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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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少女と、

流れている雲をぼーっと見つめていた。
秋晴れとは正にこのことなのだろう。さわやかな風が吹いている雲ひとつない空を、私は見上げている。
どれだけの時間を彼と過ごしたのだろう。あの出会いからもう三年になる。
私は今、公園のベンチに座っている。
そう、あのベンチだ。
初めて会った日のことは、今でも昨日のように思い出せる。
今日はココアは連れて来ていない。散歩をついでにさせようと思ったのだけれど、連れて出ようとしたらそっぽを向かれてしまった。もう慣れたものだと思ったけれど、気を利かせてくれたのだろうか。
これからデートだということを、知っていたのかもしれない。
待ち合わせの時間まではまだ少しある。
明日からは、また忙しい日々が始まる。
たまの息抜きということでもないけれど、彼に会って抱きしめてもらえることに喜びを感じるのだ。
こつこつと、足音が聞こえてきた。
聞きなれた、彼の靴音だ。
「お待たせしました、梓敦お嬢様」
にっこりと、私の好きないつもの笑顔で彼はやってくる。
「いえ、待ってませんよ、そんなに」
その笑顔に、私は返せるだけの笑顔を返す。
ベンチから立ち上がり、人けがないのを確認する。
ぎゅうっと彼に抱きついて、一呼吸。
一拍おいて、私は言う。
「はぁ……おひさしぶりです、諌火さん……」
そんな私の頭を撫でながら彼は返してくれる。
「ごめんね、二週間も待たせちゃって」
「こうして会えたから、いいんです……」
抱きしめる腕に、力をこめる。
「はは、そうだね。相変わらずかわいいね梓敦は」
「どこがどうかわいいんですか?」
彼の胸に埋めていた顔をそのまま上にあげて、目と目があう。
「それは歩きながら話そうか」
私の手をとって、彼は歩き出そうとする。
「あ、待って、ください」
既に足を進めだそうとしていた彼は振り返って止まる。
「……ちゅ」
彼の唇に、短いキスをする。
「はい、行きましょう」
少し恥ずかしいけれど、今日は特別だ。自らの足を前へと進める。
周りに人がいないからできることであるが、普段なら絶対にしない。
彼の手をとり、二人並んでゆっくりと歩き出す。
今日はどこへ連れて行ってくれるのだろう。

二年の夏を前に、私は部活をやめることになった。
インハイ出場が決まったその矢先のことだった。
下校中に事故にあってしまったのだ。
顔に傷がつくことはなかったけれど、とても大事なところを怪我してしまった。
左足首の骨を骨折してしまったのだ。
そのついで、というのもどうかとは思うのだけれど、アキレス腱も痛めてしまった。

部員なら一度は憧れるインハイ出場。
夢にまで見ていたのだ、私は。
今でこそゆっくりとだけれど、走ることができるぐらいには回復した。
おかげで、インハイには出られなかった。
どれだけ悔しかったことか。
今の私では、それをどうしたって悔やみきれない。どれだけ悔やんでもだ。
せっかく決まっていたインハイ出場という夢を、逃してしまった自分が憎くなってしまい、そのことからふさぎ込んでしまったこともあった。
泣いて泣いて、泣きはらして。
それでも尚泣き足りなくて、とうとう私は手首を切ろうとした。
した、だけだった。
過去形なのは、しなかったから。
しなかったのではないのだ、本当は。
止められたというのが正しい。

