目下検討中なのは、このご時世だ、食料的な問題をどう解決するか、ってこと。
別に自分はそんなに食わなくてもいいのだけれど、心配なのは遼のほうだ。
普段が小食な上に、今回のこの状況。
「遼、大丈夫か?お腹すいてない?」
気にかけるオレに、遼は頷く。
「うん、大丈夫、すごくお腹減ってるから」
屈託なく笑う遼を目の当たりにし、いつもと変わらないなと彼女を眺める。
「なに?」
きょとんとして聞いてくる遼は、とても可愛い。
「べっつにー。なら、飯探しに行こうぜ」
愛車のKATANAのエンジンをかけて、走りだす。
オレは他人の思っていることや、対象の相手の記憶を読み取ることができる。
そういう、不思議な能力を持っている。
それを知ってオレから離れていく人間は大勢いた。
そりゃあそうだろうな、と自分でも冷静に考えていた。
喋ってもいないことを相手が知っている、しかも事細かにだなんて、気味が悪い。
それでも遼は、ずっとついてきてくれていた。
昔からの幼馴染、ってやつだった。
親同士が仲がよかったから、産まれてからはほとんど一緒に育ってきた。
オレが遊んでいた時、遼も一緒に遊んでいた。
遼が変質者に襲われた時、オレが真っ先に助けた。
オレが事故にあった時、一番最初に飛んできてくれたのも遼。
やりたいことが見つかって、それに突き進もうとした時に一番応援してくれたのだって、遼だった。
オレが遼に返してやれるものなんて、今までの人生に比べたらとても探しきれないというのに。
いつだって遼が一緒にいてくれたから、今のオレはある。
遼にとってはどうなのか知らないけれども。
自分の持つ能力で探れるのは記憶だけ。
だから、気持ちを知るなんてことはできない。
そんな、気味の悪いオレについてきてくれる遼。
守らなきゃいけないものだと、勝手に思い込んでいるけど。
遼は大事な存在だ。
走り続けること一時間半ほど。
崩れたビル郡の中に、灯りを見つけた。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー」
オレより早くバイクから降りていく遼。
「おい、危ないって、何かあったらどうすんだよ!」
「大丈夫だよー。あたし可愛いしー」
そりゃ可愛いけれど、それとこれとは別の問題だよね。
そう言いながらも心の中じゃ怯えているのがよくわかる。
「全く……」
オレは遼の後をゆっくりとついてく。
ビル郡、とは言ったものの、そう大きなものではなかったようだ。
広さにして、三キロ四方ぐらいの都市部のような感じだ。
果たしてここは本当に北海道なのだろうか。
四塚と別れた後、遼に会いたくなって家に帰った。
最後だから、と言って旅行しようってことになった。
思い出は生きているうちじゃないとつくれないよって。
遼が瑠璃色の瞳でオレを見つめて言ったのだ。
だから、北海道に来た。
最初はどこでもよかった。
少しでも遠ければ、遼が喜んでくれるのは目に見えていたから。
行ったことのない土地で、二人でいちゃつければいいなとか思っていた。
それがこの有様だとは、思っていなかったのだけれど。
「けいー、こっちこっちー」
遼が大きく手を振る。
何かを見つけたらしい。
「なに、何かあったのー?」
それでも歩くスピードは変えずに、ゆっくりと其処に向かう。
「これ」
遼が指差したのは、人。
人、らしき物体。
形は人、衣服もつけている。
ひょっとして行き倒れか?
別に死んでるとは思えないぐらい綺麗だしね。
「……もしもーし、だいじょうぶですかー」
棒読みで声をかける。
「ですかー?」
遼もオレの真似をして言う。
二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。
「うう、ん……」
お、へんじがある、ただのしかばねではなかったようだ。
「生きてるんだねーよかったー」
遼がその人間の髪をひっつかんで、顔をあげさせる。
「うーわー、遼さんそれはちょっと絵的にまずいのでやめませんか」
「そだね、圭に嫌われちゃうのは嫌だしね」
と言ってすぐに、彼女は手にもっていた髪を離した。
「がふっ……!痛いじゃないですか!何するんですか!」
顔面から地面に落ちていった顔の持ち主が顔をあげてがなる。
「いや、絵的にまずかったんですよ、ね先生」
「ああ。ありゃあとても人には見せられんものじゃったよ」
二人で漫才。行き倒れは放置の方向で。
「起こすにしてももう少し他の方法あるでしょう!」
怒っていらっしゃる、このスーツの人。
「ああー、もう今日は戻れないや……」
はあと肩でため息をついて、そいつ、男はこちらを見る。
オレは遼の前に出て、動かないように指示する。
「で、何、あんたなんでこんなところで倒れてたの?」
棘のある言い方で相手を威嚇する。
