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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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それでも世界は生きているから 殺人鬼篇1

「鳥かごに二つの扉があるとしよう。その鳥かごの扉がどちらも開いていたら、中の鳥は逃げてしまうだろう? だから、両方に鍵をかけておいて逃がさないようにするのさ」
私の12歳の誕生日が過ぎて少しした頃、兄はふと言ったのだった。
私には何のことを言っているのかわからなかった。大体、鳥というものをきちんと見た記憶が私にはない。大して興味もないのだが、昔はそんな鳥を飼うことをしていたそうだ。
なんでも、羽があって小さかったり大きかったり、彩り鮮やかな毛色だとか聞いたことはある。それでも、古い話だ。今はいない祖父から聞いたことがあるだけだった。
その翌日、兄は古い本を熱心に読んでいた。私は興味を持たなかったが、兄はずっとそれを読んでいた。興味がなかったはずなのにタイトルだけは覚えている。
「世界の拷問全書に、完全自殺計画、ある殺人鬼の……兄さん、趣味が悪いですよ」
このころから部屋は別々だったため、辞書を借りに行った時に、私は何の気なしに言った。
「こんな本ばかり読んでいては、お祖父様に叱られます」
別の本を読んでいる兄は、一度、目線だけを私に向けた。
「何だい、気に、なるのかい」
一呼吸おいて顔があげられる。
ニヤついた顔が、私をまじまじと見てくる。
「そうではなくて……お祖父様に叱られると言ったのです」
床に積まれた本を棚に戻しながら、兄を見る。
頷きつつ返事はしているが、視線は再び本に向かって離れない。まるで何かに取り憑かれたかのように、本に熱中している。
「もう……私は言いましたからね」
「聞いたよ。確かに聞いた」
顔だけを私に向けて言う。
「じゃあ、私は先に休みます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
背中にその声を聞いて部屋を出る。
居間から時計の鳴る音が響いてきて、十時を告げる。眠らなければならない時間だった。
私は部屋に戻り、ベッドに入った。
いつしか眠りについた。
その夜はひどく静かな夜だったけれど、何もなかった。

時が経つにつれて、兄の読む本はその柄を変えていった。サブカルチャーな本を読んでいたと思えば、次に見た時にはエッセイ集を読んでいた。時期によって読んでいる本がばらばらだった。いや、時期どころの話ではなかったように思う。連日違うジャンルの本を読んでいた。
私はそれを見て、見よう見真似で本を読みはじめた。私の食指は哲学書に伸びたが、どれもこれもがどこか魅力にかけていた。
そうこうしているうちに、兄を心配する一方で私は兄自身を真似るようになっていった。
母の胎内にいたころに一卵性双生児であったことから、私と兄の外見はほとんど同じであった。身長や体型に関してもほぼ同じであり、顔立ちすら私たちは同じだった。
声の質まで似てい、小さいころは二人並ぶとわからなくなると言われていたので、同じ格好をしていれば完璧にどちらがどちらなのかがわからなかった。
高校進学の時も、同じ高校を選んだ。
兄は何も言わなかったけれど、それは言わなくても思っていることを理解していたからだ。

この頃ともなれば、兄は高校に行くことと本屋や図書館へ行くこと、高校でできた友人と遊ぶ以外は外出をしなくなった。遊ぶと言っても喫茶店でのんびりと時間をかけて話をするだけだったが、私はそれにもついていった。ただひたすらに兄と同じことをしようと考えていた。
私が私を保とうとした時、基本であった私の人格は兄と一緒に過ごすことでつくられていたのだ。誰でもいいわけじゃない、兄だから、あの人だから私は真似をしようと思ったのだ。
高校でできた友人とは、深く深く付き合うようになった。まるで昔から知っていたかのような感覚だった。
彼は妹である私を友人として認めてくれた。友人の妹としてではなく、一人の友人として。私はその気持ちが嬉しかったし、なによりもまず私にとっての人生で初の男性の友人であった。
時に熱く語り合い、涙し、情熱を込めて、笑いあった。
それもつかの間、兄のとった行動が私たちを平穏な日常から切り離した。