「諌火さん、今日はどこへいくんですか」

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少女と、 雨

それはとても急な現実だった。今もまだ信じられないけれど、理想よりも、夢よりも近いところに。現実はいつも目の前にあったのだった。

高校生活最初の夏休みが終わり、二学期も順調に始まっていた。残暑は特に何事もなく過ぎていき、私は秋の涼しさを体感していた。
空はどんよりとしていた。天気予報では夕方から雨が降ると告げていた。そんな日のデートの帰り道、諫火さんは私に告げた。
「今度留学することになったんだよ」
足がピタリと止まる。つないだ手が離れそうになるけど、諫火さんは立ち止まって振り返った。
「え、それ、いつからですか」
今の今まで楽しかった今日一日のことを振り返っておしゃべりしていたのに、私の頭は真っ白になった。甘い想いや期待はいっぺんに白い霧に包まれた。
「18日からだよ。実際、やらなきゃいけないことがあるから13日にはこっちを発つんだけどさ」
「13日って、三日後じゃないですか……何でもっと早く言ってくれなかったんですか……?」
白い。何も見えないぐらいに真っ白だ。
「いや、急に決まったんだ。四日ぐらい前にね。あんまり早く言うと、梓敦が寂しい想いをするかなって……」
俯く私を覗き込むように、諫火さんは姿勢を変える。
「……ごめんね? すぐに言うべきだったよね」
諫火さんの言葉は、私の耳には届いてこない。
「……また、一人で、過ごせっていうんですか」
「それは、本当に済まないと思って」
「だったら!」
遮る形で私は声を張り上げた。私の中で何かが蠢く。
「だったら、それを示してくださいよ……」
涙が一筋、頬を流れていく。
「いつも、そばにいてほしいとは言わないです、私……」
何も言わない諫火さんはただじっと私を見ている。振りまわされるのが嫌いな訳ではない。その身勝手さが許せないのだ。
「諫火さんは、いつも勝手で、それでいいのかもしれないけれど、私はもう嫌」
今まで抑えてきたものが溢れだす。止めることも留めることももうできない。これ以上ないぐらい、私は想っているのに。
「何で、そういうの、言ってくれないんですか」
気がつけば頬を流れる涙。
それは止まることなく、道へと落ちる。ぽつ、ぽつ、と落ちていく。次第に数は増えて、予報どおりの雨が降り出した。
諫火さんは、申し訳なさそうな顔をしている。何だか、私が諫火さんをいじめているように思えた。
彼のことを好きだから甘えていた。それは今も、今までも、そしてこれからも私はそうあり続けるのだろう。この関係が続く限り、私は彼に依存して、甘えてしまう。人が人を好きになるなんて、とても単純なことだけれど、それが叶うか叶わないかはまた別の問題で。いくら好きでも、言っていいことと悪いことの区別ぐらい私はつくし、気をつけているつもりでいた。でも、それに比べて諫火さんはいいことも悪いことも言わないのだ。まるで大きな子供のように思える時があるぐらいに。
雨は勢いを増して、どんどんどしゃ降りになっていく。私の心を表すかのように。
「答えて、くれないんですね」
少しだけ。少しだけ私は笑った。
馬鹿らしくなってしまった。もうどうでもいいと、一瞬でも思ってしまったのだ。諫火さんとは、ここで終わりにしよう。私の我が儘だけれど、私は今まで諫火さんの我が儘を聞き入れてきた。だから、最後ぐらいは私が我が儘を言ってもいいだろう。
「諫火さん」
顔をあげた諫火さんに軽く触れるだけのキスをした。
「ごめんなさい」
諫火さんのいる方とは真逆の方向に私は走りだした。
「梓敦!!」
私を呼ぶ声がする。それに振り返らず、私は走る。 誰もいない道を走りだす。
雨が跳ね返って、お気に入りの靴を汚す。スカートも、カバンも、雨に濡れてしまった。髪の毛だってびしょ濡れになった。大通りに出て、一瞬だけ立ち止まった。辺りを見回して、点滅している信号を見つけた。私の足は、そこに向かって走っていく。もうほとんど渡る人がいない横断歩道を走る。雨はまだ降っている。横断歩道の信号は赤に変わろうとしていた。
少しだけ振り向くと、後ろから諫火さんが追いかけてきているのが見えた。
私の足はそこでピタリと止まる。
「諫火、さん……」
私はじっと諫火さんを見ていた。
だから、私は気づかなかった。
何故立ち止まってしまったのか、よくわからないけれど。必死に走ってくる諫火さんが何かを叫ぶ。周りの人の視線が、一点に集中している。その視線の先を目で追っていく。どこに、その視線は一体どこに。
「あ……」
気がついてしまった。
その視線は、私に迫るトラックに向けられていた。私は、間に合わないと悟った。どちらに逃げても、もう無理だ。動ける範囲が狭まりすぎていた。逃げられない。
それもまた、一つなのかもしれない。けれど、私にはそんなことを考える余裕がなかった。
瞳を閉じて、私は衝撃をその身に受けた。ああ、私は跳ねられたんだ。不思議と、物事を考える時間はあった。話には聞いていたけれど、意外と冷静なんだなと。
それにしても、今時の事故っていうのはトラックに正面衝突されても、横からの衝撃に感じるんだね。
しりもちをついて、違和感に気づいた。
トラックは正面衝突してくるはずなのに、私は横からの衝撃を受けた。しかも全身の痛みではなく、肩のあたりの痛みだ。
閉じていた瞳を開ける。全身が雨に濡れてびしょびしょだ。私は、トラックのぶつかるはずだった場所から少しずれた場所に座り込んでいる。
何が、起きたのだろう。キョロキョロと見回す必要なんてなかった。逃げられるはずがない。逃げられる訳なんてない。よっぽど身体能力が高い人間だとしても、それは避けきれない。認めたくない。認められる訳がない。
諫火さんが、私の代わりに跳ねられただなんて。目の前の状況について、理解ができないでいた。まるで、今まで世界に音がなかったかのように、そこでやっと周囲の喧騒に気づいた。ざわざわと人々が集まってくる。倒れている諫火さんに、這って近づいていく。
その体は、綺麗にくの字に曲がっていた。
その腕は、私を突き飛ばしたままだった。
その首は、おかしな方向に曲がっていた。
その目は、どこか遠いところを見ていた。
私の目は、誰が見ても死んでしまったのが明らかな諫火さんを見つめていた。
視界がにじむ。瞳から涙が流れ落ちるが、雨に混じってわからなくなった。雨の勢いは増していき、どんどん土砂降りになっていく。冷たい雨も、雨音に消される人々の喧騒も、私には届かない。
死んでしまった。
諫火さんが、私を助けて死んでしまった。
私が走りだしたばっかりに。私が、私が。
溢れだす涙を流し続けた。一体、体のどこにそれだけの量があったのかと問われんばかりに涙が流れていく。
まだあたたかいその体にすがり、泣きつく私を誰も引き止めたりはしなかった。
ただただ、泣きじゃくっている私と、諫火さんを見守る人々だけがそこにいた。