自分が弱いのを悟られたくないがために、オレは常にこの方法をとる。
「いや、そんな、彼女はとらないから」
とても平々凡々とした表情で言われ、顔が赤くなるのを感じた。
「……るせえよっ!!!!!」
照れ隠しと言わんばかりに吼えてみせる。
「まー、とりあえずはいいや。悪い者じゃないよ」
もう台詞が悪役なのに、何を言い出すんだこいつは。
「僕は瀬尾、神様って呼ぶ人もいます」
背広をぱんぱんと払いながら、男は姿勢を正す。
「神様だぁ?」
オレはその言葉に思わず聞き返してしまった。
「神様、って、あの神様?」
遼が言う。
しかしオレにも瀬尾にもどの神様かわからない。
「まあ、そう呼ばれているだけっていうね」
何だろう、この男。
以前会った、四塚とはまた違う感覚。
それに何より、おかしい。
「君たちはー……藤宮圭君と、篠崎遼さん、だよね?」
オレも遼も名乗っていないのに、互いに顔を見合わせて驚く。
「何であたしたちの名前知ってるんですかー?」
天然かお前は!と、何年も連れ添ってきた幼馴染に突っ込みたくなるのを堪える。
「遼、少し黙ってて」
小声で言って、オレは瀬尾をにらむ。
「いや、怪しい者じゃないんだよ? ちゃんと調べてきたんだから。それと、渡したいものがあってね」
瀬尾はにへらにへらと笑って、背広の内ポケットから何かを取り出す。
「はい、これ」
オレに差し出された手の中に握られていたのは、キーケース。
「それさ、僕はもういらないから。君たちが使ってよ」
「……車の、鍵?」
そ、と瀬尾は頷く。
「車ですかー……あー、横になれるねぇ」
遼が言って、オレは思い出す。
そういえばこいつ、バイクは寝れないのが辛いよねぇ、と一度オレに言ったことがあった。
「でも、バイクあるし」
「いやいや、大丈夫、バイク積めるようになってるから」
返そうとしたのに、戻された。
「君のため、じゃあないんだよ。そこの、今にも倒れそうなお嬢さんのためだ」
きっと睨まれ、思わず脊髄反射で身を縮める。
「ほら、バイク持ってすぐ行くんだ。場所は、この先を少し行ったところだ。もうじきここは、大変なことになるんだから」
どこか変な説得力と、ただならぬ気配に怯えたオレは、遼の手を引いてバイクに乗る。
「ね、圭、お礼言わなくていいの?」
瀬尾を見ると、にこにこと笑いながらこちらに向かって手を振っていた。
「……いいよ、多分。また会えるだろ」
オレはぶっきらぼうに言って、走り出した。
二人の姿が見えなくなるまで、それを見送った瀬尾。
「あーあー……高かったんだけどなあ、あの車」
ぶつぶつと独り言を言って、空を見上げる。
「でも、まあ」
背広を脱いで、投げ捨てる。
「人助けだと思えばいいか」
笑いながら、目の前に現れるそれと対峙する。
「世界、崩壊の……」
闇が瀬尾を包んだ。
もう着いたころには日はとっぷりと暮れていた。
というか、少しじゃない。
二時間ぐらい走った。
預かった、ということにしておいた車の鍵。
まあ、予想はしていたけれども。
「まさか、キャンピングカーとか、なあ……」
しかもとてつもなくでかい。普通のものより、2.5倍ほどの大きさだ。
「すごいね!これで寝れるよ!」
ソファに備え付けられたクッションをぎゅうぎゅうと抱きしめる遼。
「ああ、しかも食料まで積んであるとか……」
冷蔵庫には、軽く見ても二週間分は何とかなりそうな食料が詰め込まれている。
しかし、本当にこれはないだろう。
見た目は普通のキャンピングカー。
中身はバイクまで収納できるスペースがあるだなんて。
一体何を考えて、瀬尾はオレにこれを。
「でも、まあ」
ソファで既に寝息を立てはじめた遼を見て、胸を撫で下ろす。
「こいつが幸せそうだから、いいか」
実際、きちんとした睡眠はとれていなかったし、この気候のせいで、体調も崩しがちだった。
その点を言えば、とてもありがたいのだが。
「何で、あいつから何も読めなかったんだろう」
そう、問題はそこだった。
通常ならば、出会ってすぐにオレは相手の記憶を読むことができる。
それも、狙えばすぐにだ。
しかし、瀬尾からは何も読み取れなかったのだ。
只者じゃないことはわかったけれども、それに迫る何か危機的なものを感じたのも事実。
本当に、神様なのだろうか。
「……たべられません、そんなにはたべられません!」
遼の寝言に突っ込むように、首元にチョップをくらわしてみる。
「ううん……」
うなりながらもまたすぐに寝入るところが、何とも言えない。
「可愛いなあもう」
寝ている遼の頬に口付けて、オレも寝ることにした。
鍵はかけた、カーテンも閉めた。
出かける前のチェックみたいな感じがして、少し新鮮。
では、おやすみなさい。
誰も答えてくれないけれど、オレは呟いた。
そうして、オレはこの夜を終えた。
とりあえず、四塚さんに会いに戻ろうと決心して、眠りについた。