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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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紅い血で染まる

これは私の思い出の中にあるお話。誰も知らない私が見ているお話の一部。
さて、何処かへと消えていくあの太陽が次に私を照らすのはいつのことか。

本屋で見かけた佐藤正午の新刊の表紙から、幻想的な写真を撮る彼女の後姿を彷彿とさせた。
とは言ってもその彼女とはもう、半年以上会っていない。私は半年以上昔のことは思い出せないでいる。どうやら、そのあたりから記憶が消えていくらしい。正確に言えば、記憶が消えていくのではなくて、記憶が仕舞われていくだけなのだ。
その彼女には彼氏がいて、この男が酷く暴力的だったのだ。
酒は食らうわギャンブルはするわで、彼女が働いて稼いだお金は全て男のために消えてしまう。
そんな彼氏とは別れたほうがいいと私は言ったのだが、彼女は首を縦には振らなかった。
『あたしじゃないと彼を支えられないの。彼はきっと、あたしがいなくなったら寂しがるわ』
純粋な瞳でそんなことを言われると、私としてもそれ以上の言葉は出てこない。
じゃあ、という条件で、何かあったら私に連絡するようにと言い残して、その日は別れた。

記憶の中に、見たこともない記憶があるのを思い出す。
立派な髭を蓄えた、半裸の大男と、その周りに浮かぶ三つの球体。それは空に浮かんでいて、それぞれが別々の色を放っている。
一つは、この世界の海の底のように澄んだ色をした、青い球体。
もう一つは、そこだけ別の世界のように見えるが、それは月のようにも見える、黄金に輝く球体。
最後の一つは、太陽によく似た色をした、赤い球体だった。
大男は言う。
「我、汝等に命を与えよう」
一つずつの球体に手を翳していく。
全ての球体に手を翳し終えた時、それらは光を放った。
「まず、お前に名をやろう」
球体は形を変えて、それぞれが人の形をとっていく。
「……はい」
返事をしたのは、青き球体だったもの。
青き球体は、髪の長い女へと姿を変えた。瞳はオッドアイで、右目が青、左目が緑色をしていた。
「お前はこれからヘルと名乗れ」
名を与えられて、彼女は微笑んだ。
おとなしそうな外見をしているが、一度抗えば何でも一思いに破壊してしまいそうな感じがした。
「はい、かしこまりました」
深々とお辞儀をして、ヘルは佇む。
「次はお前だ」
視線の先にいたのは、黄金の球体より形を変えた男。
「トール、そう名乗るがよい」
トールと呼ばれて、男は頷いて言った。
「任されよ、親父殿」
トールはざんぎり頭で、筋骨隆々とした肉体であった。
素直に己の気持ちを表に出す、そんな存在だった。
「最後だ。お前には、スルトという名をやろう」
赤き球体からその身を作り出したのは、男とも女ともつかない肉体を持っている存在だった。
「……」
頷き、スルトは吼えた。
それを見て、他の二人は視線を交わらせて、その後スルトと同じ行動をとった。
火山は噴火し、大地は裂け、空には雷鳴が轟いた。
世界が、彼らに答えたのだ。
私はそれを、どこからかじっと見ていた。
まるで、歴史を傍観するかのように。
そうして、大男はいつしかいなくなり、その世界はヘルとトール、そしてスルトが支配するようになった。
だが、私が記憶しているのはそこまでだった。
半年以上前の記憶が仕舞われていくはずなのに、こんな記憶があるというのは一体どういうことか。
私が体験したことなのだろうか?
でも、一体どういうことなのだろう。
夢か何かなのだろうか。
そう、記憶を思い出している時だった。
仕事中にかかってきた電話で、今夜家に来てほしいと彼女は言った。
私は仕事を終えてからでいいのなら、と二つ返事で承諾をした。
そして仕事帰りのその足で、彼女の自宅に向かった。



