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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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それでも世界は生きているから それから 2

「二度と会うことなんかないと、思っていたんだけどね」
マリィは一人の少年と対峙していた。
「僕もだよ。本当に運が悪い」
旅路の果てにハイネの世界に戻ろうとした矢先のことだった。駅へ向かう途中、人通りの少ない道を二人が歩いていた時だ。
「やはり探していた甲斐があった。希望を捨てなくてよかったと、今なら神に感謝できるよ」
少年はマリィを睨み付ける。その表情には怒りと悲しみが混ざりあっていた。
「いいかい、マリッカ。君は自分のしたことを償うべきだ。お父上も嘆いていたよ、まさか自分の娘が親友の娘に手をかけるなんて、ってね」
それを聞いたマリィの表情は曇る。
「ああ……それは悪いことをしたと」
「黙れ!!」
マリィの言葉を切って少年が叫ぶ。
「たかだかそんな、悪いことをした、だけで済むと思っているのか貴様は!?」
激昂する少年に、マリィは少しだけ驚く。
「許されるなら、今すぐにでもお前を殺してやりたいところだ……!」
まるで。
苦渋を噛みしめるように少年は猛る。
マリィはそれを見ながら思った。
ハイネを先に行かせてよかったのだと。
「こわ……いつの間にそんなキャラになったんだい君は……」
確かに、マリィのしたことは許されることではない。それはマリィ本人も理解しているつもりであった。
「貴様に言われる筋合いなど、ない」
少年は背負っていたリュックサックをおろし、その中から一枚の紙を取り出した。
彼はそれをマリィに突きつけて言った。
「シゼン皇国国際警察法、第215条二項、殺人と快楽に対する厳正なる処罰により、マリッカ・スクラヴァを逮捕する」
彼の胸元に輝いていたのは、狼を象った銀色のバッヂだった。
口元に剣を銜えたそれは、まるで神話に出てくるような月光を追う狼のようにも見えた。
「へえ……いつの間にそんな仕事についたんだい君。ますますもって、僕は逃げなきゃならないみたいだね」
その様子を見ても動じることのないマリィは、表には出さないものの内心焦っていた。
最後に彼を見たのは、カムパネルラを殺した日の少し前。
そういえば国のために働くとか言っていたような記憶もあるなあとマリィは思い出す。
カムパネルラを殺して追われる身となって、荒れる海に飛び込んだ日。目を覚ましてハイネのいた世界にいて、あちらの世界が崩壊した。僕がこの世界に戻ってきた時には、半年が過ぎていて。あちらの世界に戻ってハイネに再会して、それから旅を続けて。一年とちょっとが経って、今日。
都合、あれから二年近くの時が経っていたことになる。
そりゃあ彼も国家の犬になる時間ぐらいはあったってことになる。
「おとなしく、身柄を拘束されろ。さもなくば、この手で」
手に持った紙を懐に仕舞いこみ、ギリという歯軋りを残して彼は構える。
「それは、ごめんだね」
言ってマリィは彼に向かって駆け出した。
それを受けるべく、少年は構えを変えた。
しかし。
「戦わないけどね」
マリィは彼に向かっていった。
しかしそれは、彼とやりあう為ではない。
逃げる為の行動だった。
彼とすれ違いざまにマリィはつぶやいた。
「捕まえてみなよ」
呆然とそこに立ったままの少年は、その言葉に驚きを隠せない。
いくら人を殺したとはいえ、相手は少女だ。
男である自分が、なめられているとでも言うのだろうか。
数秒のうちに考え、そして少年は振り向いた。
だが、その相手との距離の差に愕然とする。
たった今横を通り過ぎていったと思ったのに。
目算でざっと、30mほど。
「……コケにしてくれてるのか、君は」
少年は一人つぶやいて、走る少女を追いかけた。



とぼとぼと、街頭のつきだした街を一人であるく少女がいた。
今日はどうやらお祭りのようで、道の両側に多くの出店が出ている。
人々でごったがえしている道は賑わっていて、その中を歩くのが少し苦しくて、楽しいと感じた。
この世界には一度来たっきりで、まだ知らないことばかり。
四塚さんたちのところから離れて、二年ぐらいの時間が経った。
色々な世界を旅する生活に、そろそろ慣れてきたような気もしている。
気もしているだけかもしれない。
今、この場所にいる私だけが、そういう気になっているだけなのかもしれない。
他に誰がいるというわけでもないのに。人がいないわけでもないのに。
道行く人々は、出店を見たり、買い物をしたり。
私はこの道を、知らない。
一人で歩くのが心細い。
私のだんな様は一体どこに行ってしまったのだろうか。
ほどなくして、以前この世界に来たときに待ち合わせに使った時計台を見つけた。
ここで待っていろ、って、言って、どこに行ってしまったのだろう。