気がついたのは、薄暗い部屋のベッドの上だった。見覚えのある部屋で、ほんの少しだけ肌寒く感じた。殺風景な部屋には、いくつかの家具とサボテンの鉢植えがあるだけ。床に積まれた本はうっすらとホコリをかぶっている。最近読まれた形跡はないようだ。
ベッドから起き上がってカーテンを少しだけめくると、空はどんよりと曇っていた。時計の針はまだ朝の八時を過ぎたばかり。今日は部活は休みだ。もう少しだけ寝よう。ベッドに腰掛けて、一息ため息をついた。ぼーっとした頭をゆっくりと起こしていく。段々と記憶が鮮明になり、今まで見ていた夢を思い出す。
「……諫火、さん」
ポロポロと、涙がこぼれる。
夢の中で泣いていたように、今起きた私も泣いている。
「ん……何、泣いてるの」
ベッドの中から聞こえてくる眠たそうではあるけれど優しい声に安堵する。
「ちょっと、夢を見てただけなんです」
涙を拭きながら私は言う。
おいでと布団の中からのばされた手に引き寄せられて、私もベッドに潜り込んだ。
「泣かなくていいから、ね」
子供をあやすように頭を撫でる彼の腕の中に、私は抱かれている。
「……はい」
私は今幸せだった。
夢でよかった。でも、まるで現実のような夢だった。何度も寂しい思いをしてきた私には、夢とはいえ辛いものだった。
まだ眠気が覚めないから、このまま寝てしまおう。好きな人の隣にいられることが、こんなにも幸せだなんて。
今、ただ目の前の幸せを噛みしめて。



