銀色の閃光が辺り一面を包み込んで、僕らの目の前で世界は変貌を遂げた。
木々は一瞬にして枯れ、建物は崩れていった。
何かが爆発したわけでも、自身が起きたわけでもなかった。
隕石が落ちたわけでもない。
津波が起きたとも聞いた。
この辺りは津波が来るような場所じゃないから、安心はできるけれど。
やっと保育器から出ることのできた、子供たちを見下ろしていることが今は幸せだった。
十月四日から、二週間。
僕と十和は、新たな家族を迎えて平和な生活を保っている。
とは言うものの、十和はまだ当分家に帰ることができないので、病院にいる。
一緒に暮らせるのはもうすこし後になるだろう。
あの世界崩壊の事象から、二週間。
自分のできることはすべてやったつもりでいる。
家から膨大な数の機材を持ち出して、天草老人の手も借りて。
ただ、十和と子供たちを守りたいという一心でやったことが功を成した。
最初は、世界崩壊の事象において、何が起こるのかを想定していた。
真っ先に考えたのは、電気系統のトラブルが主で、もし病院の電気が止まったら?ということからだった。
それらを解決するために、ただひたすら機械を組み立てた。
寝るのを忘れるぐらい、僕はそれに没頭していた。
寝るのは忘れたが、十和の見舞いには行っていた。
子供たちの様子も気になったからだけれど。
そういえば、まだ名前を決めていなかった。
父親としてあるまじき行為かもしれないが、十和と一緒に決めるのが一番よさそうだ。
淹れたばかりのコーヒーに口をつける。
自分でやるとやはり苦い。
十和が淹れてくれたコーヒーが一番おいしい。
早く帰ってこないだろうか。
右手はペンを走らせて、左手で本を開く。
ここのところ毎日が、その作業の繰り返しだった。
それでも、朝と夕方には十和の様子を見に病院へ行く。
つきっきりでいたいけれど、僕にはやらなくちゃいけないことがある。
世界再興計画と銘打たれた、復興の話だ。
それは、世界崩壊直後に天草老人が僕に持ちかけてきた話だった。
この崩壊してしまった世界にもう一度緑を取り戻し、今まで以上の住みよい世界にしようと。
天草老人は言った。
僕ならその計画の主導者になれると。
もちろん、そんな大きな話に僕が縦に首を振ることはなかった。
天草老人は実質的な面での計画を練るのに携わるということだった。
規模は、まるっと世界一つ。
気が遠くなる、そう思った。
僕は天草老人に考えさせてくれと頼み、話を保留にした。
僕が、世界を再生させる計画の主導者になる?
そんな話が罷り通るのだろうか。
一介の機械論者が、いったい何をできるというのだろうか。
頭を抱えて十和の見舞いに行ったのが十日前だった。
「~♪」
十和は鼻歌を歌いながらベッドの上で子供たちをあやしていた。
「ご機嫌だね」
僕が声をかけると、すぐに顔をこちらに向けた。
「あら、今日は早いのね」
何かあったの?と、彼女は言う。
笑顔が相変わらず可愛い。
「少しね」
十和の腕の中にいる赤ん坊二人を、自らの腕に抱きあげる。
「ほーら、パパですよー」
なんて、十和が言うけれど、二人はどこを見ているのか僕には興味がなさそうだ。
それって、父親としてどうなんだろうな。
「それでなにがあったのかな」
やさしく彼女が言う。
僕だけを見ている、その瞳で。
少し自意識過剰だな、うん。
僕の顔をのぞきこむその仕草とか、堪らない。
よし、少し落ち着こう。
「うん、実はさ」
一呼吸おいて、十和の髪をなでる。
「天草老人にさ、世界を再興させないかって誘われた」
十和はきょとんとして、口を開く。
「それって……いいことなんじゃないの?」
「そうなんだ、けどね。僕にその計画の主導者になれって言うんだ」
ため息交じりに口を開き十和を見る。
「できっこないと思う、僕には」
「そんなこと言って……あの人はあなたを見てくれているから、そう言ってくれたのだと思う」
昔からの付き合いだから、それぐらいならわかると言わんばかりに彼女は言う。
「……でも、やるかやらないかを決めなきゃいけないのはあなただから。どちらにしても、世界はまだ生きているのよ。その世界を助けられるなら、ね?」
十和が思い出したように話しだす。
「そういえばね、お医者さまがお礼を言いたいって」
「お礼?何か、したっけ?」
「ほら、世界が崩壊したあの日から、ずっと電気の供給してるじゃない。あれがとっても助かっているんですって」
ニコニコして十和は赤ん坊を撫でる。
「直接お礼を言いたいから、あなたが来たら教えてくれって言っていたのだけれど……どうする?」
僕は考えもしなかったことを言われて、頭を働かせる。
「……困ったものだね。ただ、君と子供たちを守りたかっただけなんだけどな」
「またそんなこと言って……」
言いかけた時、赤ん坊がぐずりはじめた。
「ほら、あなたが変なこと言うから、気にしちゃったみたいよ」
二人をあやしながら、僕に言う。
「大丈夫よ、あなたならできるわ」
穏やかな声で、綺麗な音で。
「この子たちの未来のためにも、ね」
僕の心が、一度決まると揺らがないのを彼女は知っている。後押しするかのような言葉に僕は安堵する。
「何かあれば、いつだって言っていいのよ。私はあなたのお姉さんで、妻なんだからね」
ああ、そうだ。昔からずっと彼女はそうだった。
僕らは互いに、弱いところを補いあってきたから、怖いものなんかなかった。
今の僕は少し、臆病になっていたのかもしれない。
「……そうだね、うん」
帰ったら、まず天草老人に連絡をしなければ。
「十和、僕、今日はもう戻るよ」
ふふっと笑った彼女が、僕を手招きする。
「どうしたの?」
彼女の顔が近くなるところまで、体を動かす。
一瞬、頬に口づけられる。
「がんばって、ね?」
彼女からの、応援の印。
少し照れくさくなって、挨拶も曖昧に僕は病室を出た。
誰もいない部屋で、ぼーっとする時間がほしいと思ったのは初めてだった。
あの時、両親が死んでからは、ずっと十和と一緒だったから、一人になる時間なんて、つくろうともしなかった。
だけれどこれから、きっと一人で仕事をする機会が多くなって。
十和にも十分に会う時間がとれなくなる。
子供たちにも会えない。
天草老人と会う機会は増えるだろうけれど。
でも、僕がやらなくちゃ。
さあ、行こう。
僕たちが新たな世界をつくりあげる、その日を目指して。
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