ふとしたことで、出会いをないがしろにしてしまうこともあるだろう。
私がそうであったとは、言わないけれど。でも、それでもそうでなかったとも言い切れない。
リリの血と肉は、私の中で生きているのだ。
私の中で血肉となり、私と共にある。
今思えば、何故あそこまで兄様に固執していたのだろうか。
憧れであり、たった一人の理解者であった兄様を、本当に私は愛していたのか。
そう考えることが、最近はよくある。
まるで今の私の気持ちと反比例するかのように。
もうずっと私の気持ちは、だんな様である彼女に向けられたまま。
口には出さないけれど、彼女は私だけを見てくれている。
彼女の中にある今までのことが、私と同じ道を辿っていることだって知っている。
彼女は、私と出会って、それまでのことを全てなかったかのように。
そういう接し方で接してきた。
でもそれは、彼女は彼女で決着をつけたということなのだろう。
それまでの彼女の気持ちに。
私はどうだろうか。
それまでの私自身の気持ちに、決着がついているのだろうか。
それについて、首を傾げてしまうことは、多々ある。
誰も知らないこと、ではないけれど。
純粋に彼女を想うが故に。



しつこいほどに、彼にまだ追われつづけている。
体感時間にして、まだ15分程度だろう。
そろそろ息が切れてもいいころだというのに、相手は一向に息を切らす気配がない。
「くっ……あいつ、いったい、いつのまにあんなに体力つけたんだ、よ……ッ」
走りながら言葉にするが、それは余計に自分を苦しめる結果となる。
ただでさえ人ごみの中を、人の合間をぬうように移動しているのに、それを更に体力を消耗する道のりを行くしかない。つかまるわけにはいかないからだ。
自分の大事な人を待たせている。
これは今夜、覚悟しておかないとまずいなと思いながら、少女は人ごみを行く。
道を空けてくれる人ばかりがいるわけではないから、どこかで撒くしかない。
そうでもしなければ、諦めてくれそうにはない。
人ごみをやっと抜けたところで、背後を振り返る。
気配はするけれど、人ごみの中にいるようには見えない。
ならば、今なら。
大事な人のところに向かおう、そう思った時だった。
「逃げられると思ったのかい」
声のした方向は、上空。
急いで顔をあげる。
「まったく、一体どうなっているんだ今日は……」
心なしか疲れた顔をしている彼を見上げていた。
時計台の上に立つ彼は夕日を浴びていた。
「やっと、見つけたと思えば、逃げ出すなんて……謝る気は、ないんだな」
マリィを見下ろす彼の表情は、書簡で聞くところの、鬼そのものであった。
「……謝る? 僕が、謝るだって?」
彼は一体、何を謝れというのか。
僕の聞き違いならいいのだけれど。
「それは、カムパ」
「あっ、マリィ……」
彼の言葉は、不思議と響く声にかき消されてしまった。
二人がその声の主を探すと、たった一人、長い黒髪の少女がぽつんと立っていた。
「ハイネ、待っててって言ったじゃないか」
ハイネに駆け寄るマリィを、彼はじっと眺めていた。
「まって、た……で、もマリィが、いつま、でたっても、来なくて、だから」
瞳の端にたまる涙を押しこらえて、ハイネは続ける。
「さみし、くて……さがしにい、こう、っておも、って……そしたら」
「ああもう、泣かないで、ね、いいから」
とうとう泣き出したハイネを慰めながら、マリィは歩き出す。
「……どこへ行く気だ、話はまだ終わっていない」
びくっと肩が震えて、マリィはゆっくりと彼の方へと振り向いた。
「今日はちょっと、この後予定が……」
「そういう話をしているんじゃない!」
時計台から飛び降りた彼は二人の前に立ちはだかった。
「逃がす訳にはいかないんだ、カムパネルラのためにも」
ただ聞いているだけだったその台詞を。
自分ひとりだったなら、スルーしていただろうその言葉を。
マリィは聞き逃さなかった。
「いい加減に、してくれないか」
少年はそれまでのマリィの雰囲気の違いに、頭を悩ませる。
「君に何がわかるっていうんだ。あの子の、カムパネルラの何が」
胸倉をつかまれて、一瞬息が止まったかと勘違いするぐらいの勢いに流される。
「アラカンサス。僕にできて、君にできなかったことがひとつあるよ」
マリィは少年の瞳を見据え、射抜かれたかのごとく少年の瞳は、マリィの瞳を見返すしかなかった。
「なんだって、いうんだ」
考えあぐねた結果、口から出たのはその言葉だった。
「それはね」
ハイネをきちんと立たせて、その手を握る。
俯いていた顔が正面を向いて、ハイネとマリィが並んだ。目の前にいる少年を二人が凝視する。
マリィはそれをゆっくりと口にした。
「それは、彼女に愛されなかったってことだ」
少年の中で何かが弾けて、消えていった。