兄と一緒に私は買い物に出ていた。
重たい荷物を持ち、両手のふさがった兄と、軽い荷物だけの私が並んで歩く。
暗い夜道だった。街頭も、ぽつぽつとしかないような道。
月明かりだけが道を照らしているような場所だったのだ。
ふっと私たち以外の人の気配を感じた。
振り向くと、私は何者かによって首元にナイフを突きつけられた。
「ひっ!?」
声からして、そいつは男だったのだろう。そういえば、この道は通り魔が出ると聞いたことがある。
月明かりにぎらりと鈍く光る刃がとても印象的だった。
「動くなよ、女、死にたくなかったらな」
そいつは、私を人質として、兄に向かい合った。
「おいお前、金、持ってんだろ」
兄は何があったのか、一瞬迷ったようだが、すぐに私が人質にとられていることに気づいたようだ。
「妹を、は、離せ!何だ、何なんだあんた!」
いつもの兄とは裏腹に、声が張りあがっていた。
「へえ、妹か、あんたの」
ナイフの切っ先が、ちくちくと首を切りつける。
私はできるだけ動かないで、声も出さないようにじっとしていた。
でも、身体は震えている。
恐怖に慄いているのだ。
「わかったなら、金を出しな。そうすりゃ、妹は助けてやるよ」
まるで、漫画か何かの悪役の台詞だった。
こういう輩は、大概やられてしまうのだが、この周辺には民家なんてないし、誰も気づくことはないだろう。
兄は言われたとおりに財布を出して、それを足元に投げてきた。
「へへ、物分りのいい兄貴だな」
男は、私を抱えたまま足元の財布に手を伸ばした。
すっと、ナイフが私の首筋を逃れた瞬間を兄は見逃さなかった。
本当に、一瞬の出来事だった。
兄はナイフを持つ手を蹴り上げて、男から私を引き剥がした。
男は衝撃で前のめりに転んで、ぎゃあと悲鳴をあげた。
地面に落下したナイフを見逃すことのなかった兄は、それを拾い上げて男に駆け寄った。
ふらふらと立ち上がる男がこっちを振り向いた時には、兄の手の中のナイフは、男のわき腹を貫いていた。
声にならない悲鳴をあげる男をよそに、兄は何度も何度も男の腹を刺した。
私はそれを呆然と見ていただけだった。
一瞬のうちに何が起こったのかが理解できないということもあったが、私はただ見ているだけだった。
気がついたら家にいて、いつの間にかパジャマに着替えてベッドに座っていた。
私は何があったのかを理解しきれずに、そのまま床についた。
翌日の朝刊には、惨殺死体と大きく書かれている記事があった。
それは、私と兄が昨夜直面した通り魔のことだった。
私は、兄が捕まるのではないかとびくびくしていた。
その日を境に兄は部屋に閉じこもるようになった。兄が部屋から出てくるのは、大分先の話になる。

それから何日経っても、兄が捕まるようなことはなかった。それどころか、警察が家に来るようなこともなかった。
どういうことだろうと、私が気にかけていると、ある日兄から部屋に呼び出しがあった。
兄に会うのは、通り魔のあった日から数えても、一週間ほどだったと思う。
私はいつもと変わらぬ兄に事情を聞いた。
まず、あの男はやはり通り魔だったようだ。あの日も標的を探していたらしい。そして、私たちを見つけたので、襲い掛かってきたということだった。
兄があの通り魔を刺していたのを私は見ている。その後、何故捕まらないのかを私は聞いた。
まず、証拠として残りそうなものはすべて持ち帰ってきたそうだ。荷物から何から、通り魔を刺したナイフも。
そして、放心状態だった私を連れて家に一度帰ってきて、もう一度現場に向かった。
そこで丹念に証拠になりそうなものを探して、帰宅したということだった。
そういうことだったのかと私は思ったが、これは正当防衛になるのではないかと兄に言った。
しかし兄の答えはこうだった。
「変に警察に目をつけられたら、まずいだろう」
最初はそれが何を意味するのかがわからなかったけれど、私はすぐにその言葉を受け止めることになった。






