忍者ブログ

その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

鳥 一

それは一羽の鳥だった。
ひょっとしたら私の勘違いなのかもしれぬ。
否、紛れもなく鳥だったのだあれは。
私はそれが鳥だと知っていた。
そう知っていたにも関わらず、私はそのことに対して見て見ぬ振りをしたのだ。
ただの鳥だというのに。
だのに、何故――

何故私はあの娘に惚れてしまったのだろうか。



梅の花が芽吹き、嵐が訪れて春が目前を迎えたころだったように思う。私は今でも、あの頃を、あの日々をまるで昨日のように思い出せる。
齢の頃は一九で、私は会社勤めをするのが嫌で学生という道に逃げ出した時分であった。
今は立派なアーケードのある大須の商店街にて、ふらふらと歩いていた。
ちょうど昼を少し過ぎたあたりで、飲食店にはまばらに人の影が残っている。皆、仕事に身をやつしているのだろう、その時の私にはわからなかった。この近辺で大してうまい飯が食えるわけでもないのだが、私は腹をすかせていた。
手頃な店に入り昼食を済ませた私は、仁王門通りを抜けて大須観音を目指した。少し歩いてやけに子供が多いことに気づいた。ああ、そういえば今日は縁日だったか。子供たちの声が背後から真横から斜め前からと縦横無尽に駆け巡っていく。
不思議とそれらを鬱陶しいとは思うことなく、私の足は進んでいく。大須観音はすぐそこだった。

いつもなら人の少ない砂利のある境内に無数の出店が並んでいた。林檎飴の屋台に、金魚掬いの店。骨董を扱う店では、腹の出た目つきの際どい店主が客と大声で話している。バナナのたたき売りをしている男は、どこかでふうてんのと呼ばれていそうな容姿をしていた。
少し外れたところに紙芝居屋がおり、子供たちはそれをおとなしく見ている。先ほど昼食をとったところだが、焼きそばのいいにおいに食欲をそそられた。一瞬、一体私は何をしにきたのだろうと考えてしまった。
本殿の階段をあがる手前に、奇妙なテントがあった。私はそのテントが気になってしまい、中を覗いた。
「いらっしゃいませ」
中には顔の右半分を包帯でぐるぐる巻きにした男が、テントの奥に座っていた。怪しい雰囲気を醸す店主を、ちらちらと横目で見ながら。
店主の前にはいくつかの商品と思しきものが雑然と並べられていた。西洋の火打ち石やら、怪しい絵柄の描かれた絵札の一式。長机が置かれており、奇妙な仮面が立ち並び、木彫りの像さえある。その長机の端に置かれた鳥籠が、おかしな雰囲気を更におかしくしていた。
「や、すまない、少し気になったもので」
私はそう言ってテントを出ようとした。
その時だ。私とすれ違う形で、一羽の鳥がテント内に入ってきた。
チチチと鳴いたかと思えば、テントの中を飛び回っている。
「すみませんが、そこの鳥籠の扉を開けてもらえませんか」
店主は言う。
「私は足が悪くて、立つのにも一苦労するのです」
仕方ない、ならばと思い私は鳥籠の扉を開けた。
鳥は私の周りを三度回って、籠の中に入っていく。
鳥は喉が乾いていたのか、籠の中の水差しに頭を突っ込んでいた。
それを見届けてテントを出る。
「……それじゃ、私はこれで」
私はテントの中に向かって声をかけて、階段を上がった。
「またお会いしましょう」と店主が言ったのを、私は聞くことができなかった。