「ね、マリィ、どうし、たの」
ベッドの上で、ずっと自分を抱きしめる彼女にハイネは問う。
窓の外に見える明かりは、まだ街が休んでいないことを示している。
今夜から一週間、街は明かりを絶やさずに進み続ける。
毎日がお祭りということらしいけれど、嫌いではない。どちらかと言えば好きなほうだ。
まだマリィは何も言わずにいる。困ったものだなとは思うけれど、抱きしめられているのは好きだから、気分は悪くない。
てっとりばやく、彼女を押し倒して聞き出すという方法もあるけれど、きっとそれは今してはいけないこと。
彼女は、何かと対峙しているのだろう。あの時一緒にいた人のことは、私は何も知らない。あの後、その人はそこに立ったままだった。私はマリィに連れられて、この部屋につれてこられた。
「マリィ、ね、お酒の、もう?」
気だるそうな顔をしたマリィが、私を見る。
そんな気分じゃないという表情だけれど、私はそれを見ないフリをした。
マリィを引き剥がして、部屋に用意されていたワインと、グラスを二つベッドの上に転がした。
ベッドにうずくまって起きないマリィを引き起こして、ベッドの淵に座らせる。
グラスを並べてとくとくとワインを注ぐ。
ただそれを眺めているだけで、言葉を口にしようとしないマリィに一言だけ告げる。
「はい、のん、で」
グラスを受け取りはするが、彼女は何もしようとしない。
ただグラスの中の液体に映る自分を見ているだけの少女。
彼女は何を思っているのだろう。時々、私にはそれがわからなくなる。
何も言わないことを、たまにするのだ。性格上の問題ではあるのだろうけれど。
私はそれをいけないことだとは思わない。彼女の中で蠢いているものがどういう形で私に触れてくるのかが楽しみであるから。
五分経っても、十分経ってもマリィはぼーっとしたままだ。グラスに口をつけようともしない。
私は彼女がそれを飲み干すまで待とうと思ったけれど、あまり長くは我慢できそうにもなかった。
「ね、それか、して」
半ば無理やりグラスを奪って、中身を口に含む。
その様子を見あげる彼女の顎を引き寄せて、私は口付ける。
「ん……!」
小さく声をもらす彼女のことなど気にしていられない。無理やりにでものませてしまおうという魂胆で、私は口移しを実行した。
時折漏れる声と、口元からだらしなくこぼれていくワイン。
半分以上は床にこぼれてしまったようだけれど、少しぐらいは彼女の口に入っていっただろう。
「ハイネ……」
ひざをついている彼女を見下ろして私は言う。
「夜は、まだは、じまった、ばかり、なの」
なんて愛らしいのだろう、彼女は。
私を見上げるその姿が、とても愛おしくてたまらないのだ。
「これ、から、もっと、ね、お話しを、しま、しょう?」
だって。
「ひとりじゃ、ないのよ」
何か言いたげな彼女をおいて、私はつづけていく。
「一緒にい、るのが、あなた、だから、私は、嬉し、い、の」
にっこりと、笑って言葉を紡いだ。

「あなたと、一緒に、幸せにな、りたい、の」









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それでも世界は生きているから if ハイネとマリィ

それでも世界は生きているから ハイネ篇3より

部屋には私一人になった。
目の前に用意されている、食事を口に運ぶ。
「おい、しい……」
少しずつ、だけれど。
私は、味わって食事をした。
食べ終わって、私は息をつく。
とは言うものの、半分以上残してしまった。
あとで謝っておこうと思い、表の様子が気になった。
ふと、聞きなれた声が響いていることに気づいた。
誰、だろう。
記憶の中に、その声が残っている。
頭痛がしはじめた。
うまく、息ができない。
壁にもたれかかり、そのまま立ち上がる。
何かが私を呼ぶ。
何かが。

その何かが何なのか、私にはわからない。
理解しようと、見つけようとしているのに答えが出てこない。
私の記憶の蓋は閉じたままでまるで機能してくれない。
どうしたらいいんだろう。
そこだけ穴が空いていて、ぽっかりと、向こう側が見えるような感覚。