少女と、

続々々々々 少女と、

夏。
私としては暑いのは実は苦手なのだけれど、そういうことも言っていられない。梅雨明けだってまだまだもう少し先のことだし、これからがもっと蒸し暑くなるっていうのならそれを乗り越えていく気持ちでいる。どうあがいても、この暑さに関しては逃れられないということがわかっている。
思い出づくり、というわけではないけれど今日は出かける予定がある。星が綺麗によく見えるところへ。
一言だけ言っていいとしたら、今日が七夕だということ。そして隣にいるのは、諫火さんだということも。



「おはよう梓敦」
私が早起きなのは部活の朝練のためなのであって、決して朝から諫火さんといちゃいちゃするためではない。寧ろ、平日なんかほとんど会うことができないのはお互いが承知の上。
それなのに朝から諫火さんに出会うというのは如何なものか。会えるのは嬉しいし、声を聞くだけでも心が満たされる。でも今は朝の六時を少しまわったところだ。
「んー、シャンプー変えた? 前のもよかったけど、これもなかなかいいね」
玄関を出て数歩進み、角を曲がったところで呼び止められた。振り向くと、目の前は真っ暗に近い闇。いくら何でも日が出ているから明るいのは間違いない。何があるかを理解する前に、あたたかく柔らかな感触が梓敦の顔を覆った。それが、朝から私に会いに来た諫火さんであることに気づく
私の髪に顔を埋めて、髪の匂いをかいでいるのだろう。そんな諫火さんを手で押しのけて、顔を突き合わせる。ここのところ、私と会う度に笑顔でいてくれる諫火さん。何か心境の変化でもあったのだろうか。そういったところはいいとして、朝から会うなんていうのは偶然じゃないはずだ。
「あの、どうして、こんな時間に」
名残惜しそうに私の髪を撫でてまじまじと見つめられる。
「梓敦、今夜のご予定は? 一緒に行きたいところがあるんだけど、どうかな」
首を傾げて、訪ねられる。不覚にもかわいいと思わされるのは、計算なのか、天然なのか。
「えっ……と、今日は、部活が終わるのが七時ぐらいだから、大丈夫ですよ」
「そう、よかった。なら、またそれぐらいの時間に連絡するよ」
先ほどまでとは違い、諫火さんはするりと私から離れていく。
「あ……」
逆に名残惜しいと感じたのは、私のほうであった。
「それじゃあね」
簡単に手を振り、踵を返して彼は去っていく。見送る背は、どこか洋々としている。触れられた髪に残る温もりだけが私を縛る。離れたくない、そう一瞬でも思わされるのがとても辛い。好きだから、という単純な理由が根底にあるからかもしれないけれど。
何にしたって、誘われたのならデート以外の何物でもない。突然のお誘いだけれど今夜は気合いを。
と。
そこまで考えたところで私の目的を思い出した。何故この時間に玄関前にいるのか。のぼる朝日、犬を散歩させる近所のおばさん。さえずる小鳥たちを後目に、部活に向かわなければならないことを。