ドンドンドンパフパフパフ、と音を鳴らしてちんどん屋が通りすぎていく。それを子どもたちが追いかけていく。
西日が綺麗だなと感じたころにはもう夕暮れで、私は家路につくことにした。
猫がにゃあと鳴き、犬がワンワンと吠えている。私の住む町は住人の数こそ少ないが、活気があった。祭りがあれば地域で盛り上がり、誰かが死ぬと地域で悲しむ。
泥棒が出ればこぞって犯人探しに精を出すし、隣近所と言わず、町の端とその逆の端に住んでいても仲がよい。
町が一つとなって団結していた。
大人が知らない子どもはいないし、子どもが知らない大人もいなかった。
私は生まれた時からこの町で育ち、この町と共に生きてきた。
だから、どうしたと言うのだろうか。私は私の知るこの町から出ていきたくないだけなのだ。私を育て、私をつくりだしたこの町を。
未練がないと言えば嘘になるだろう。しかし、未練だけに縛られているわけでもない。
不十分なのだ、人として。私は誰かのために何かをしてやりたいという感情が欠けているのだ。医者に言われたわけではないが、きっとそうなのだ。そうに決まっている。
闇雲に何かを探すわけにもいかずに、ずっとここに留まっている。
誰も私がそうであることに気づいていないし、この先も気づきはしないだろう。
いつしか私は忘れ去られて。
にゃあお、と鳴き声が聞こえて私の思考は一時的に止まった。
もう一度にゃあおと聞こえて、私は辺りを見回す。
道の真ん中で地面を這う鳥と、それを狙う猫が見えた。
猫には見覚えがあって、この町のボス的な存在だったと思う。戯れに鳥を虐めにかかるようなやつではないはずだ。
鳥は猫に気づいていない。あのままでは食われてしまう。
足元に転がる小石を猫目掛けて投げる。
しかしそれは距離を違えてしまって当たらなかった。
だが、鳥を驚かすには十分だったみたいだ。
今にも飛びかかろうとしていた猫の視線が音のする方へと向いて、鳥は羽ばたいて飛んでいった。
猫が振り返った時にはもう遅く、はるか上空を鳥は飛んでいた。
これで間違えることさえなければ、あの鳥は猫に襲われることはないだろう。
名残惜しそうに空を見上げる猫のもとへ歩いていくと、私に気づいてにゃあと声をあげた。
「にゃあじゃないよ、君は」
足にすりよる猫を余所に空を見上げる。
もう鳥の姿はなかった。

PR

咲き誇る華のように。

二本の糸が交わる点に、二つの星が流れてから、もう四年が過ぎた。いつまでも一人ではいられないと思っていた矢先に、吉報が届いた。
幼なじみの仄香が帰ってくると聞いたのだ。
それが先週のことで、今日は内緒で駅まで迎えに来た。
俺は親の仕事の手伝いをしていて、今までずっとここにいた。仄香は中学まではこちらにいたのだが、高校にあがる際に街の高校へと進学していくと共に寮に入っていった。
中学を卒業して、もう四年。
高校卒業後、仄香は大学へと通い、俺は親の仕事を手伝いながら仕事をしている。親はこの辺りの地主で、主に茶葉の畑を設けて生活をしている。
仕事は収入の安定性を求めて、この村の役場の職員だ。
今日は休み、そして久々に会える幼なじみのことが懐かしくなってしまい、迎えに来たという寸法だ。

そんな俺にも、なりたい職業があった。
画家だ。
昔から絵を描くのが好きで、画家になろうと決めたのは中学一年の時。県の絵画コンクールに出したのがきっかけだった。
ただの風景画を描いただけのつもりが、そのうまさが審査員の目に留まって、大賞をもらったのだ。そこからが始まりで、ある意味一種の終わりだった。