まるで

薄暗い井戸の底にいるような、そんな。
「どこ!? ハイネはどこにいるんだ!?」
部屋の外から、私の名前を呼ぶ声がする。
頭が痛い。
もうずっと、頭痛がしている。
痛みが激しくて、床に蹲ってしまった。
きっと何かがあるはずなんだろう。この声を聞いていると、どんどん頭が痛くなってくる。
ドアの開く音がする。
ゆっくりと、顔をあげると、そこに。
「……探したよ、ハイネ」
私の名を呼ぶ誰か。
見知らぬ誰かがそこに立っていた。



きっとこの人が、私の探していた人なんだろう。
でも、私は何も思い出せない。
思い出さなければいけないはずなのに。
「ね、ハイネ、本当に思い出せないの……?」
彼女は、マリィと名乗った。
私は、ゆっくりと頷いてそのまま顔を伏せる。
今私たちは、イソロクさんにあてがわれた私の部屋に居た。
背の高い本棚がある部屋で、小さなベッドと、机と椅子が一組ずつ置いてある部屋だ。
窓もあって、この辺りでは少し違う景色が見れるとか言っていた。
「そっか……じゃ、思い出すまで頑張ろうね」
マリィは少しだけ悲しそうな顔をして、笑ってくれた。
何も思い出せない私は、マリィに、一体どういう付き合いをしていたのかを聞いた。
少し恥ずかしそうに彼女は言ったけれど、私はそれに対して、極少量の、おかしな感覚を覚えた。
「そ、れ、本当で、すか……?」
この人が、本当のことを言っているのか、うそを言っているのかどうかはわからない。
けれど、もし、もし。
「本当、だよ。僕と君は、その、お互いの身体の隅々まで知っているし、どこが感じるとか、癖とか」
しどろもどろになりつつも彼女は続ける。
「髪をかきあげる時の仕草だって、右手でゆっくりと櫛をかけるようにするし」
きっと、うそは言っていないのだろう。
部屋の小さなベッドに、並んで腰掛けて。
うつむく私の頬をそっと撫でる手があって。
心なしか、彼女のその手は震えている。
「大丈夫、僕は、大丈夫だから」
上ずる声で彼女は言う。
「よかったら、思い出すまで、一緒にいさせてくれない、かな」
ああ、悲しいのだろう。私も、そうだ。
何故思い出せないのだろうか。
隣に、私を必要としてくれている人がいるのに。
顔をあげると、彼女の瞳から涙がこぼれている。
「ね、だから、がんばろうよ」
そっと、やさしく。
私は彼女を抱きしめる。
ひしと手を返して私を抱き返す彼女。
胸の内に潜んだ、ある気持ちが根をはりだしている。

水嶋ハイネが、此処に存在する理由は二つあった。
自分自身の歌う歌によって、人々が生み出す笑顔を見ること。
記憶の中に存在する彼女に出会い、告白をすること。
その二つのうちの、一つが今叶えられるのだろうか。
少なくとも、記憶を取り戻すことができていない時点では無理な話だ。
この状況で、どうやって、気持ちを伝えればいいのだろうか。
泣いていた彼女は、ベッドでまるまって眠っている。
泣きつかれたのか、それとも単に眠たかっただけなのかは定かではない。
自分の内に潜む気持ちを、ハイネは処理することができないでいた。

少なくとも、記憶が無くなる前は彼女とは恋仲であったことを確認した。
それを聞いた時、自分の中に産まれたのは負の感情。
本人に言ってはいけない、彼女を傷つけてしまう言葉。
嫌悪感。
記憶を失う前の自分自身と、彼女に対する嫌悪感を感じていたのだ。
それは記憶を失うとか、そういったものが左右するものではないだろう。
だがしかし、今の自分にはそれが耐えられない。
記憶が取り戻されたら、今後も記憶が失われる前と同じような生活を送るのだろう。
彼女と。
考えただけで、気分が悪くなるぐらいだった。
戸惑いと嫌悪感が、自分の中でぐちゃぐちゃに絡み合って対処できない。
これじゃあ、記憶を取り戻すなんて、出来ない。
でも。
彼女が傷つくのは、きっと、辛いことなんだろう。
私の中で、どうにもならないことになってしまって、もう、私は。