「目的を持って、僕たちは人を殺そう。そうだな、名前は」










to be continue the next story →「殺人鬼篇2」



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それでも世界は生きているから 修二と十和篇

銀色の閃光が辺り一面を包み込んで、僕らの目の前で世界は変貌を遂げた。
木々は一瞬にして枯れ、建物は崩れていった。
何かが爆発したわけでも、自身が起きたわけでもなかった。
隕石が落ちたわけでもない。
津波が起きたとも聞いた。
この辺りは津波が来るような場所じゃないから、安心はできるけれど。
やっと保育器から出ることのできた、子供たちを見下ろしていることが今は幸せだった。
十月四日から、二週間。
僕と十和は、新たな家族を迎えて平和な生活を保っている。

とは言うものの、十和はまだ当分家に帰ることができないので、病院にいる。
一緒に暮らせるのはもうすこし後になるだろう。
あの世界崩壊の事象から、二週間。
自分のできることはすべてやったつもりでいる。
家から膨大な数の機材を持ち出して、天草老人の手も借りて。
ただ、十和と子供たちを守りたいという一心でやったことが功を成した。
最初は、世界崩壊の事象において、何が起こるのかを想定していた。
真っ先に考えたのは、電気系統のトラブルが主で、もし病院の電気が止まったら?ということからだった。
それらを解決するために、ただひたすら機械を組み立てた。
寝るのを忘れるぐらい、僕はそれに没頭していた。
寝るのは忘れたが、十和の見舞いには行っていた。
子供たちの様子も気になったからだけれど。
そういえば、まだ名前を決めていなかった。
父親としてあるまじき行為かもしれないが、十和と一緒に決めるのが一番よさそうだ。
淹れたばかりのコーヒーに口をつける。
自分でやるとやはり苦い。
十和が淹れてくれたコーヒーが一番おいしい。
早く帰ってこないだろうか。
右手はペンを走らせて、左手で本を開く。
ここのところ毎日が、その作業の繰り返しだった。
それでも、朝と夕方には十和の様子を見に病院へ行く。
つきっきりでいたいけれど、僕にはやらなくちゃいけないことがある。
世界再興計画と銘打たれた、復興の話だ。

それは、世界崩壊直後に天草老人が僕に持ちかけてきた話だった。
この崩壊してしまった世界にもう一度緑を取り戻し、今まで以上の住みよい世界にしようと。
天草老人は言った。
僕ならその計画の主導者になれると。
もちろん、そんな大きな話に僕が縦に首を振ることはなかった。
天草老人は実質的な面での計画を練るのに携わるということだった。
規模は、まるっと世界一つ。
気が遠くなる、そう思った。
僕は天草老人に考えさせてくれと頼み、話を保留にした。
僕が、世界を再生させる計画の主導者になる?
そんな話が罷り通るのだろうか。
一介の機械論者が、いったい何をできるというのだろうか。
頭を抱えて十和の見舞いに行ったのが十日前だった。
「~♪」
十和は鼻歌を歌いながらベッドの上で子供たちをあやしていた。
「ご機嫌だね」
僕が声をかけると、すぐに顔をこちらに向けた。
「あら、今日は早いのね」
何かあったの?と、彼女は言う。
笑顔が相変わらず可愛い。
「少しね」
十和の腕の中にいる赤ん坊二人を、自らの腕に抱きあげる。
「ほーら、パパですよー」
なんて、十和が言うけれど、二人はどこを見ているのか僕には興味がなさそうだ。
それって、父親としてどうなんだろうな。
「それでなにがあったのかな」
やさしく彼女が言う。
僕だけを見ている、その瞳で。
少し自意識過剰だな、うん。
僕の顔をのぞきこむその仕草とか、堪らない。
よし、少し落ち着こう。
「うん、実はさ」
一呼吸おいて、十和の髪をなでる。
「天草老人にさ、世界を再興させないかって誘われた」
十和はきょとんとして、口を開く。
「それって……いいことなんじゃないの?」
「そうなんだ、けどね。僕にその計画の主導者になれって言うんだ」
ため息交じりに口を開き十和を見る。
「できっこないと思う、僕には」
「そんなこと言って……あの人はあなたを見てくれているから、そう言ってくれたのだと思う」
昔からの付き合いだから、それぐらいならわかると言わんばかりに彼女は言う。
「……でも、やるかやらないかを決めなきゃいけないのはあなただから。どちらにしても、世界はまだ生きているのよ。その世界を助けられるなら、ね?」
十和が思い出したように話しだす。
「そういえばね、お医者さまがお礼を言いたいって」
「お礼?何か、したっけ?」
「ほら、世界が崩壊したあの日から、ずっと電気の供給してるじゃない。あれがとっても助かっているんですって」
ニコニコして十和は赤ん坊を撫でる。
「直接お礼を言いたいから、あなたが来たら教えてくれって言っていたのだけれど……どうする?」
僕は考えもしなかったことを言われて、頭を働かせる。
「……困ったものだね。ただ、君と子供たちを守りたかっただけなんだけどな」
「またそんなこと言って……」
言いかけた時、赤ん坊がぐずりはじめた。
「ほら、あなたが変なこと言うから、気にしちゃったみたいよ」
二人をあやしながら、僕に言う。
「大丈夫よ、あなたならできるわ」
穏やかな声で、綺麗な音で。
「この子たちの未来のためにも、ね」
僕の心が、一度決まると揺らがないのを彼女は知っている。後押しするかのような言葉に僕は安堵する。
「何かあれば、いつだって言っていいのよ。私はあなたのお姉さんで、妻なんだからね」
ああ、そうだ。昔からずっと彼女はそうだった。
僕らは互いに、弱いところを補いあってきたから、怖いものなんかなかった。
今の僕は少し、臆病になっていたのかもしれない。
「……そうだね、うん」
帰ったら、まず天草老人に連絡をしなければ。
「十和、僕、今日はもう戻るよ」
ふふっと笑った彼女が、僕を手招きする。
「どうしたの?」
彼女の顔が近くなるところまで、体を動かす。
一瞬、頬に口づけられる。
「がんばって、ね?」
彼女からの、応援の印。
少し照れくさくなって、挨拶も曖昧に僕は病室を出た。
 