電車を待ち続けて、六時間。
始発から飲まず食わずで待っているのでもう空腹を我慢できそうにない。
空に浮かぶ雲が食べ物に見えてきたころ、一両の電車が来た。
虚ろな目で電車を見つめて、人が降りてくるのを確認する。
コートを着た女性が二人、ホームを抜けてきた。
見覚えのある顔。
どことなく、昔から知っている顔立ち。
仄香だった。
もう一人は、すらっとした背の高いやつだった。ぱっと見男かと思ってしまったが、服装からして女性であることは明白だった。楽しそうに二人は喋っていた。
俺は意識を覚醒させて、仄香に声をかける。
「お、おい――」
俺に気付いたのか、彼女はこちらを見て一度立ち止まる。
「遅かった、じゃないか」
ゆっくりと近づいてくる彼女の仕草は、相変わらず変わっていない。
「……ひょっとして、泰明君?」
恐る恐るといった感じで、仄香は俺をまじまじと見る。昔から、じっくりと相手を見ないと認識できないやつだったなと今思い出す。
「久しぶり、元気してた?」
俺がそう返すと仄香の顔が明るくなる。
「やっぱり泰明君だ! 久しぶりだね、今日はどうしたの?」
「や、どうしたって、ほら」
俺が続きを言おうとしたところで、ずいっと仄香を庇うように人が間を割ろうとした。
「ふむ、君か、君が」
上から下から舐めるように、そいつは俺を見た。
「な……あんた、誰だよ」
そいつは仄香と一緒に電車を降りてきたやつで――ゆうに、仄香と頭三つ分ほどの身長差があった。俺より大きい。
「あ、紹介するね、こちら、同じ大学の」
割って入るかのように、仄香が言って、それに間髪入れずにそいつが告げた。
「高千穂、高千穂和泉です。お話は兼ねがね伺っていますよ、飯倉泰明君」
高千穂と名乗ったそいつは、にっこりと笑った。
何だか威圧感を覚えて、一瞬何をしにきたのかを忘れてしまった。
「それで、泰明君はどうしたの?」
まるで何もなかったかのように仄香は言う。
「あ、ああ、おばさんに聞いて、m」
「大方、仄香の親御さんにでも話を聞いて迎えにきたというところだろう?」
途中で言葉を遮った挙げ句、高千穂は俺に確認までしてきた。何だこいつ。完璧に出鼻を挫かれてしまった。
「……あ、ああ、迎えに来たんだよ」
それでも負けじと俺は言う。
「ほら、荷物持つから」
ほとんど無理矢理に仄香から荷物を預かって、歩きだそうとする。
「泰明君待って、和泉ちゃんのもお願い」
えっ、と心の中で思ってしまったが、それを顔に出す訳にはいかなかった。
「……ほら、貸せよ」
「いいのかい? 結構重いよ?」
たかだか旅行カバンの一つや二つ、持てない訳がなんだこの重たさは!?
高千穂からカバンを預かってすぐに、俺はそれを地面に叩きつけるぐらいの勢いで落下させた。
「ほら、だから重いと言っただろうに」
いや、桁違いだよその重さは。
「重すぎだろ……」
「泰明君、カッコ悪い」
仄香がくすくすと笑っていた。
仕方ない、という表情で高千穂が二人分の荷物を背負う。
「行こうか、ほら、案内してくれ」
まるで誇らしげに俺を見て鼻で笑う高千穂。
腹立たしいのはおいといて、何か気に食わない。
それでも俺は、屈することなく先を歩いていく。
期待していた俺がバカだったのだろうか。
仄香は俺の後ろで高千穂と並んで歩いている。
軽々と荷物をもたれたせいで、俺の立場なんかなかったのだ。
少しだけ振り返って、二人を見る。
楽しそうに談笑する二人を横目に、少しだけ早足で歩いて距離を空けた。
少しだけだから、気づかれることはないだろう。
笑う声が、冬の空に響く。
もうクリスマスも終わって、三日が経った日のことだった。

その夜は、俺の家で食事会を開くことになっていたらしい。
らしいというのは、俺は開始早々からやけになって酒を呑んで酔っ払いになっていたので、記憶が曖昧なのだ。でも、覚えていることは一つだけある。
寧ろそれが夢であってほしいと思えるだけ、まだマシなのかもしれない。
日付が変わったころだったろうか、ふっと目を覚まして、酷い有様になっている居間の様子をぼーっと眺めた。
親父もお袋も、爺ちゃんも婆ちゃんも仄香の両親もみんなして死んだように眠っている。
これは何があったのだろうか、と思わされる惨状ではあるが、俺の中での答えは一択だった。
A:みんな、酔いつぶれて寝ている。
その後、シャワーだけでも浴びて寝ようかと思い風呂場へとふらふらになって歩いていった。
そこで見たものが衝撃的で、きっとこれから先忘れることのできない瞬間になったのだろう。
「……あー、気持ち悪……」
あまりにも呑みすぎたのだろうか、いつにも増して気分が悪い。
普段が呑まないせいもあってか、余計にまわりやすいのだと思う。
壁伝いに風呂場へと向かう。さっとシャワーを浴びれるように、上着を脱ぎながら向かう。
洗面所の明りが漏れているのに気づいたのは、風呂場の扉の前まで来た時だった。
「ん……っ……」
上着を洗面所の床に投げてからふっと、シャワーの音に紛れて誰かの声が聞こえることに気づいた。
洗面所には誰もいない。
代わりに風呂場に誰かがいるようだ。
酔いの覚めきらない思考と、好奇心が俺の理性を押し殺した。
よく見れば、バスルームの扉が少しだけ開いている。
ガラス越しに映る影には、見覚えがある。
あの背の高さは、きっと、高千穂だ。
仄香の連れてきた、大学の友人であるとかいう生意気な女。
シャワーを浴びているだけなのに、やけに身体を動かしているのがわかる。
足元に転がっている脱ぎ散らかされた衣類の数に、違和感を覚えてしまう。
高千穂の衣類と一緒に、仄香の着ていた服までもが無造作に脱ぎ捨てられている。
「……?」
声に出すことはなかったが、そこで少しずつ思考が回復してきた。
脳内で何かが繋がる。
心臓が高鳴るのがわかった。
ドクン、ドクン、と。
恐る恐るその隙間をじっと見つめていた。
やはりシャワーに紛れて声が漏れてくる。
信じがたいが確認しないことには何も始まらない。
そう思ったところで、高千穂と、もう一人の姿がガラスに映る。
俺は硬直した。
その身長差は、昼間に見たものと同じ。
紛れもなく、高千穂と彼女−−