「あ、来てくれた」
彼女の部屋は酷い有様だった。
玄関は開けっ放しで、下駄箱から洗面所から、とにかく外から見えるところは全てぐちゃぐちゃになっていた。風は追い風で、彼女の家の玄関を開けると、屋内に向かって風が吹いた。そのおかげで、余計にものが散らかっていく。廊下の明かりはついておらず、奥の部屋から漏れる光と外の光で廊下がうっすらと見える。
「何、これ、どうしたの」
私が聞くと、彼女はにへらと笑って言ったのだ。
「うん、彼がね、さっきから来てるんだけどね」
彼女がパタパタとこちらに向かって歩いてくる。
部屋の中の空気と、外の空気が混ざって、おかしな匂いに気づいた。
「え……何よこの匂い……」
何かが焦げるような、何だか、酷い匂いが漂ってきた。
「ええ、今ね、火傷しちゃって」
彼女はにっこりとしている。どこか、寂しさを浮かべながらだけれど。
火傷?ここまで酷い匂いがするほど、火傷なんて。
まさかと思い、玄関先で私を遮るように立っている彼女を押しのけて奥まで進む。
「あっ、今、散らかってるから……」
彼女の言葉を最後まで聞くことなく、私は匂いの元へとたどり着く。
敢えて靴は脱がなかった。何が転がっているかわからない部屋で、もし何かを踏んだら事だからだ。奥の部屋は、天井付近に煙が充満していた。匂いの元は、部屋に入ってすぐに私の視界に入ってきた。
「……!!これ、ひょっとして」
「そうよ、ひょっとしなくてもそうよ」
すぐ背後で彼女の声がする。振り向くと、廊下の暗がりに潜む彼女の姿があった。瞳が、まるで真夜中に見つけた猫のように光っていた。いや、人間の瞳が光るはずがない。部屋の明かりでそう見えるだけだ。
「彼よ」
予想は的中して、私はそこで初めて確信を得た。
「あんまりにも、私のことを見てくれないから、ちょっと頭に来ちゃって」
そう、彼女は言った。
私は状況を理解し、拒絶反応を起こしつつある身体を自制する。
ぶすぶすと音を立てて、そこにある黒い塊は燃えている。ところどころ、まだ燃えきっていないようで、ばちばちと床を焦がしながら彼は燃えていた。いや、もう彼ではないのかもしれない。黒い塊になってしまった彼は、彼であったものになりつつある。
見るのも厭だ。
こんな、もの。
人の形を保ちつつはあるが、それは抵抗することなく燃やされたようだった。
「あんまり気持ちよさそうに寝てたの、この人」
彼女は聞いてもいないのに口を開いた。
「それで、ああ、羨ましいなあって思ってみてたの。そしたらね」
きらりと何かが光る。
「寝言で、言ったの」
彼女は暗闇から、後ろ手に持っていた果物ナイフを取り出した。
「あけみ、って」
その刃を、舐めまわすように見ている。ところどころ、赤い。きっと、彼が寝ているところで刺したのだろうと私は想像した。
「お酒を飲んでも、暴力を奮われても、あたしはよかったの。でもね、でもね、他の女の名前を呼んだのよ」
淡々と語る彼女。
私はたじろぎ、何も言えずにそこにいるだけだ。
「だからね、その女に二度と会えないようにしてあげたのよ」
私の隣をゆるりと通り過ぎて、彼女は彼であった消し炭に寄り添う。
その物体に、ナイフをおもいっきり突き立てた。
「こんなにあたしが愛しているのに、他の女にうつつを抜かすだなんておかしいでしょう?」
私はその問に答えられない。彼女の言わんとしていることを、理解はできるが、賛同するには危険な要素が多すぎる。
「それでね、そのままじゃ焼けないから、こうしたの」
消し炭の、腕であったと思われる部分を彼女は持ち上げる。
彼女の綺麗な手は、血なのか墨なのかなんなのかわからないものによって汚れてしまった。
「ほら、ここ」
手首の辺りだろうか。細い針金のようなものでがんじがらめにされている。
何重にも、何重にも重ねられていて、まったく動かすことのできなさそうな状態になっている。
「それと、こっちも」
嬉々として彼女は足を指差す。足首にも、同じように針金か何かが巻かれているようだった。
「後はね、口の中にさ、石を入れたの。それも、普通のじゃないよ、焼いた石!とってもとっても熱いの!」