誰もいない部屋で、ぼーっとする時間がほしいと思ったのは初めてだった。
あの時、両親が死んでからは、ずっと十和と一緒だったから、一人になる時間なんて、つくろうともしなかった。
だけれどこれから、きっと一人で仕事をする機会が多くなって。
十和にも十分に会う時間がとれなくなる。
子供たちにも会えない。
天草老人と会う機会は増えるだろうけれど。
でも、僕がやらなくちゃ。

さあ、行こう。
僕たちが新たな世界をつくりあげる、その日を目指して。











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それでも世界は生きているから 圭と遼篇3


戸惑いを隠せないでいた俺を遼は見上げている。
虚ろな視線は、どこか遠くを見つめたままだ。
「遼……おい、大丈夫か」
声には反応するが、目の焦点はあっていない。
ひとまず、車に戻ることが最優先事項であることはわかった。
冷たい。遼の体を抱き上げてそう思った。まるで死んでいるかのような冷たさだった。か細いが息はしている。
遼の体は、何なのかわからない透明な液体にまみれていた。それは、まるで肉の柱のようなものにもまとわりついていて粘液のようにも見えた。それが何かを突き止めるのも今は必要なのだろう。けれど、彼女を想うが故に俺はこの場を後にした。
今はそれよりも先に遼を。

