのも覚えている。
しかし、あの病院で誰と出会ったのかが思い出せない。
誰か、とても大事な誰かと出会ったような気がする。
あの子は、一体。
「うっ……」
思い出そうとすると酷く頭が痛む。
「どうなされましたお嬢様、大丈夫ですか?」
ルナリアが僕を覗き込んで心配する。
「う、うん……」
「まだ休んでらした方がよろしいのではないでしょうか」
ルナリアに先導されて、僕はベッドに戻った。
「それでは、何かありましたら、このベルでお呼びくださいね」
枕もとのサイドボードの上にベルを一つ置いて、ルナリアは部屋を出て行った。
頭痛は続く。
気分も悪い。
まるで、思い出させないように仕向けられているかのような。
そんな気配を感じて。
僕は呼ばれるように眠りに落ちた。

「……リィ……」
誰かの声がする。
「……マ…………リィ……」
呼ばれているのか?
「マリィ……マリィ……」
呼ばれているんだ。
誰なのかもわからないけれど。
囁くような声で。
綺麗な声で。
僕を呼ぶ声が。
夢の中で、ずっと。

僕を呼ぶ声が、響いていた。



※    ※    ※    ※    ※



ざーざーと音の流れるらじお。
「あー……き……す……」
ノイズに混じって聞こえる声。
「あー、あー……」
だんだんとはっきりしてくる声は、男のものなのか女のものなのかすらわからない。
ふとそのラジオの前を通りかかった少年がいた。
少年はそのラジオに興味を持った。
「きこえ……もいい……」
流れる音が、自分のわかる言葉でないとわかっていても、少年はラジオを拾った。
スラムの解体屋のところに持っていけば、腹の足しにはなるぐらいの金をくれるだろう。
そう理解して、少年はラジオ片手に歩き出した。
「……」
ラジオは音を流し始めた。
少年はそれに耳を傾けるが、足を緩めることはしない。
急に音が鮮明になり、声がはっきりと聞こえた。
「あー……僕の声が聞こえますか。僕の声が」
曲をバックに、ラジオは喋る。
「誰か、生きてる方はいらっしゃいませんか」
それは、人類を、崩壊した世界から救わんとする声。
「いたら、もしいたら」
急に音が崩れ始めた。
でも少年は気にすることはない。
今夜の夕飯をもうすでに決めようとしているところだったのだ。
「……ぼくたちを、たすけてく」
ぶつんと音がしてラジオは声を発さなくなった。
ノイズだけが鳴り響く。
しばらくしてまた、曲が流れ始めた。
曲だけだった。
先ほどと同じ曲。
曲目は、パッフェルベルのカノン。
誰もが一度は耳にする曲だった。
しかし、夏とは言え、この暑さはないだろう。
いくら北海道とはいえども、ここまで暑いのもどうかと思うが。
それもそうか、と圭は考える。
地域的な問題で言えば、もう寒いはずなのだ。
オルフェウスの影響で、海が干上がってしまっただなんて。
誰も考え得ぬことだったかもしれない。
別に、いいのだけれど。
幸い生きていることができたのだ、文句は言うまいと藤宮圭は思う。
ラジオから聞こえてくる声は、きっと誰かが勝手に流しているのだろう。
本当に助けを求めているというのなら、探さなければいけないとも思う。
しかし今は遼に頼まれたお使いをしないといけない。
目下、生きている人の集落を探すことだ。
それから、ガソリンスタンドも探さないといけない。
せっかくの愛車であるカタナが台無しである。
まあ、ゆっくり行こうか。
「おーい、まってー」
後方から聞こえてきた声に振り向くと、遠くに小さな影の遼が見えた。
しかもカタナを押してきたようで、もうへとへとな顔をしているし、足取りもおぼつかない。
「え、うっそ、なんできたんだよ、俺一人でいけるって言ったのに」
駆け足で戻って、もう疲れて倒れそうな遼を支える。
「へへ、だって、ほら、圭のこと、心配だし」
息を切らして肩を上下させながら、彼女は言う。
えへへと笑う彼女の笑みに弱い自分を、呪うことはない。
しかし、無理をするのは彼女なのだ。
「……あーあー、しかたねえな本当」
しゃがみこんでいる遼をよそに、まずカタナのスタンドをたてかける。
エンジンをかけて、遼を後部に乗せる。
「……いいの?後ろ、乗せてくれないんじゃなかったの?」
遼の問いに、答えずにシートにまたがる。
「ねえ、圭、何とか言ってよ」
「俺は」
遮るように言う。
「バカだから、お前を置いてきたんだ」
声のトーンが裏返る。
でも遼は笑わなかった。
「何かあったら、俺、何もしなかった自分を悔やむから。もう置いてくわけにはいかないから」
アクセルを回す。
いい調子だ。
マフラーから白煙があがる。
「だから、一緒に行くんだ」
切ったクラッチを繋ぎ、アクセルを回した。
走り出すカタナ。
急な発進に、遼はぎゅっと俺の身体を掴む。
「しっかりつかまってろよ!」
クラッチを蹴り上げ、ギアをあげて。
だだっ広い道を、猛スピードで走り出す。
誰も止めることはない。
「……ありがとう。そんで、ごめんな」
ぼそっと呟いたのが聞こえたのか、遼が聞き返す。
「なにー?何か言った?」
「いいや、何でもない!」
さらにスピードをあげて、風をきって走っていく。
天高く、太陽が照り続ける。
圭は、遼を連れてその道を走り続けた。
目的地は、ラジオを流している奴のいるところだ。



※    ※    ※    ※    ※



世界は崩壊した。
大地は割れて、海は自身を蒸発させ、国の形は大きく変わった。
生きている人間は、地球に残った者たちのみ。
地球の外へと出た輩の生死はいざ知れず。
誰もが絶望に泣いて希望に笑みを零したその日。
世界は崩壊から遠ざかっていった。



「……ここ、も、だめな、のかな」
あの日、オルフェウスが来た日。
オルフェウスの光に包まれて、私は意識を失った。
目が覚めた時、私は一人だった。
外に出て、その光景に思わず声をあげた。
病院に居たとき、少しだけれど声を出すことができたけれど。
それよりもはっきりと。
「さが、さなきゃ」
私は、その喉を自分で切り裂いたのに。
奇跡だと言われた。
命に別状はない、だが歌うことは愚か、もう二度と喋ることはできないとまで言われた。
それなのに。
私の声は戻った。
でも、大事なことを忘れてしまったような気がする。
「どこ、にいったのか、しら、〇〇〇」
私の名は、水嶋ハイネ。
かつて歌姫と呼ばれた存在。
「この、せーかーい、でー」
ハイネは歌う。
「こ、のせーかー、いーでー」
喉の傷は、痕さえ残っているものの喋ることも歌うことも問題なくできる。
大声をあげることだって。
泣くことだって。
叫ぶことだって。
私は今、歌うことができる。

私は、誰かを探している。
私のことを、私の話を聞いてくれたあの子を探していた。
その子のことが思い出せないでいた。
誰だったのだろう。
ぼんやりとしか思い出せない、あの子。
とても大切だったように思える、あの子のこと。

考えると何故か悲しくて、泣き出しそうになってしまうけれど。

私は、探さなければならない。
失ったものを、一つずつ。
探すことにしたのだ。






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