「あの、ね、その」
私は覚悟を決めていた。
全てを正直に話そうと。
真剣な顔をして、彼女が座っている。
「さっき、がんばろ、うって、言ってく、れた、けど」
相変わらず部屋に二人っきりだ。
これから言うことは、彼女にとっては酷なことだろう。
「私、はあ、なたと、一緒に、……いる、気はな、いの」
まるで、時が止まったかのように彼女の表情が固まった。
「記憶が、なくな、るまえはそ、うだ、ったのか、もしれ、ないけ、れど」
彼女の目が、見開かれる。
私は、それを気にも留めずに続けた。
「今の私、は、そうじゃな、い、そう、いうの、は」
彼女の顔が歪む。
「気持ち、悪い」
言い終わるころ、彼女の両手が私の首を掴んだ。
「く、る……し、い」
その手には、力が込められている。
苦しい。
息ができない。
ぶつぶつと彼女は言っている。
何を言っているのか、よく、聞き取れない。
ただ、私は抵抗することを選ばなかった。
このまま、死ぬことになっても仕方ないと、そう思ったからだ。
彼女が望むなら、そうしよう。
彼女の望む私は此処にはいない。
だから、せめてこれぐらいは。

「さよ、な、ら」












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それでも世界は生きているから それから 1

「長い夢だったのかな、なんて最初は思っていたんです」
薄暗い部屋で、灰色のソファに腰掛けた女性が言う。顔の半分以上が前髪で隠れていて見えないが、かろうじて口元だけはよく見えていた。窓からそよ風が吹き抜けていくが女性は気にも止めない。肩から下に流れるように伸びた髪が少し揺れるだけだ。服装は、袖のない真っ白なワンピースに、下は七分丈のジーンズを履いていた。
「それでも、あたしはここにいて、生きているんですよね」
彼女がまるで誰かに語りかけるような口調で喋っている。会話こそ交わされることはないが、その発言の一つ一つをきちんと書き留めている男の姿があった。このご時世にきっちりとしたスーツ姿で、まるでそれ以外着たことのないような雰囲気の男だった。背丈は中肉中背で、年の頃は20代後半といったぐらいであろうか。
「でも、あたしが見たことっていうのはほんの些細なことでしかない。世界の一部だったんですよね、それって」
男は口を開くかどうか悩んだ末に、一言だけ呟いた。
「それが、世界再興を目指すあなた達の答えなんですか?」
手を止めて自らの正面に座る女性に訪ねた。
「答え、ですか……いえ、あたしたちが望んだものは」
女性は窓の外を見て言った。
「人々が、幸せであり苦しむことのない世界ですよ」
どこか落ち着いた声色で、窓の外では夕陽が落ちていくのが見えた。

夕陽を背にした記者が帰路を往く。
初めは世界の崩壊なんてこれっぽっちも信じちゃいなかった。その日が実際に来るまでは。
記者、十野宮直哉はその日、前日からの仕事を徹夜でこなしていた。あくる日が十月四日だということには何の関心もなかった。まさか世界が崩壊するだなんて、信じてはいなかったのだ。
明け方の四時をまわったころに、やっと仕事が一段落ついて、彼は帰路についた。時間も時間で、あろうことかタクシーの一台すらつかまらない。割り切って自宅まで歩いてしまおうと決意した。幸いにも明日という名の今日、十月四日は有給をとってある。彼の帰りを待つペットの虹太(こうた 神奈川犬 ♂ 一歳と三カ月)と一日中戯れる予定だ。
とぼとぼと明け方の街を行く。新聞配達のおじさんや、早起きな爺さん婆さんとすれ違っていく。明け方の空は段々と明るみを増している。世界崩壊の知らせが入ってから、街からは人の気配が少しずつ消えていった。現に十野宮の会社でも社員の半数以上が辞めていった。
テレビやマスコミは肯定派と否定派、この騒ぎに便乗し、世界崩壊後を生き延びるためにといくつものカルト宗教が名をあげた宗教派などを根ほり葉ほり、好き勝手に捏造までして祭り上げた。各地で起こる暴動や国からの亡命をしてくる人々も堪えない上に、誰も何が起こるのかを把握していない節があった。
十野宮はどちらかと言えば否定派の人間であり、あまりの人々の感化のされように世界中で自分一人を貶めようといているのではないかと思ったほどであった。
しかしそれもこの日、十月四日に覆されることとなる。
会社から自宅までは歩いても40分強の道程である。途中コンビニに寄って、帰宅できたのはもうあまり猶予もない午前五時五分前であった。マンションの十階に住む十野宮は、エレベーターよりも階段を使うのが日課であり、いつもどおりの階段での移動を行った。腰にくるものがあるのではないかと友人や同僚には言われるが、大体がそんなことはないと返すのみだ。
自分の部屋の前にたどり着く。玄関を開けようとし、向こう側に気配を感じて一度息をつく。
「虹太、おすわり」
言いながら玄関を開けると、ドアマットの上に優雅に座る虹太の姿を確認できた。おとなしく凛々しくそこに佇む姿に、十野宮は笑みをこぼす。
「いい子にしてたかー」
にやけた顔のまま虹太の頭を優しく撫でる。おとなしくしてはいるが、尻尾は千切れんばかりに振られている。いつもと変わらない情景だった。靴を脱いで部屋にあがる。まずはシャワーを浴びて、虹太と戯れてそれから晩酌だ。
ふと、腕時計に視線がいく。
四時五九分、五十秒をさしている。
もうこんな時間か、と部屋のカーテンを開けた。窓から朝日が差し込み、いつもと同じ朝が来る。
いや、来るはずだった。
何が起きたのか彼には理解できなかった。眩い光が辺り一面を包み込んで、視界は白く染まっていった。目が眩み、開けていられなくなる。