高千穂と口付けを交わす仄香の姿がそこにはあった。




目を覚ましたら昼を過ぎていた。
まだ痛む頭を無理やり起こして、部屋から出る。
すると、同じタイミングで高千穂が出てきた。
何でこいつがうちにいるんだと思ったが、そういえばこっちにいる間はうちに泊まるとかいう話だったかなと思い出した。
「ああ、おはよう、泰明」
呼び捨てかよ、と心の中で思って、軽くスルーしてやる。
「おはよ……」
ぶっきらぼうに言って階段へと向かおうとすると、背後から声がかかる。
「夜中、見てたんだろ?」
夜中?
急にそんなことを言われて、俺の足が止まった。
「何のことだよ? 俺は目ぇ覚ましてからは、すぐに部屋に戻ったぜ」
しらばっくれる以外の道がないと思い、俺は適当に言葉をつむぐ。
「ああ、そう。じゃあ、そうだな、洗面所におかれていた君の上着は、何だったのかな?」
「上着? ああ、だったら母さんがもっててくれたんじゃねえの? 俺酔ってたから、脱いでたんだろ」
振り向かずに答えて、反応をうかがう。
これでも何か言われるようだったら、昨日覗いたのがばれてしまう(不可抗力だという説もあるが)。
「いやあ、それがね、お母様に聞いてみたら、君は酔っ払っても脱ぐような癖なんかないそうだ。それに、上着を持っていったのがお母様だとしたら、洗濯籠に入れるはずだろう?」
痛いところをちくちくと突かれて俺はいてもたってもいられなくなる。
というか、何だこの気分は。
「……だったら、なんだってんだよ」
顔だけで振り向いて、高千穂をにらみつける。
ニヤリと笑って、高千穂は俺を部屋に来るようにと促す。
「教えてあげよう」
部屋に戻っていった高千穂についていく気もしなかったが、俺は何かを確かめないといけないと思っていた。
気は乗らないが、少ししてから部屋に入っていく。
空いている部屋とはいえ、こちらに来るということで俺が片付けた部屋だ。
ちょっとしたバンガローほどの広さがあるし、何より俺の部屋よりは広い。
その部屋を二人で使うようにとあてがったのは、母の命令だ。
俺は部屋の片づけをして、親父は部屋の補修をした。
長年使っていないと、あちこちガタが来るという話である。
二人の荷物が部屋の端に置かれて、ベッドにはまだ仄香が眠っていた。
「仄香、起きて、泰明が来てるよ」
ベッドに腰掛けて、高千穂が仄香の身体をゆする。
「んぅ……」
ゆっくりと寝返りをうって、仄香は起きあがる。
「ふぁ……泰明君、おはよう……」
眠たそうに目をこする仄香。
昔から朝が弱いやつで、俺がよく起こしに行ったなあと記憶が蘇ってくる。
「ほら、隠して」
仄香の身体をシーツで包み、そのまま抱き寄せて高千穂はこちらを見る。
「……で、なんだよ、俺に何か話があるんだろ?」
苛苛してきたのを抑えつつ、高千穂に問いかける。
「ああ、仄香、言うんだろ?」
目をこすっている仄香が、一度あくびをして、口を開く。
「あのね、泰明君、あたしね恋人ができたの」
正直面食らった。
いきなり、そんなことを言われてもどうすることもできないが、いきなりすぎて。
「そ、そうなんだ……」
当たり障りのないような返事を探しても、それしか出てこなかったのが駄目なところだと思った。
「でね、その相手なんだけどね」
高千穂がにぃっと笑って、二の句を告げる。
「改めて自己紹介をさせてもらおう。自分は高千穂和泉、仄香の大学での同級生だ。親友でもあり、よきライバルでもある。そして−−」
俺は、聞きたくない言葉を聞かずに済むような技術は会得していない。
そこまででわかった。
だから、もう。
これ以上

「仄香の彼女、させてもらってます」

まるで二人、示し合わせたかのようなブイサインを俺に向けて掲げる。
とてもいい笑顔だ。うん。
200点満点。俺が幼稚園の先生で、この二人が生徒なら、俺は花丸をあげてしまうところだ。