遼が落ちないように、カタナの後ろに座らせる。俺が来ていた上着を遼にかけて、袖を俺の体の正面で結んだ。
セリはおとなしくなってはいたが、逆にそのおとなしさが怖かった。陽は既に暮れ、灯りがないと見えないぐらいの暗さだった。
やはり、人の気配がないというのは不気味だった。街中だというのに、人っ子一人見当たらない。それ故に、訪れている静寂がここにはあった。
普段ならまだ民家には明りが灯っている時間帯だ。
世界が崩壊して、それすら見れなくなった。
いったい、どうなっていくんだろうこの世界は。
ぼーっとしている暇もなく、カタナを走らせる。
すぐに車について、ゆっくりと遼を抱えて降りる。
まずは体を綺麗にしてやらないといけないと思い、車の中に連れ込む。
そういえばこの車にはシャワールームが完備されていたはずだ。
……少し無理があるんじゃないか?
いや、でも、この車をくれた人自体、無理がある人だと思う。
俺が心を読めない相手なんて、いるはずがないのに。
そう考えている間に、シャワーの温度は比較的温まった。
「遼、立てる?」
ぐったりしている彼女を抱き起こす。
さっきより体が冷たい。
「……け……く……」
掠れた声で何かを言う。それが何なのかわからなくて、もやもやする。
そうだ、心を読めば。
でもだめだ。遼の心は読まないって決めたんだ。
「とりあえず、シャワー浴びて、それからどうするか決めよう」
頷いたのかどうかも確認しないまま、遼の服を脱がす。
よかった、こういう状況でも興奮とかしなくて。
本当にそう思う。相変わらず綺麗な肌をしているが、体のどこにも傷のようなものはないし、痣なんかも見当たらない。
やっぱり、良家のお嬢様ってことなのか。
俺がそう思うのには理由がある。
ひとつは、俺と同じ歳で一人暮らしをしているということ。
これは、俺の歳ならある程度の人が経験していることかもしれない。
だが、根本的なところが何か違うのだ。
その証拠に、何度か俺は黒服の男が遼の付き添いで迎えに来ているのを見ている。
今まで、気にしたことはなかったけれど。
もうひとつは、通帳の中の残高だ。
これが異様に多い。
桁が八つあるのは確認したが、それ以上は見ていない。
株か何かでもやっているのかと思えば、そうでもない。
気になる節はいくつもあれど、彼女は彼女だ。
俺としては、俺を認めてくれた人だからというだけの理由で一緒にいるようなものだ。
って、言ったら怒るだろうな。
きちんと好きだって、言えたらどれだけいいことだろうか。
そういうことを考えながら、遼の体を洗ってやる。
寝かせるにも、まず体を綺麗にしてやらないことにはどうにもできない。
無気力な人間というのは、こんな感じなのだろうか。
まるで生気の抜けたような、そんな感じだ。

体を洗い終えて、服を着せる。
下着を着させるのに苦労したのは言うまでもない。
とりあえず、寝かせることにした。
どうすればいいのかわからない。
こんなときに、あの男がいれば。
何か知っているかもしれないと思った。
セリはいつの間にか眠っている。
俺は、遼の隣に座り込んだ。
「遼……」
無言で、瞳だけを動かして、俺を見る。
不安だろうに。
何が起きているのか、自分でもわからないだろうに。
彼女の手をにぎってやる。
まだ、まだ冷たい。
俺はどうすればいいのだろうか。
ひょっとして、このまま彼女は死ぬんじゃないのか。
そんな不安がよぎる。
でも、その不安に押しつぶされないように。
彼女を守らなければいけないのは、自分なのだと。



月が綺麗な夜だった。
俺はずっと、彼女を見ていた。
ただ、それも少しの間だけのことだった。

月が隠れて、あいつが来るまでの。








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それでも世界は生きているから 圭と遼篇2

遼がいなくなりました。あ、遼は、はるかって読みます。朝起きたらいませんでした。
着替えた後があるのは一目瞭然。
だけれど、本人の姿がない。
はてさてどこへ行ったのか。記憶を呼び起こして、それらしい発言を探すが全くもって見当たらない。一体、どこに行ってしまったのだろうか。
とりあえず半日ほど待ってみることにした。そういえばセリもいない。
鳥かごはあるけれど、本来そこに住まうはずの存在はいない。何があったのだろう。
今日が十月の何日かわからないけれど、とにかく十月の暑い日のことだ。遼がセリと共に消えてしまった。



夕焼けが綺麗に見えたのに、遼は戻ってこなかった。今まで何も言わずにいなくなるなんてことがなかったから、少し不安になりつつあるのだが。しかしそれにしても、どうしたことだろうか。
今更かとも思ったが、探しに行くことにした。どこにいるかわからないのに探しに行くだなんて普段ならしないことだ。そう、普段ならば。今この時をもって、いや、朝気づいた時から既にこの状態は普段とは違ったのだ。もっと早く気づくべきだったのかもしれない。過ちを犯してしまったことに。
どこからか声が聞こえてきたのは、夕日が沈みかけたころのことだった。
羽ばたく音と甲高い声。
セリだけが戻ってきた。
「タイヘン!タイヘン!ハル アブナイ!」
検討違いの場所に降りながらセリは喚く。
駆け寄って、腕に留らせてやる。
「アブナイ! アブナイ!」
「おい、何だ、どうしたってんだよ」
いくら何でも、動物の心までは読めない。
いつもなら、うんざりするところだけれど、今はそれを悔やむ。
しかし、悔やんでばかりいられない。
「落ち着け、落ち着いてくれよ」
セリはばたばたと羽を羽ばたかせて叫ぶ。
「ハル アブナイ! ハル アブナイ」
それだけ言われても、どうにもならないけれど。
何か嫌なことが起きていることぐらいはわかった。