それは思いもよらないほどの感覚だった。瞳を開けられるようになるまで、どれぐらいの時間を要したのかは彼にはわからない。少なくとも彼の中の感覚ではとても長い間だったと記憶されたようだ。
視界に飛び込んできた風景に、自身の目を疑ってしまった。見慣れた風景が全て、廃墟のように見える。いや、実際に廃墟になったとでも言うべきだろうか。昨日までまばらにビルと住宅の見えていた窓の外は、この一瞬で姿形を変えていた。まるでゴーストタウンだ。
「なんだよ、これ……」
しっくり来ない、といったレベルではない。変わり果てた街並みに驚きを隠すことができないでいる。しかし、何かが起きたことは事実である。
揺れた訳ではないから地震などではない。衝撃があった訳でもないから隕石という可能性もないだろう。実はテレビ局と彼の会社が結託して、彼を驚かすドッキリか何かかと思ったようだが、どれもこれも違うようだ。
虹太が彼の足元にすり寄る。心なしか怯えているように見える。内心、ものすごく焦っているのだろう。まず有り得ないことだからだ。ベランダに出て、外を見回す。風が吹き、砂埃が舞い上がる。人の気配もしない。
「は、はは……あっ、テレビ……」
急に思いついたかのようにテレビのようにもとに向かう。電源を入れて、チャンネルを変えていく。臨時ニュースぐらいやっているかと思ったのだが、どのチャンネルも砂嵐ばかりだ。彼を心配した虹太が足元をうろうろしている。
そこで彼はある単語を思い出した。
「世界、崩壊……」
まさか。信じていないのに、そんなことがあるもんか。自分ではそう思っていたのにも関わらず。しかしそれは関係のないことだったようだ。

目の当たりにした出来事を否定するほど、彼は無能ではなかった。携帯の電波はないようだ。一本もアンテナが立っていない。唯一の連絡手段がなくなったということを理解し、ソファに座りこんだ。深々とソファに沈む身体を落ち着けて、瞳を閉じる。虹太がソファによじ登ってきて、顔を舐めた。
「ああ……虹太、とりあえず寝たい。何ていうか、起きてから考えさせてほしい」
その言葉を理解したのか、虹太はソファから降りてその場に寝転んだ。
次に目が覚めた時、これがもし夢だとしたら。
そう理想を描いているうちに彼は夢の淵へと旅立った。

彼が目覚めた時には既に太陽は上りきっていた。何食わぬ顔をした太陽が大地を燦々と照らしている。
崩れかけたビルも、人気のない道も、すべてを照らしている。その健気さにどうかしているんじゃないかと思ってしまうぐらいだった。
まだ眠っている虹太を後目に、携帯の電波が復活していないかと確認する。おそるおそる携帯を開く。
……やはりアンテナは一本も立っていない。圏外表示は消えない。しかも時間はとうに昼の十二時をまわっている。
とりあえず今起きていることを把握するべく、彼は外出することにした。行き先はまず、腹ごしらえのできるところだ。

困ったことに、近所のコンビニもスーパーも、誰もかれもがいない。その上ファミレスも定食屋も、人っ子一人いないのだ。仕方がないのでコンビニで簡単な栄養のありそうなものを調達してきた。これでは腹が保たないだろうが、ないよりはマシだ。
それらを口に頬張ってから、まだ眠気の覚めない頭でどうするかを考えていく。きっとこのままじゃ国は機能しない。自分以外にも生き残りがいるはず、そいつに出会うことができれば、事態は変わる。いいか悪いかは別として。まあなんとかなるかなあ……とはいかないから、きちんと考えて行動しよう。