そして、奇妙な同居生活が始まりを告げた。




咲き誇る華のように 一話 帰ってきた幼なじみ 了



次回、咲き誇る華のように 二話 高千穂和泉と竜胆仄香の関係 へ 続












紅い血で染まる

これは私の思い出の中にあるお話。誰も知らない私が見ているお話の一部。
さて、何処かへと消えていくあの太陽が次に私を照らすのはいつのことか。

本屋で見かけた佐藤正午の新刊の表紙から、幻想的な写真を撮る彼女の後姿を彷彿とさせた。
とは言ってもその彼女とはもう、半年以上会っていない。私は半年以上昔のことは思い出せないでいる。どうやら、そのあたりから記憶が消えていくらしい。正確に言えば、記憶が消えていくのではなくて、記憶が仕舞われていくだけなのだ。
その彼女には彼氏がいて、この男が酷く暴力的だったのだ。
酒は食らうわギャンブルはするわで、彼女が働いて稼いだお金は全て男のために消えてしまう。
そんな彼氏とは別れたほうがいいと私は言ったのだが、彼女は首を縦には振らなかった。
『あたしじゃないと彼を支えられないの。彼はきっと、あたしがいなくなったら寂しがるわ』
純粋な瞳でそんなことを言われると、私としてもそれ以上の言葉は出てこない。
じゃあ、という条件で、何かあったら私に連絡するようにと言い残して、その日は別れた。

記憶の中に、見たこともない記憶があるのを思い出す。
立派な髭を蓄えた、半裸の大男と、その周りに浮かぶ三つの球体。それは空に浮かんでいて、それぞれが別々の色を放っている。
一つは、この世界の海の底のように澄んだ色をした、青い球体。
もう一つは、そこだけ別の世界のように見えるが、それは月のようにも見える、黄金に輝く球体。
最後の一つは、太陽によく似た色をした、赤い球体だった。
大男は言う。
「我、汝等に命を与えよう」
一つずつの球体に手を翳していく。
全ての球体に手を翳し終えた時、それらは光を放った。
「まず、お前に名をやろう」
球体は形を変えて、それぞれが人の形をとっていく。
「……はい」
返事をしたのは、青き球体だったもの。
青き球体は、髪の長い女へと姿を変えた。瞳はオッドアイで、右目が青、左目が緑色をしていた。
「お前はこれからヘルと名乗れ」
名を与えられて、彼女は微笑んだ。
おとなしそうな外見をしているが、一度抗えば何でも一思いに破壊してしまいそうな感じがした。
「はい、かしこまりました」
深々とお辞儀をして、ヘルは佇む。
「次はお前だ」
視線の先にいたのは、黄金の球体より形を変えた男。
「トール、そう名乗るがよい」
トールと呼ばれて、男は頷いて言った。
「任されよ、親父殿」
トールはざんぎり頭で、筋骨隆々とした肉体であった。
素直に己の気持ちを表に出す、そんな存在だった。
「最後だ。お前には、スルトという名をやろう」
赤き球体からその身を作り出したのは、男とも女ともつかない肉体を持っている存在だった。
「……」
頷き、スルトは吼えた。
それを見て、他の二人は視線を交わらせて、その後スルトと同じ行動をとった。
火山は噴火し、大地は裂け、空には雷鳴が轟いた。
世界が、彼らに答えたのだ。
私はそれを、どこからかじっと見ていた。
まるで、歴史を傍観するかのように。
そうして、大男はいつしかいなくなり、その世界はヘルとトール、そしてスルトが支配するようになった。
だが、私が記憶しているのはそこまでだった。
半年以上前の記憶が仕舞われていくはずなのに、こんな記憶があるというのは一体どういうことか。
私が体験したことなのだろうか?
でも、一体どういうことなのだろう。
夢か何かなのだろうか。
そう、記憶を思い出している時だった。
仕事中にかかってきた電話で、今夜家に来てほしいと彼女は言った。
私は仕事を終えてからでいいのなら、と二つ返事で承諾をした。
そして仕事帰りのその足で、彼女の自宅に向かった。



