運転しつづけて、三日。
ラジオを流しているやつがいる場所にたどり着いた。
この世界のこの地域で、唯一の情報発信元と思われる場所。
広がる平野。
その中に、ぽつんと一つ残された傾いた鉄塔。
辺りを見回せば、遠くに倒れた鉄塔がいくつか見えた。
鉄塔の下に、まるでどこかの遊牧民の住居のようなものがあった。
その中に入ると、ごちゃごちゃ機械がそこらに並んでいた。
誰かがいるだろうと思って、声をかけてから入ろうとしたのだが、返事がなかった。
「きっと、お散歩でも行ってるんだよ」
遼が暢気にそう言って、鉄塔を見上げた。
傾いてはいるものの、まだこの鉄塔は天を目指している。
真上にのぼった太陽に目が眩みそうになる。
僕も、遼も言わないだけなのだ。
あるキーワードを。
「ここにいるのはいいけど、いつ帰ってくるかわかんないな」
遼が頷く。
「でも、会っていかないと」
少し、蔭りのある顔をしていた。
僕は遼の手をとって歩き出した。
ここのところ、僕も遼もずっと車内にいたので疲れてしまった。
息抜きも必要だろう。
雲行きが怪しくなったころ、車へと戻った。
鉄塔の家が見えるところに、車を移動させたところで、雨が降ってきた。
「久々だね、雨」
料理の用意をしながら、遼は言った。
確かに、雨音からはそう感じられる。
僕は暇さえあれば、鉄塔の家を見ていた。
でも、誰も帰ってくる様子がない。
そういえば、ラジオが流れているのかどうかが気になった。
ラジオの電源を入れる。
ノイズ交じりの音が響いた。
古い曲だった。
その日は結局、誰もその家に帰ってこなかった。
僕は、遼を寝かしつけてから眠った。
翌日も雨が降っていた。
辺りは薄暗いが、起きたころにはもう昼も近い時間だった。
まさか、とは思っていたけれど。
僕は遼を起こさないようにして、そっと車から出た。
雨は土砂降りで、僕は鉄塔の家に着くまでにずぶぬれになった。
昨日は入るだけで、ちょろっと見ただけだったけれど。
今日は他の目的がある。
万が一の可能性を、否定できないことが裏付けられるかもしれないと、密かに思っていた。
「そんなに広くないのか」
小さな公民館ぐらいの大きさだと思っていただければわかると思う。
この家の中は、八割ほどが機械で埋め尽くされているようだった。
寝室と思われる部屋とは別に、機械に囲まれた机と椅子が一組あった。
その引き出しを開けようと手を伸ばす。
カラン、と背後で音がした。
ただならぬ気配を感じて振り向くと、誰もいない。
「……」
まさか、誰かがいるはずもないよな。
と思ったのもつかの間、またカランと音がした。
部屋の隅に、暗がりになった場所がある。
窓がないから、余計に暗い上に、灯りすら届かないような場所になっている。
そこにある、それは僕より少し高いぐらいの大きさだった。
音はどうも、その中からするようだ。
吊るされていて、布がかけられている。
恐る恐る、その布をはずした。
「鳥、か」
中にいたのは、オウムだった。
白い、トサカのあるオウムが一羽、眠るように瞳を閉じていた。
「驚かさないでくれよ」
僕は布を戻して、もう一度机に向かう。
引き出しの中に、一冊のノートを見つけた。
「これだ、これに何か書いてあるはずだ」
ぱらぱらとページをめくると、ところどころ破かれたあとがあり、あるページに一行だけ文章が書かれていた。
「……私は、この世界がなくなろうとも生きることをやめない。世界が残った時のことを考えて、このノートを遺す、か」
読み上げてみたものの、いまいちよくわからない。
続きを読もうと次のページをめくる。
また文章が書いてあった。
読み上げようとしたとき、また背後から音がする。
鳥篭の中のオウムが、暴れているような音だ。
「なんだ、どうしたんだ」
布をめくると、やはりオウムが暴れていた。
「ワタシハタビニデルノダ!ダレモワタシヲトメラレナイノダ!」
がたがたと音を立てて、オウムは言う。
「え、お前、何言ってるんだよ」
落ち着かせようとして、まさかの可能性を見た。
ノートに目をやる。
「……私は、旅に出るのだ」
ノートに書かれていた文章と同じことを、オウムが口走る。
「コノセカイノハテをミルタメニ、ワタシハタビニデル!ココハダレカガキタトキノタメニノコス」
段々とオウムは落ち着いて、少しずつ語り始めた。
「ワタシハコノセカイヲミテマワロウトオモウ。ダレモガイキテキタコノセカイガ、ドウカワッタノカヲワガメデタシカメルタメニ。ワタシハマズコノクニヲミル。ナンカシテイケバダレカニアエルダロウ」
オウムは続ける。
「オウムノセリハ、ジブンデカゴカラヌケダスコトガデキル。ダレカガキタラツレテイッテクレルダロウ。ラジオハ、キカイガコワレナイカギリハンエイキュウテキニナガレツヅケルヨウプログラムシテアル。ワタシハコレヲノコス。ジュウガツナノカ、テンキノイイヒニ」
オウムは、一度そこで言葉を切った。
僕は、それをただ黙って聞いていた。
「タビビトヨ、コノセカイニイキルノナラバ、キミニサチアランコトヲ」
そこまで言うと、オウムはおとなしくなった。
僕は、背伸びをして鳥篭をはずした。
もう一度、机に向かって、ペンをとりだす。
きっと、僕ら以外に誰かが来るかもしれないから。
このノートに、僕が来たことを記しておこう。
「セリちゃんすごいねー、いっぱい喋れるんだねー」
車に戻ると、眠たそうな顔をしつつ着替えをしている遼に出くわした
寝ぼけているようだが、僕のもっていた鳥篭に気づいたようで、すぐに興味を示した。
その結果が、これだ。
もうずっと、先ほどからオウムのセリに構いっきりだ。
少しは僕にも目を向けて欲しいとおもう。
があがあ、とたまに言うけれど、セリはきっとおとなしくしてくれるだろう。
結局、ラジオを流している人はどこに行ったのかは明確にはわからない。
いなかった、ということにして、僕は遼を納得させた。
旅に出たみたいだ、なんて言うのも何だかなと思う。
僕は車を走らせる。
目指すは、あの街。
四塚さんのいる、あの街に戻ろう。
空はまだ雨を呼んでいたけれど。
今の僕は、それどころじゃない。
たかが鳥に、嫉妬心を向けるのもバカらしくは思えるが、いざ構ってもらえなくなると寂しいものがあるのだけは理解できた。
しかし。
されど鳥、なのだ。
その翼で空を飛べない以上、僕らにはどうすることもできない。
ただ、それだけだった。
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