連れてこられたのは、私の住む街から少し離れた郊外の山の中。少し肌寒いと感じてしまうが、耐えられないほどではない。木々が開けている場所で、空は少しだけ曇っている。こんなところで一体何をするのかと思った矢先、諫火さんに呼ばれた。
「珈琲、大丈夫だよね」
どこから用意したのか、タンブラーを渡される。
「あ、はい、ありがとうございます」
少しじめっとした空気が流れる中、私たちは隣あって座る。地べたに座るのは行儀が悪いと家では言われてきたが、そんなことを言ってしまったら何をしても行儀が悪くなる。いや、確かに地べたに直接座るのは抵抗がある。結局は座ってしまうのだけれど。
「梓敦、こっちおいで」
ひょいと軽々持ち上げられて、諫火さんの膝の上に座ることになった。
「え……ちょっ、と、諫火さん……」
何故かとても恥ずかしく、顔が赤くなるのを感じた。
「ん? 全然重たくないけど?」
何を勘違いすればそう言えるのだろう。やはりどこかずれているのではないかと思うことがよくある。
「いえその、そうじゃなくてですね、私、この状態って、いうのは……」
うまく言えないが通じるだろうかというよりも、諫火さんが悪のりしないかというほうが気になって仕方がなかった。
「ここは僕達以外、誰も来ないよ」
それも少し違う。
「や、あの……」
私はそこまで言って、何を言ってもこの人は気にしないだろうということを思い出した。
「ああ、こうしてほしいのかな」
空いた両手で、後ろから抱きしめられるように。いつもより密着度が高い。
「っ……」
身体がビクンと跳ねそうになるのを抑え、早くなりつつある動悸を気取られないようにする。
「あはは、可愛いな梓敦は」
でも、嬉しそうに言う彼の声に私は安心させられる。それに、肌寒いのを忘れてしまうぐらいに、彼の温もりが暖かい。
「あ、ほら、見てごらん」
諫火さんの視線は空を泳いでいる。私もそれにならい、視線をあげた。
「わ……すごい」
曇っていた夜空は、晴れ間を見せた。
その晴れ間に一面の星々。学校の授業で習ったのと同じように、星々が並んでいる。その中には、天の川も見えていた。
「きれい……」
思わず声が漏れる。
「すごいでしょう? 偶然見つけたんだよね。それで、いつか君と来たいなって思ってさ」
ほら、あれがデネブ、アルタイル、そしてベガだよ――指を指しながら、どの星が何なのかを彼は教えてくれる。楽しそうな声に、私は嬉しくなる。
二人だけの空間で、いつもとは違う場所。諫火さんの部屋ではない、二人で遊びに行くところでもない。特別な場所。そう考えると、何だか胸が熱くなる。
「あ、流れ星」
二人の頭上を、一筋の流れ星が通過していく。
それは一瞬で見えなくなってしまうぐらいだったけれど、私は見逃さなかった。
「梓敦、今の流れ星におねがいできた?」
私は少し間を置いてそれに答える。
「ふふ、秘密ですよ」
楽しそうな諫火さんに、今度は私がにっこりと笑顔で答える。
私たちはそのまま、しばし闇に身を投じて空を見ていた。



その後、すっかり帰る時間が遅くなってしまって。
当面の間の夜間外出禁止をお父さんから出されそうになったのを、何とかココアをだしにして防いだのは、また別のお話。











続々々々々 少女と、
『七夕』





続々々々 少女と、

君が恋に恋するような子じゃないってわかってるから、僕は全力で君を好きでいられるんだよ。

「6Pチーズってあるじゃない。あれって何だか卑猥な名称だよね」
持っていたお皿を床に落としそうになり私は慌てた。幸いお皿には何ものっていなかった。とりあえずお皿を流しに置いて、諫火さんの言葉を反芻する。
「いきなりそんなことを言い出すなんて……」
少しだけ凹み、私は顔を両手で覆った。
何だか最近、諫火さんがおかしい。どこからおかしいのかと聞かれれば、最初に出会った時からおかしかったけれど。
「あ、梓敦は苦手だったっけ、この手の話は」
あからさまに今思い出したよごめんごめんとでも言わんばかりに、彼は笑う。
もう、なんて謂うか連日セクハラだ。本当勘弁してほしい。まるで子供みたいに笑って言うのだから余計に質が悪い。その笑顔もまた、私が諫火さんを好きである所以だった。
「そんなことより、熱の方はいいんですか」
今日は、滅多に来ることのない諫火さんの部屋に来ている。一人で暮らすには広すぎるぐらいの部屋だ。荷物も乱雑に置かれているだけで、使っていない部屋がいくつかあるらしい。
「ああ、大丈夫みたいだよ」
諫火さんとのデートの約束をしていた今日。
昨日の夜に連絡があって、風邪をひいたみたいだと言われて、予定はなくなった。