人がいないだけの、寂れた街という感覚だった。
自分以外の人間に会うこともない、動物だって、いない。
この世界で果たして、人が生きていくことができるのだろうか。

あまりどこか遠くへ行ってしまうと家に置いてきた虹太を困らせてしまう。知っている道を通ってきたが、流石に一度家に戻ることにした。
どれだけ歩いていたのかはわからないが、自分の住む街の状況は把握できた。
きっと、自分以外にも誰か生きているひとたちがいるはずだ。



そうして記者は、生き残っている人を探すための生活を始めた。









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それでも世界は生きているから ハイネとマリィ篇 裏


世界を越えて、時を越えて。
僕たちは戻ってきた。とは言っても、彼女はこの世界に来るのは初めてだけれど。
エンリッヒとルナリアに再会して、少しの時間が経っていた。
その時のことは、またいつか話そうと思う。
今宵は、星のお話を。
星が落ちる日と名付けられた日が、年に一度だけある。
それは、どれだけの人が信じているのかわからない、夢のようなお話。



「ね、マリィ、も、眠た、いよ……」
ハイネは眠たそうにあくびをして、眼をこする。袖が長くだらんとしたシャツを着て、星のついたナイトキャップをかぶっている。というか、シャツしか着ていない。誰の趣味とは言わないけれども、暑いこの時期ならば、うってつけの格好だろう。
「もう少しで見れるはずだからさ、我慢してよ」
対する僕――マリィ――は、寝る時ぐらいは楽な恰好をしたいので、普段のベストにパンツではなく、ワンピースを着ている。ルナリアが選んでくれたものだ。ハイネのは自前らしい。初めて会った時はこんな俗っぽい格好をする子だとは思わなかった。……ひょっとして、僕のせいか? そんな疑問がふと浮かんできた時、背に重さを感じてはっとした。
「マリィ……寝よう、よ……」
耳元で囁かれるマリィの声に身体が反応した。明らかに誘われている。眠たいだけのハイネは、そんな意識をしていないのだろうけれど、僕からすれば誘われているのと大差なかった。
「駄目だよ、星を見なきゃ」
何とか自制心を保ち、ハイネの髪に触れる。
「んぅ……」
また、ふわあとあくびが聞こえる。
そりゃあそうか、今日は昼寝すらしていないから、眠たくもなるよね。
「ま、仕方ないね」
ハイネに背中から降りるように促して、ふっと窓の外に視線を流す。
一筋流れる光が見えた。
「あっ……ハイネ、今の見た?」
嬉しくなって、僕が窓の外を指差すと、ハイネはただ、「見てな、い……」と首を振るだけだった。よっぽど眠たいようだ。
無理矢理にでもハイネに外を見させて、星を待つ。
しかし、空はただ暗闇を映すのみ。
どれだけでも待つつもりでいたのだが、一向に次の星は来ない。あれだけかと思い、ハイネのためにベッドメイクをしはじめた時だ。
「あ……マリィ、あれ…… 」
ハイネの声に振り向く。
今にも眠りそうなハイネが、窓の外を指差している。その向こうに、流れる星。
それは、僕が見たようなひとつだけではない。
これぞ、流星群だと言わぬばかりのものであった。
「きれい……」
ハイネが呟き、僕はその隣に並ぶ。
今まで、幾度となくこの流れ星をみてきたけれど、こんなにも大量の流れ星を見たことはなかった。
視界を覆うほどの、大量の流れ星。
星が落ちる日。
僕たちは、流れていく星をただひたすら見届けるために、そこにいた。



