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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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少女と、 雨

それはとても急な現実だった。今もまだ信じられないけれど、理想よりも、夢よりも近いところに。現実はいつも目の前にあったのだった。

高校生活最初の夏休みが終わり、二学期も順調に始まっていた。残暑は特に何事もなく過ぎていき、私は秋の涼しさを体感していた。
空はどんよりとしていた。天気予報では夕方から雨が降ると告げていた。そんな日のデートの帰り道、諫火さんは私に告げた。
「今度留学することになったんだよ」
足がピタリと止まる。つないだ手が離れそうになるけど、諫火さんは立ち止まって振り返った。
「え、それ、いつからですか」
今の今まで楽しかった今日一日のことを振り返っておしゃべりしていたのに、私の頭は真っ白になった。甘い想いや期待はいっぺんに白い霧に包まれた。
「18日からだよ。実際、やらなきゃいけないことがあるから13日にはこっちを発つんだけどさ」
「13日って、三日後じゃないですか……何でもっと早く言ってくれなかったんですか……?」
白い。何も見えないぐらいに真っ白だ。
「いや、急に決まったんだ。四日ぐらい前にね。あんまり早く言うと、梓敦が寂しい想いをするかなって……」
俯く私を覗き込むように、諫火さんは姿勢を変える。
「……ごめんね? すぐに言うべきだったよね」
諫火さんの言葉は、私の耳には届いてこない。
「……また、一人で、過ごせっていうんですか」
「それは、本当に済まないと思って」
「だったら!」
遮る形で私は声を張り上げた。私の中で何かが蠢く。
「だったら、それを示してくださいよ……」
涙が一筋、頬を流れていく。
「いつも、そばにいてほしいとは言わないです、私……」
何も言わない諫火さんはただじっと私を見ている。振りまわされるのが嫌いな訳ではない。その身勝手さが許せないのだ。
「諫火さんは、いつも勝手で、それでいいのかもしれないけれど、私はもう嫌」
今まで抑えてきたものが溢れだす。止めることも留めることももうできない。これ以上ないぐらい、私は想っているのに。
「何で、そういうの、言ってくれないんですか」
気がつけば頬を流れる涙。
それは止まることなく、道へと落ちる。ぽつ、ぽつ、と落ちていく。次第に数は増えて、予報どおりの雨が降り出した。
諫火さんは、申し訳なさそうな顔をしている。何だか、私が諫火さんをいじめているように思えた。
彼のことを好きだから甘えていた。それは今も、今までも、そしてこれからも私はそうあり続けるのだろう。この関係が続く限り、私は彼に依存して、甘えてしまう。人が人を好きになるなんて、とても単純なことだけれど、それが叶うか叶わないかはまた別の問題で。いくら好きでも、言っていいことと悪いことの区別ぐらい私はつくし、気をつけているつもりでいた。でも、それに比べて諫火さんはいいことも悪いことも言わないのだ。まるで大きな子供のように思える時があるぐらいに。
雨は勢いを増して、どんどんどしゃ降りになっていく。私の心を表すかのように。
「答えて、くれないんですね」
少しだけ。少しだけ私は笑った。
馬鹿らしくなってしまった。もうどうでもいいと、一瞬でも思ってしまったのだ。諫火さんとは、ここで終わりにしよう。私の我が儘だけれど、私は今まで諫火さんの我が儘を聞き入れてきた。だから、最後ぐらいは私が我が儘を言ってもいいだろう。
「諫火さん」
顔をあげた諫火さんに軽く触れるだけのキスをした。
「ごめんなさい」
諫火さんのいる方とは真逆の方向に私は走りだした。
「梓敦!!」
私を呼ぶ声がする。それに振り返らず、私は走る。 誰もいない道を走りだす。