「あ、来てくれた」
彼女の部屋は酷い有様だった。
玄関は開けっ放しで、下駄箱から洗面所から、とにかく外から見えるところは全てぐちゃぐちゃになっていた。風は追い風で、彼女の家の玄関を開けると、屋内に向かって風が吹いた。そのおかげで、余計にものが散らかっていく。廊下の明かりはついておらず、奥の部屋から漏れる光と外の光で廊下がうっすらと見える。
「何、これ、どうしたの」
私が聞くと、彼女はにへらと笑って言ったのだ。
「うん、彼がね、さっきから来てるんだけどね」
彼女がパタパタとこちらに向かって歩いてくる。
部屋の中の空気と、外の空気が混ざって、おかしな匂いに気づいた。
「え……何よこの匂い……」
何かが焦げるような、何だか、酷い匂いが漂ってきた。
「ええ、今ね、火傷しちゃって」
彼女はにっこりとしている。どこか、寂しさを浮かべながらだけれど。
火傷?ここまで酷い匂いがするほど、火傷なんて。
まさかと思い、玄関先で私を遮るように立っている彼女を押しのけて奥まで進む。
「あっ、今、散らかってるから……」
彼女の言葉を最後まで聞くことなく、私は匂いの元へとたどり着く。
敢えて靴は脱がなかった。何が転がっているかわからない部屋で、もし何かを踏んだら事だからだ。奥の部屋は、天井付近に煙が充満していた。匂いの元は、部屋に入ってすぐに私の視界に入ってきた。
「……!!これ、ひょっとして」
「そうよ、ひょっとしなくてもそうよ」
すぐ背後で彼女の声がする。振り向くと、廊下の暗がりに潜む彼女の姿があった。瞳が、まるで真夜中に見つけた猫のように光っていた。いや、人間の瞳が光るはずがない。部屋の明かりでそう見えるだけだ。
「彼よ」
予想は的中して、私はそこで初めて確信を得た。
「あんまりにも、私のことを見てくれないから、ちょっと頭に来ちゃって」
そう、彼女は言った。
私は状況を理解し、拒絶反応を起こしつつある身体を自制する。
ぶすぶすと音を立てて、そこにある黒い塊は燃えている。ところどころ、まだ燃えきっていないようで、ばちばちと床を焦がしながら彼は燃えていた。いや、もう彼ではないのかもしれない。黒い塊になってしまった彼は、彼であったものになりつつある。
見るのも厭だ。
こんな、もの。
人の形を保ちつつはあるが、それは抵抗することなく燃やされたようだった。
「あんまり気持ちよさそうに寝てたの、この人」
彼女は聞いてもいないのに口を開いた。
「それで、ああ、羨ましいなあって思ってみてたの。そしたらね」
きらりと何かが光る。
「寝言で、言ったの」
彼女は暗闇から、後ろ手に持っていた果物ナイフを取り出した。
「あけみ、って」
その刃を、舐めまわすように見ている。ところどころ、赤い。きっと、彼が寝ているところで刺したのだろうと私は想像した。
「お酒を飲んでも、暴力を奮われても、あたしはよかったの。でもね、でもね、他の女の名前を呼んだのよ」
淡々と語る彼女。
私はたじろぎ、何も言えずにそこにいるだけだ。
「だからね、その女に二度と会えないようにしてあげたのよ」
私の隣をゆるりと通り過ぎて、彼女は彼であった消し炭に寄り添う。
その物体に、ナイフをおもいっきり突き立てた。
「こんなにあたしが愛しているのに、他の女にうつつを抜かすだなんておかしいでしょう?」
私はその問に答えられない。彼女の言わんとしていることを、理解はできるが、賛同するには危険な要素が多すぎる。
「それでね、そのままじゃ焼けないから、こうしたの」
消し炭の、腕であったと思われる部分を彼女は持ち上げる。
彼女の綺麗な手は、血なのか墨なのかなんなのかわからないものによって汚れてしまった。
「ほら、ここ」
手首の辺りだろうか。細い針金のようなものでがんじがらめにされている。
何重にも、何重にも重ねられていて、まったく動かすことのできなさそうな状態になっている。
「それと、こっちも」
嬉々として彼女は足を指差す。足首にも、同じように針金か何かが巻かれているようだった。
「後はね、口の中にさ、石を入れたの。それも、普通のじゃないよ、焼いた石!とってもとっても熱いの!」
狂っている。
私はそう思った。
彼女は楽しそうに語るが、これではまるで狂人ではないか。
「苦労したんだよ、途中で起きないようにって。でも、先に手と足をぐるぐるにしてあげたから、大丈夫だった。暴れることはなかったの。いちおう、目に瞬間接着剤塗ったんだよ」
私の背筋に悪寒が走る。
ああ、私はこんな友人をもっていたのか。
「ぐるぐるってしてー、石を口に詰めてー、口もぐるぐるってしたの。ほら、口にピアス、いっぱい開けてたからさ、針金通すの簡単だったよー」
もう、確認する必要もなさそうだった。そこまで話を聞けば、後はわかる。
手足を針金でゆるく固定して、口元のピアスをはずす。その後、あらかじめ暖めておいた石を口の中に流し込む。頭は、何かで固定しておけばいいだろう。起きてしまうと厄介だから、先に目を閉じさせてしまうのだろう。そうして、口の中は熱いが、目を覚ましても瞳は開かない。万が一開いても、無理にひっついたところを開くので血が流れる。それでパニックになるだろう。
騒がないように、することも大事だとは思うが、どうしたのだろうか。ピアスの穴に針金を通して、ええと。そうだ、彼は唇の上下にピアスをいくつもしていた。上と下の穴に針金を交互に入れていけばいいのか。そうして、熱い口腔を閉じる。
後は、ナイフで刺しておとなしくさせて、火をつける。
ん、待てよ。こんなに簡単に油なしで人の身体が焼けてしまうのだろうか。いくら天然の脂肪を持っているとはいっても、こうも消し炭になるほどのものはないはずだ。
「でねでね、あんまり焼けないから、サラダ油、ばーんってかけたの」
考えていたところに、答えが飛び込んできた。
彼女は笑っている。
もう手遅れだったのかもしれない。
彼女はきっと、私を殺そうとはしないだろう。
きっと、もう。もう、彼女にも、私にも声をかけることをしないその消し炭を手に入れて。
今日限りで、彼女との交友関係を断ち切ろう。
「ね、一つ聞いてもいい?」
うん、と彼女は頷いた。
「私は、あなたを好きだから、人道的措置をとろうと思うのだけれど、いい?」
彼女の答えがなんであれ、私はどちらかを選ばなければならない。
でも、私と彼女が友人であった証をたてるために。
「うん、いいよ。今までありがとうね」
友人として最後の行動をとることにした。バッグの中から携帯を取り出し、見慣れた番号に電話をする。相手は私にとって最高の友人だけれど、国のために働く公僕だ。私が一番嫌いな人種だ。
何度目かのコールの後に、声がつづく。
彼女に背を向けて、電話に出た相手との会話を始めた。
「ああ、ごめんね、私だけど」
油断していた。
何かがしゅっと音を立てたのを、聞き逃すことができなかった。
喋りながら振り向くと、彼女は自らの喉にナイフの刃を押し当てていた。
「    」
彼女の口から言葉が漏れる代わりに、喉から血飛沫があがる。
私はそう遠くない位置にいたので、その飛沫を浴びることになった。
スーツが彼女の血によって赤くなる。
赤く、染まる。
私は、電話口で叫ぶ相手の声を聞きながら、彼女が血を流すのをじっと見つめていた。