エンジンを暖めたカタナに跨り、アクセルを回す。伝わる駆動音が響き、心地よい振動となった。
先導はセリに任せたいのだが、こいつは鳥だ。夜目が利かない。
「セリ、大体の場所はわかるんだろ? 頼む、手遅れになる前に遼のところに」
セリは肩にとまって、何も言わなかった。
時折、羽をかく仕草をしているが、それでも俺はカタナを走らせる。
暗闇の中を心もとない光で照らしながら走る。
世界は崩壊したものの、道路はまだ残っているし、建物だって一部崩れているぐらいだ。
バイクで走るにはまだまだ余裕のある道ばかりで、少し助かった。
どんどん走らせて、どんどん駆け抜けていく。
一人で走るには、まだ心地のよい気候であった。
いや、そういうことを今言っている状況じゃないのはわかっている。
大分焦っているんだ、俺だって。
失うってのが、辛いことだと理解しているからこそ。
遼を失うわけにはいかないのだ。
俺を救ってくれた、彼女を失うだなんて。

セリががあがあと喚きだしたあたりで、カタナから降りた。
「この辺なのか」
俺は住宅街の一角、同じような一軒家ばかりが並ぶ場所にたどり着いた。
「どこなんだ、セリ」
セリは俺の声に反応せず、きょろきょろと辺りを見回すだけだった。
俺もそれにならい、辺りを見回した。
何故か住宅の中心辺りに、一軒だけマンションがあった。
そこだけ、何故か暗闇の中で光を帯びている。
それが気になり、俺はそこへと向かう決意をした。

「何だ、これ……」
マンション全体を包む、布のようなもの。
一階だと思われるあたりには、蔦が覆い茂っており、まるで大樹のようになっている。
上へと目をやると、人の住んでいる気配はないものの、暗くてよく見えなくなっている。
でも、何故かそこに入らないといけない気がした。
ふと、肩の重みがなくなっていることに気づく。
「ハル アブナイ!」
セリが空を舞い、はるか上空へとその身で飛びいく。
きっと、ここに遼がいるのだ。
そう確信し、俺は中に入る入り口を探した。



まるで、がれきの塔だった。
外観はマンションだったのだが、中はひどいものだった。
誰かが崩した後があり、まるで迷路のようになっていた。
そのおかげで、最上階まで来るのに苦労した。
「くっそ、セリもいねえし……」
流石に息はきれてはいないが、もう限界に近いものがある。
でも、この正面のドアを開ければ、そこに何かがあるんだ。
もう雰囲気でわかる。ここだ、ここに、遼が。

抑えきれない、この希望と、絶望感を。
俺はまるで、何かに憑かれたかのように。
このドアを開けた。
漂う匂い、まるで何かが腐ったような匂いだった。
マンションの一室を、まるで誰かが崩したかのように。
入るのを躊躇うような、気配があった。
壁という壁の代わりに、何本もの柱のようなもの。
床から天井まで伸びて、時折表面がうねる。
まるで何かがその中で蠢いているようにも見える。
奥から、セリの鳴き声が聞こえてきた。
それに気づき、躊躇いを捨てて駆ける。

視界に入ったのは、まわりのものよりも一回り大きなその柱のようなもの。
その根元に、背を預けている、遼の姿だった。






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それでも世界は生きているから 四塚と葵篇

あくる日、晴天の霹靂とは正にこのことを言うのだと四塚は思った。
朝食の用意をして、皆を起こそうとしていた時のことだった。
葵は寝起きが悪いので、一番最初に起こすことに決めてある。
その後で、イソロクさんを起こし、そして二人の少女たちを起こすことにしていた。
部屋のドアをノックして、声をかける。
「二人とも、そろそろ起きな」
返事がないことに異変を感じた四塚は、多少躊躇した後、ドアを開けた。
「まだ寝てるのか?」
しかし、そこには二人の姿はなかった。
布団は綺麗にたたまれていて、その上に一つの封筒が置かれていたのだ。
不思議に思い、その封筒の中を見る。