狂っている。
私はそう思った。
彼女は楽しそうに語るが、これではまるで狂人ではないか。
「苦労したんだよ、途中で起きないようにって。でも、先に手と足をぐるぐるにしてあげたから、大丈夫だった。暴れることはなかったの。いちおう、目に瞬間接着剤塗ったんだよ」
私の背筋に悪寒が走る。
ああ、私はこんな友人をもっていたのか。
「ぐるぐるってしてー、石を口に詰めてー、口もぐるぐるってしたの。ほら、口にピアス、いっぱい開けてたからさ、針金通すの簡単だったよー」
もう、確認する必要もなさそうだった。そこまで話を聞けば、後はわかる。
手足を針金でゆるく固定して、口元のピアスをはずす。その後、あらかじめ暖めておいた石を口の中に流し込む。頭は、何かで固定しておけばいいだろう。起きてしまうと厄介だから、先に目を閉じさせてしまうのだろう。そうして、口の中は熱いが、目を覚ましても瞳は開かない。万が一開いても、無理にひっついたところを開くので血が流れる。それでパニックになるだろう。
騒がないように、することも大事だとは思うが、どうしたのだろうか。ピアスの穴に針金を通して、ええと。そうだ、彼は唇の上下にピアスをいくつもしていた。上と下の穴に針金を交互に入れていけばいいのか。そうして、熱い口腔を閉じる。
後は、ナイフで刺しておとなしくさせて、火をつける。
ん、待てよ。こんなに簡単に油なしで人の身体が焼けてしまうのだろうか。いくら天然の脂肪を持っているとはいっても、こうも消し炭になるほどのものはないはずだ。
「でねでね、あんまり焼けないから、サラダ油、ばーんってかけたの」
考えていたところに、答えが飛び込んできた。
彼女は笑っている。
もう手遅れだったのかもしれない。
彼女はきっと、私を殺そうとはしないだろう。
きっと、もう。もう、彼女にも、私にも声をかけることをしないその消し炭を手に入れて。
今日限りで、彼女との交友関係を断ち切ろう。
「ね、一つ聞いてもいい?」
うん、と彼女は頷いた。
「私は、あなたを好きだから、人道的措置をとろうと思うのだけれど、いい?」
彼女の答えがなんであれ、私はどちらかを選ばなければならない。
でも、私と彼女が友人であった証をたてるために。
「うん、いいよ。今までありがとうね」
友人として最後の行動をとることにした。バッグの中から携帯を取り出し、見慣れた番号に電話をする。相手は私にとって最高の友人だけれど、国のために働く公僕だ。私が一番嫌いな人種だ。
何度目かのコールの後に、声がつづく。
彼女に背を向けて、電話に出た相手との会話を始めた。
「ああ、ごめんね、私だけど」
油断していた。
何かがしゅっと音を立てたのを、聞き逃すことができなかった。
喋りながら振り向くと、彼女は自らの喉にナイフの刃を押し当てていた。
「    」
彼女の口から言葉が漏れる代わりに、喉から血飛沫があがる。
私はそう遠くない位置にいたので、その飛沫を浴びることになった。
スーツが彼女の血によって赤くなる。
赤く、染まる。
私は、電話口で叫ぶ相手の声を聞きながら、彼女が血を流すのをじっと見つめていた。



後日、彼と彼女の葬儀に出た。
私は、彼を殺した彼女が法に裁かれるのが、本当は厭だった。だから、その後来るであろう公僕には嘘を教えて彼女を逃がそうと思っていた。でも、彼女はその身をもって罪を償った。だけど私は人を殺した罪が、犯人が死ぬことによって償われるとは思っていない。それは単なる逃避だ。
現実から逃げるための、一番簡単で一番難しい方法。
それをやってのけた彼女は私の知る誰よりも。



「そうして彼女は旅立った」
私の記憶はここで一旦閉じることになる。
また何か、思い出したらきっとここに来るだろう。
きっと、彼女は。
私はふっと思い出したように口を開く。

幻想的な写真を、向こうでも撮っているのだろう。






 

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