鳥の鳴く声で目が覚めた。
床に座り込んで寝ていたようだ。ううん、あまり覚えていないような気がする。
確か星を見ている途中で、ハイネが喉が渇いたからって置いてあったグラスの中身を飲み干して……。
床に転がっているワインの瓶が生々しい。
「ひいふう、みい……こんなにあったっけ」
動こうとして、まだフラフラすることに気づく。
「っ……頭いたい……って、これ、エンリッヒの……」
そうだ、これはエンリッヒの書斎にあるはずのワイン。どれもこれも希少価値が高いとか言ってて、僕は触らせてもらえなかったんだ。
だんだんと記憶が鮮明になってくる。
部屋にあったワインを飲み干したら、ハイネがまだ呑める、呑み足りない、呑ませてくれないならわたしが呑ませてあげるとか言って部屋を出て行った気が……しかも、僕も少し酔っ払ってたから、いいねいいねって言ったような……。
血の気が引いていくような気分だ。これはバレたら怒られるかもしれない。というか、エンリッヒのことだから怒ると思う。謝れば許してくれるかな……。
「って、ハイネ? どこ?」
部屋にハイネがいない。見回しても、ベッドにもいない。
まさか酔っ払って窓から−−
窓の外を見下ろすと、晴れた空の下で洗濯物を干すルナリアの姿があった。
「ルナリア、ハイネ見なかった!?」
僕の声に気づいたのか、ルナリアはこちらを見上げて言った。
「あらお嬢様、おはようございます。ハイネさんなら、下にいますよ」
お礼も言わずに、僕はすぐに部屋を出た。
廊下は走るなとルナリアに言われていたけど、今はそれどころじゃなかった。
よかった、いるんだ。
もうあの時のようなことはないとは思うけれど。
離れてしまうのはもう嫌だ。
階段を下りた先の、広間の扉を大きな音を立てて開けた。
「ハイネ!」
「ふぇ……マリィ……どうし、たの?」
ハイネは暢気そうな顔をして振り向いた。
口にはトーストをくわえている。目の前の皿には、何枚ものトーストが積まれていた。
「おや、おはようマリィ。昨日は星は見れたかい」
新聞を広げているエンリッヒがこちらを見る。
そんなエンリッヒを何事もなかったかのようにスルーし、ハイネのもとへと急ぐ。
息を整えながら、ハイネの座る椅子までゆっくりと歩く。
こちらを見るハイネを、じっと見つめて立ち止まる。
「もう……心配させないでよ……」
ハイネは僕の表情から理解したのか、パンをくわえたまま手招きをして僕を呼ぶ。
僕は何も言わずにその手の招くところへと進む。
「ごめん、なさい」
口にくわえたトーストを食べ切って、ハイネは僕の頭を撫でる。
それで済むのか、それでいいのか、と思うこともあるけれど意外と僕の心っていうのは単純だった。
「泣かな、いで、ね?」
ハイネが微笑みながら言うので、特に僕は反抗することもなくおとなしくしていた。
まあ、うん。
それぐらいで許せるっていうのも、どうかなってところだけれど。
「ところで、書斎にあったワインが見当たらないんだが知らないかい?」
ワインという言葉に、僕とハイネは一瞬驚く。
「ん? 何か知っているのかい?」
僕とハイネは、顔を見合わせて頷く。

−−逃げようか。

−−うん、逃げ、よう。

ハイネはトーストを二枚手にとって。
僕はハイネの空いた手をとった。
「知らない。ね、ハイネ」
「うん、知らな、いわ」
エンリッヒが首を傾げているのを余所に、部屋から出る。
扉を閉めて、急いで階段をあがっていく。
僕らの部屋に入って、一息つく。
扉を背にして、二人でふうと息を吐く。
その様子がおかしくて、僕たちは笑う。
「そうだハイネ、僕からの提案があるんだ、聞いてくれる?」
手に持ったトーストをかじりながら、ハイネは首を傾げた。
「旅に出よう。色んな世界を見て周りたいんだ」
ハイネはイマイチわかっていないような顔をしていたけれど、一枚目のトーストを食べ切ってから、すぐに笑顔で頷いてくれた。そしてまた、もう一枚のトーストをかじりだした。
「よし、じゃあ準備をしよう。スーツケース用意しなくちゃ」
ハイネのかじっているトーストを僕もかじって、着替えを始める。
楽しみだ。
まずはどこへ行こうか。
それもまだ決めていないけれど、ハイネと相談して、とりあえず行けるところまで行ってみようと思う。
「ん、でも、いきな、り、なんで……?」
ハイネがそう聞き、僕はベストに袖を通して答えた。
「僕とハイネの、思い出づくりのために。それと」
ハイネも服を脱いで、着替えている。
ハイネがこちらを向くまで待って、僕はその次の言葉を告げた。
「誰かに説明するための理由なんていらないさ」
星が落ちる日の翌日のこと。
僕とハイネは旅に出ることに決めたのだった。














to be continue the next story → Cross×Over!!













それでも世界は生きているから 四塚と葵篇

どうせ死ぬのならば、死ぬ前にやりたいことを目いっぱいやってから死にたい。
そう思うようになったのは、いくつのころだったか。少なくともここ最近のことではないような気がする。
でもやりたいことって一体何だろうかと思って考えても、それが出てくることがない。如何にしてそれを見出すかというのが俺にとっての課題、とでも言えばいいのだろうか?

「あらあら、仲のよろしいことで」
俺の顔を見てアヤカシは言う。くすくすと笑うような顔で、彼女は腕を組む。
「」

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