後日、彼と彼女の葬儀に出た。
私は、彼を殺した彼女が法に裁かれるのが、本当は厭だった。だから、その後来るであろう公僕には嘘を教えて彼女を逃がそうと思っていた。でも、彼女はその身をもって罪を償った。だけど私は人を殺した罪が、犯人が死ぬことによって償われるとは思っていない。それは単なる逃避だ。
現実から逃げるための、一番簡単で一番難しい方法。
それをやってのけた彼女は私の知る誰よりも。



「そうして彼女は旅立った」
私の記憶はここで一旦閉じることになる。
また何か、思い出したらきっとここに来るだろう。
きっと、彼女は。
私はふっと思い出したように口を開く。

幻想的な写真を、向こうでも撮っているのだろう。






 

金色の


狐。
狐と言ったら昔から、人を化かすことで有名だ。一つや二つぐらいなら、誰しもそんな話を聞いたことがあるだろう。私が聞いたのは、狐の好物についての話だ。
ある日友人から聞いた話。

それは古い話で、友人もおばあちゃんから聞いたのだと言っていた。戦時中の話らしい。
友人のおばあちゃんは田舎に疎開しており、比較的戦地からは遠いところにいたらしい。
田舎も田舎、古いお屋敷がいくつかあるぐらいで周りは田んぼばかりの所だったとか。
ある日、一件のお屋敷が家事で燃えた。
お屋敷にはたくさんの使用人がいて、みな一目散に飛び出してきた。お屋敷の旦那さんも、家族を連れて出てきたそうだ。
しかし、数が合わない。
人の数が合わないのだ。
何度数えたって、一人足りない。
友人のおばあちゃんは、それが誰かわかったそうだ。
仲良しにしていたお屋敷の末っ子の、百合ちゃんがいない。
それを旦那さんに伝えた時、お屋敷が更に燃えあがった。
まるで、神様が私たちに怒りを曝しているかのようだと、おばあちゃんは思ったらしい。
火は、その日のうちに消し止められて、百合ちゃんはお屋敷の奥から見つかった。幸い一命は取り留めたものの、全身に酷い火傷を負っていたそうだ。田舎であり、戦時中ということもあって医者はいるが、薬の絶対量が足りなかった。
旦那さんが山を二つ越えた街に薬をもらいにいくと言って出ていった。
おばあちゃんはただ祈るしかできなかったという。

