「たまには帰ってこいって、言っといてよ」
妹がそう言ったのを、彼女はきちんと聞いていた。無論、クローゼットに隠れっぱなしの俺だってこの耳で聞いた。俺がいるとはつゆ知らず、本人を前にしたら言われない言葉だ。
「へえ。うん、わかった、伝えとくよ」
声のトーンから察するに、彼女はきっとニヤニヤを抑えているのであろう。そんな声で受け答えしていた。
「……じゃ、あたし帰るから」
ドアが開かれ、足音が遠のいていく。
少し経ってからドアが閉められる音がしてクローゼットが開かれる。
「いい娘じゃない」
俺を見下ろす彼女、口端には煙草をくわえている。
「どこがだよ」
表情を変えることもなく俺はクローゼットから出る。
「いいじゃん、可愛い妹さんで。私が男だったらほっとかないよ」
そりゃあお前の観点から見てだろうが。
「俺にゃ妹に欲情するような趣味はないよ」
適当にあしらうつもりで言ったのだが、すぐに返される。
「え? ないの? あんなに可愛いのに?」
くわえられていた煙草は、口端を離れてすぐに灰皿に直行。命の灯火を消された。
「ないよ。一緒に暮らしてみろ、可愛いだけじゃないのがよくわかる」
色々ひどいんだから。とまでは言わなかったが、伝わったと思うから後は放置の方向だ。
「妹さんによろしくね」
背後からかけられる声には振り向きもせず、ドアノブをまわして扉をあける。
誰か立っていたら、なんて他人の話なら面白いものだが、それが自分となると質が悪い。
冗談でも何でもなく、本当にいたりするのだから。
「……見つけた。可愛いだけじゃない、だなんて褒めないでよ」
何故か妹がそこに立っていて、照れているのか俯いている。顔も少しだけ赤いのだろうか。
「あはは。帰るはずがないよねえ、やっぱり」
彼女は腹を抱えて笑う。俺はとりあえず無言でドアを閉めようとしたが、それも阻まれる。畜生!こいつ、俺の手首掴むなよ!
「帰ろ、一緒に」
ああ、声にならない悲鳴をあげながら、俺は妹に従う道を選んだ。
どうせ、またすぐにここに戻ってこれるだろうか。……だなんて、安直な考えがこの先通じないことを、誰が知っていただろうか。
俺は抵抗もせずに妹と一緒に家路についた。