狐。
狐と言ったら昔から、人を化かすことで有名だ。一つや二つぐらいなら、誰しもそんな話を聞いたことがあるだろう。私が聞いたのは、狐の好物についての話だ。
ある日友人から聞いた話。
それは古い話で、友人もおばあちゃんから聞いたのだと言っていた。戦時中の話らしい。
友人のおばあちゃんは田舎に疎開しており、比較的戦地からは遠いところにいたらしい。
田舎も田舎、古いお屋敷がいくつかあるぐらいで周りは田んぼばかりの所だったとか。
ある日、一件のお屋敷が家事で燃えた。
お屋敷にはたくさんの使用人がいて、みな一目散に飛び出してきた。お屋敷の旦那さんも、家族を連れて出てきたそうだ。
しかし、数が合わない。
人の数が合わないのだ。
何度数えたって、一人足りない。
友人のおばあちゃんは、それが誰かわかったそうだ。
仲良しにしていたお屋敷の末っ子の、百合ちゃんがいない。
それを旦那さんに伝えた時、お屋敷が更に燃えあがった。
まるで、神様が私たちに怒りを曝しているかのようだと、おばあちゃんは思ったらしい。
火は、その日のうちに消し止められて、百合ちゃんはお屋敷の奥から見つかった。幸い一命は取り留めたものの、全身に酷い火傷を負っていたそうだ。田舎であり、戦時中ということもあって医者はいるが、薬の絶対量が足りなかった。
旦那さんが山を二つ越えた街に薬をもらいにいくと言って出ていった。
おばあちゃんはただ祈るしかできなかったという。
歩いていくには、夜通し歩いて行っても、帰ってくるのに三日はかかる。
百合ちゃんは、おばあちゃんが住まわせてもらっている家に運ばれた。医者の適切な処置の甲斐があってか、百合ちゃんの火傷はすぐに乾いていった。心配で、おばあちゃんはずっと傍についていたそうだ。夜だけは、自分の部屋で眠ることにしていたと聞く。
夜中に目が覚めて、外の静けさにおののいた。月が綺麗すぎて、ふと百合ちゃんのことが心配になった。
百合ちゃんの寝ている部屋に行くと、襖が少し開いていた。その隙間から、そっと覗きこむ。
月明かりに照らされて、ゆらゆらと動く二本の毛の塊。
それはゆらゆらと、右へ左へと揺れていた。
おばあちゃんは息をのんだ。
それが何か確かめたくなった。
意を決して、襖を一気に開け放つ。
百合ちゃんは眠っているのか、動く気配がない。
くちゃくちゃと、口元で音を立てながらそれが振り向いた。
尖った耳、まるで月のような金色の毛皮に、揺らめいている二本の尾。
それは、狐だった。
狐は、おばあちゃんを見てもたじろぐことなく咀嚼を続けた。
口元が赤い。
匂いがした。血の匂いが。
何だ、何を食べて。
ふと、狐が百合ちゃんの真横にいたことから連想される答は、一つしかなかった。
火傷の、かさぶたを食べているのだ。
気づいた時には、おばあちゃんは叫びだしていたらしい。
その悲鳴に気づいた大人たちが、部屋についたのはそれから少ししたころだった。
おばあちゃんも気づかない間に、狐はいなくなっていたそうだ。
おばあちゃん曰わく、あれは夢だったのかもしれないということらしい。