手紙が一枚入っている。

主に、斜め読みで済ませて、きっとまだ寝ぼけているだろう葵をきちんと起こしにいくことにした。
手紙の内容は、至極簡単なもので、食事の前にイソロクさんと葵に話をすることにした。
それは、とても急で、本当に一瞬で済むような内容のものだった。

「少し出かけてくるので、心配しないでください。って、どういうこと?」
葵がくしゃくしゃの髪の毛のまま、起きてきており、手紙を渡した時の台詞がそれだった。
「まあ、書いてあるとおりでしょ」
四塚はそう言うと、食事の用意を続けた。
「あのちっこいのが言っとったのは、このことだったのか」
イソロクさんが頷き、葵が秒の速さでそれに応じた。
「え、何か言ってたんですか、マリィちゃん」
葵からしてみれば、マリィもハイネも妹のようなものなのだろう。自然と呼び方にも、可愛らしさがこもる。
ただ、そういうことだけ、見ているわけにもいかないのだけれど。
「おお、下の列車は、一日中動いているのかと聞かれたんだ」
列車、か。
四塚には、二人がどこへ行ったのかがわかった。
「……それが、どうかしたんですか?」
葵にはわからないらしい。見かねる前に、四塚が言う。
「きっと、マリィのいた世界に行ったんだろう、ってことだよ」
葵は、ああ、そういうことかと頷いた。どうやら納得したらしい。
「まあ、他の世界とはかけ離れてはいるが、一日中列車が来るってのは間違いではないからな」
一時期でも経てば、戻ってくるだろう。
イソロクさんはそう言って、表を開けると言って部屋を出て行った。
四塚は食事をテーブルにならべて、椅子に座る。
「なんだかさみしいね」
葵が言う。別段気にしていなさそうな表情ではあるが、どこか悲しそうな雰囲気ではある。
「さ、早く食べて。冷めないうちにさ。で、髪も結ってあげるから」
葵は頷いて、四塚は自分の用意した食事に手をつける。
五人分用意したのになあと、少し悔しい思いをしながら。



これから、どうしようか。四塚は目の前にある地図を見て、思考をめぐらせた。
当初の予定では、今頃もっと遠いところにいるはずなのだ。
人を救おうとしていた、俺たちが今、一体何をしているのか。
こんなんじゃ、誰も救えない。
救えない?
いいや、自分が困っていないわけじゃない。それなのに人を救うとか、言っている場合じゃないというのに。
何がしたいのだろう。
闇雲に、ただひたすらに何かに立ち向かえる勇気があれば。
何も恐れることがなければ、俺は。
「難しい顔して、どうしたのよ」
背後からかけられた声に、ふっと惹かれる。
ああ、何だかこの感覚は久々な気がする。
「うん、なんでもない」
すぐ隣に葵がいるのを確認して、顔をあげる。
「どうしようかな、これからのこと、って、考えてた」
葵は俺の頭を抱えて抱きしめた。
「またそんなこと考えてたんだ」
胸があたる。
いや、苦しくないわけじゃないけど、おとなしくしていようと思わされる。
「君は、いつもそうだ。あたしには相談なしで何かをしようとするんだから」
その声に落ち着きを感じて、自分がどれだけ焦っていたのかを知る。
「たまには、あたしに相談してくれてもいいじゃない?」
一呼吸おいて、葵は言う。
「あたしを誰だと思っているの? あなたのお姉ちゃんなんだから」
それぐらいは、いいでしょう。
そう言って、頭を撫でられる。
おかしいな、何だか。
こみ上げてくる笑いをどう抑えるかが、今の課題だった。



少し、頭を冷やすことにした。
その後、葵と話し合って、やはり外に目を向けようってことになった。
イソロクさんは、寂しくなるなと笑いながら言った。でも、そんなのは表情には全くもって出さなかったのが印象的だった。
ハイネとマリィのことは、戻ってきたらあまり出歩かないようにと、頼んでおいた。
さて、じゃあ。
俺と葵の話は、もう少しだけ続くことになるだろう。
そうして。
まだ始まったばかりの世界は、その息吹を。






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