歩いていくには、夜通し歩いて行っても、帰ってくるのに三日はかかる。
百合ちゃんは、おばあちゃんが住まわせてもらっている家に運ばれた。医者の適切な処置の甲斐があってか、百合ちゃんの火傷はすぐに乾いていった。心配で、おばあちゃんはずっと傍についていたそうだ。夜だけは、自分の部屋で眠ることにしていたと聞く。
夜中に目が覚めて、外の静けさにおののいた。月が綺麗すぎて、ふと百合ちゃんのことが心配になった。
百合ちゃんの寝ている部屋に行くと、襖が少し開いていた。その隙間から、そっと覗きこむ。
月明かりに照らされて、ゆらゆらと動く二本の毛の塊。
それはゆらゆらと、右へ左へと揺れていた。
おばあちゃんは息をのんだ。
それが何か確かめたくなった。
意を決して、襖を一気に開け放つ。
百合ちゃんは眠っているのか、動く気配がない。
くちゃくちゃと、口元で音を立てながらそれが振り向いた。
尖った耳、まるで月のような金色の毛皮に、揺らめいている二本の尾。
それは、狐だった。
狐は、おばあちゃんを見てもたじろぐことなく咀嚼を続けた。
口元が赤い。
匂いがした。血の匂いが。
何だ、何を食べて。
ふと、狐が百合ちゃんの真横にいたことから連想される答は、一つしかなかった。
火傷の、かさぶたを食べているのだ。
気づいた時には、おばあちゃんは叫びだしていたらしい。
その悲鳴に気づいた大人たちが、部屋についたのはそれから少ししたころだった。
おばあちゃんも気づかない間に、狐はいなくなっていたそうだ。

おばあちゃん曰わく、あれは夢だったのかもしれないということらしい。




すとろべりしすた

「たまには帰ってこいって、言っといてよ」
妹がそう言ったのを、彼女はきちんと聞いていた。無論、クローゼットに隠れっぱなしの俺だってこの耳で聞いた。俺がいるとはつゆ知らず、本人を前にしたら言われない言葉だ。
「へえ。うん、わかった、伝えとくよ」
声のトーンから察するに、彼女はきっとニヤニヤを抑えているのであろう。そんな声で受け答えしていた。
「……じゃ、あたし帰るから」
ドアが開かれ、足音が遠のいていく。
少し経ってからドアが閉められる音がしてクローゼットが開かれる。
「いい娘じゃない」
俺を見下ろす彼女、口端には煙草をくわえている。
「どこがだよ」
表情を変えることもなく俺はクローゼットから出る。
「いいじゃん、可愛い妹さんで。私が男だったらほっとかないよ」
そりゃあお前の観点から見てだろうが。
「俺にゃ妹に欲情するような趣味はないよ」
適当にあしらうつもりで言ったのだが、すぐに返される。
「え? ないの? あんなに可愛いのに?」
くわえられていた煙草は、口端を離れてすぐに灰皿に直行。命の灯火を消された。
「ないよ。一緒に暮らしてみろ、可愛いだけじゃないのがよくわかる」
色々ひどいんだから。とまでは言わなかったが、伝わったと思うから後は放置の方向だ。
「妹さんによろしくね」
背後からかけられる声には振り向きもせず、ドアノブをまわして扉をあける。
誰か立っていたら、なんて他人の話なら面白いものだが、それが自分となると質が悪い。
冗談でも何でもなく、本当にいたりするのだから。
「……見つけた。可愛いだけじゃない、だなんて褒めないでよ」
何故か妹がそこに立っていて、照れているのか俯いている。顔も少しだけ赤いのだろうか。
「あはは。帰るはずがないよねえ、やっぱり」
彼女は腹を抱えて笑う。俺はとりあえず無言でドアを閉めようとしたが、それも阻まれる。畜生!こいつ、俺の手首掴むなよ!
「帰ろ、一緒に」
ああ、声にならない悲鳴をあげながら、俺は妹に従う道を選んだ。
どうせ、またすぐにここに戻ってこれるだろうか。……だなんて、安直な考えがこの先通じないことを、誰が知っていただろうか。
俺は抵抗もせずに妹と一緒に家路についた。




Copyright © その数秒を被写体に : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]

管理人限定

カレンダー

02 2025/03 04
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

フリーエリア

最新コメント

[11/11 りょ]
[11/20 Mes]
[11/16 りょ]
[10/14 朋加]
[09/29 朋加]

最新記事

(05/20)
(05/15)
(05/11)
RAY
(05/11)
(05/09)

最新トラックバック

プロフィール

HN:
ikki
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R

カウンター

アクセス解析