なくなった予定の代わりに、諫火さんのお見舞いに時間をあてたのだけれど。
どうも、この間から下ネタをよく会話に挟むようになってきている。私が苦手なのを知っていて、彼は言っているのだ。そこのところ、どうにかしてほしいのだけれど……。
「梓敦が来てくれたから、熱はさがったよ」
またそんなことを言って、この人は。
「うそ言わないでください。顔真っ赤ですよ。薬飲んで、横になっててください」
見た感じでは体調はよさそうだ。顔は仄かに朱がさす程度ではあるが、身体を起こせるぐらいに体力は有り余っているようだった。しかし私は気が気でない。何せこの桐島諫火という人は滅多に体調を崩さないことで有名らしいのだ。らしいというのは、聞いた話だからである。そもそもその話の根元は諫火さん本人であるのだけれど。
「梓敦、ちょっとこっち来て」
キッチンからグラスをとってきたところで呼ばれて、諫火さんのもとへ。
「つーかまーえた」
ばふっと布団を頭から被せられて、私の視界は遮られた。そのまま何もわからないうちにごろごろと転がされて、視界が明瞭になった時には私は諫火さんの隣で寝そべっていた。
「というわけで、一緒に寝よう」
ニッコリ笑顔の諫火さんと、口を尖らせる私。
「……添い寝してほしかったんですか」
声が少し低くなった。
「ま、そうだね、うん。正解」
悪びれる様子もなく彼は言う。
やれやれ、と私は思う。
まるで子供みたいだこの大学生。でも、そんなとこも私は嫌いじゃない。
「変なこと、しないでくださいね」
うん、大丈夫と頷く彼だが、果たしてどこまでが真実なのだろうか。信じていないわけではないけれども。

子供をあやすように、私は恋人を寝かしつけた。つもりだったが、いつの間にか一緒に眠ってしまっていた。
目を覚ましたのが、門限を三時間も過ぎたころだったのはまた別のお話だ。







続々々々 少女と、
『諫火さんが風邪をひいたようです』

続々々 少女と

 だって、好きな人が、すぐ目の前にいるんですよ。ドキドキしないはずがないじゃないですか。



「いつかまた、会えたらいいなって、思ってたんです」
私は思っていたことを口にした。好きな相手、今は恋人である諌火さんを目の前にして告白する。
「期待も、少しはしてました。……だって、やっぱり私は、諌火さんを好きだったから」
照れくさくて顔を伏せる。ベッドの横に立っている諌火さんを、少しだけ見上げる。
「だから、今ここに諌火さんがいてくれることが私には嬉しいんです」
まるで夢のような気分だった。
「……そう、なら、ずっと一緒にいてあげる。だから」
諌火さんはベッドに座って私の頬にそっと触れた。ひんやりと冷たくて気持ちのよい感触。まるで、冷凍庫から出したばかりの氷みたいだ。
視線が絡み合って、互いに見つめあうかたちになった。
あ、これって、ひょっとして。
「梓敦」
真顔で呼ばれて、私の体は少しだけびくんと跳ねた。
「は、い」
返事をするのにも勇気が必要で、私は少し戸惑いつつも期待をしていた。
顔が近づいてくる。私は動くことができない。多分、私の顔は真っ赤だ。真っ赤に染まっていることだろう。
コツンと額と額をくっつけられる。
「諌火、さん……」
心臓が。バクバク言ってる。
「先に風邪を治そうね。熱はないみたいだけど、あまり無理しちゃダメだよ?」
もっとロマンチックなことを言われると思っていたのだけれど。今の状況からすれば、それはまた別のことだった。
「夏風邪は辛いよね、本当。ただでさえ熱があって暑いのに、更に暑いっていうのは、正に拷問でしかないと思うよ」
そう、私は今風邪をひいている。この間のデートから、二週間と経っていない。ひと月は会えないと思っていた諌火さんに、たった二週間足らずで再会することになった。
「でも、これでも我慢してた方だよ。我が儘を言って梓敦に迷惑かけるのもいけないし、自分の気持ちだけで動くのはやぶさかではないけれどもね。まさか、梓敦が連絡してくるだなんてさ」
諌火さんは笑っている。
「……この間、先に折れるかもって言ってたのは諌火さんじゃないですか」
私の頬をつつきながら諌火さんは言う。
「いや、ほら、そういう時もあるってことだよ」
何だかうまくはぐらかされたような気がする。実際、私がどうにも我慢できそうになかったから連絡したのだけれど。
「でも、私、諌火さんと一緒にいれて嬉しいです」
好きな人が心配してくれていて、近くにいるだけで。
病気や怪我をした時の心細さは、どこか異様なものがあると私は気づいてしまった。だから諌火さんに連絡をしたのだ。
すると諌火さんは二つ返事でお見舞いに来ると言ってくれた。
「僕もだよ。梓敦と一緒だと、気分が落ち着くし」
手持ち無沙汰なのか、諌火さんの手は私の頬をつついたり髪をいじったりと忙しいようだった。
「ところで、梓敦は寝る時はブラつけないんだね」
不意打ちで言われる。諌火さんの視線はパジャマの胸元にあった。
「……えっちぃのは苦手です」
私は抵抗する気力もなく、布団を寄せて胸元を隠すぐらいしかしなかった。
「それは苦手なだけで、嫌いじゃないんでしょう?」
だったら、と諌火さんは布団を剥ぎ取り私を押し倒した。
「ちょ、っと……」
汗ばんだパジャマに乱れたベッドシーツ。まだ体力の回復していない私は、何の抵抗もままならない。
「例えば、僕がこのまま君を抱くとしよう。昼間で他の家族が誰も家にいないとは言っても、そういったのが苦手な君にとっては辛いだけだね」
上から見下ろされる。この感覚は新しいものだ。
「で、でも、私」
諌火さんが不思議そうな顔で私を見る。
「その……諌火さんが、したい、なら……」
ダメだ、恥ずかしくて言えない。きっとさっきより顔は赤いだろう。容易に想像できる。
「そう。なら」
そのまま首筋に口づけられる。何度も何度も啄むように。
口づけられる度に、私の口からは声が漏れていく。恥ずかしいのと、嬉しいのと戸惑いがごちゃごちゃしている。
パジャマのボタンを外されていくのがわかる。一つ一つ、ゆっくり丁寧に。
上着のボタンはすべて外されて、諌火さんはそこで口づけを止めた。
私は、私自身は何もしていないのに息があがっていた。
「……諌火、さん」
声が震える。
怖い、と直感した。
諌火さんと、今、これ以上進むのが。
何かが崩れる気がした。
すぐ目の前に、好きな人がいるだけで。
「ま、冗談ですけどね」
諌火さんはきっぱりとそう言って、パジャマのボタンをつけにかかる。
「え……何も、しないんですか……?」
まだ声が震えている。
「しないよ」
その言葉に内心ほっとしたのと、混乱が私の内側でぐるぐるとまわっている。
「いつかはしたいけど、ね」
きちんとパジャマのボタンがとめられて私は布団をかぶせられた。けれど起き上がり、諌火さんはまたベッドに座った。
「怖がる梓敦に無理はさせたくないしね」
頭をくしゃくしゃと撫でられる。諌火さんは微笑んでいる。
「だったら、だったら……」
泣きそうだ。
「何で、今みたいな……私を試したんですか」
言葉を探すことができない。普段ではしないような刺々しさがある。
「試したわけじゃないよ。僕にとってのお姫様に、そんなことできるはずがない」
「じゃあ……なんで……?」
それを聞くのも怖い。けれど、私は。
「梓敦のことが好きだからだよ」
好きだから。
その言葉だけで、私の中にあったものは消えていく。
「梓敦のことが大事だから、今はしない」
あ、でもするんだ、やっぱり。したいんだ。
「梓敦が怖いと思わなくなったら、その時は。ね」
諌火さんは私を優しく抱きしめてくれた。
何だかまた、はぐらかされたような。
でも、嬉しかった。
諌火さんが私を想ってくれているなら。
「……はい」
風邪の熱とは違う暖かさが、そこにはあった。










続々々 少女と、
『梓敦ちゃんが風邪をひいたようです』


何かあらば、コメントあたりにでも。

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