雨が跳ね返って、お気に入りの靴を汚す。スカートも、カバンも、雨に濡れてしまった。髪の毛だってびしょ濡れになった。大通りに出て、一瞬だけ立ち止まった。辺りを見回して、点滅している信号を見つけた。私の足は、そこに向かって走っていく。もうほとんど渡る人がいない横断歩道を走る。雨はまだ降っている。横断歩道の信号は赤に変わろうとしていた。
少しだけ振り向くと、後ろから諫火さんが追いかけてきているのが見えた。
私の足はそこでピタリと止まる。
「諫火、さん……」
私はじっと諫火さんを見ていた。
だから、私は気づかなかった。
何故立ち止まってしまったのか、よくわからないけれど。必死に走ってくる諫火さんが何かを叫ぶ。周りの人の視線が、一点に集中している。その視線の先を目で追っていく。どこに、その視線は一体どこに。
「あ……」
気がついてしまった。
その視線は、私に迫るトラックに向けられていた。私は、間に合わないと悟った。どちらに逃げても、もう無理だ。動ける範囲が狭まりすぎていた。逃げられない。
それもまた、一つなのかもしれない。けれど、私にはそんなことを考える余裕がなかった。
瞳を閉じて、私は衝撃をその身に受けた。ああ、私は跳ねられたんだ。不思議と、物事を考える時間はあった。話には聞いていたけれど、意外と冷静なんだなと。
それにしても、今時の事故っていうのはトラックに正面衝突されても、横からの衝撃に感じるんだね。
しりもちをついて、違和感に気づいた。
トラックは正面衝突してくるはずなのに、私は横からの衝撃を受けた。しかも全身の痛みではなく、肩のあたりの痛みだ。
閉じていた瞳を開ける。全身が雨に濡れてびしょびしょだ。私は、トラックのぶつかるはずだった場所から少しずれた場所に座り込んでいる。
何が、起きたのだろう。キョロキョロと見回す必要なんてなかった。逃げられるはずがない。逃げられる訳なんてない。よっぽど身体能力が高い人間だとしても、それは避けきれない。認めたくない。認められる訳がない。
諫火さんが、私の代わりに跳ねられただなんて。目の前の状況について、理解ができないでいた。まるで、今まで世界に音がなかったかのように、そこでやっと周囲の喧騒に気づいた。ざわざわと人々が集まってくる。倒れている諫火さんに、這って近づいていく。
その体は、綺麗にくの字に曲がっていた。
その腕は、私を突き飛ばしたままだった。
その首は、おかしな方向に曲がっていた。
その目は、どこか遠いところを見ていた。
私の目は、誰が見ても死んでしまったのが明らかな諫火さんを見つめていた。
視界がにじむ。瞳から涙が流れ落ちるが、雨に混じってわからなくなった。雨の勢いは増していき、どんどん土砂降りになっていく。冷たい雨も、雨音に消される人々の喧騒も、私には届かない。
死んでしまった。
諫火さんが、私を助けて死んでしまった。
私が走りだしたばっかりに。私が、私が。
溢れだす涙を流し続けた。一体、体のどこにそれだけの量があったのかと問われんばかりに涙が流れていく。
まだあたたかいその体にすがり、泣きつく私を誰も引き止めたりはしなかった。
ただただ、泣きじゃくっている私と、諫火さんを見守る人々だけがそこにいた。



気がついたのは、薄暗い部屋のベッドの上だった。見覚えのある部屋で、ほんの少しだけ肌寒く感じた。殺風景な部屋には、いくつかの家具とサボテンの鉢植えがあるだけ。床に積まれた本はうっすらとホコリをかぶっている。最近読まれた形跡はないようだ。
ベッドから起き上がってカーテンを少しだけめくると、空はどんよりと曇っていた。時計の針はまだ朝の八時を過ぎたばかり。今日は部活は休みだ。もう少しだけ寝よう。ベッドに腰掛けて、一息ため息をついた。ぼーっとした頭をゆっくりと起こしていく。段々と記憶が鮮明になり、今まで見ていた夢を思い出す。
「……諫火、さん」
ポロポロと、涙がこぼれる。
夢の中で泣いていたように、今起きた私も泣いている。
「ん……何、泣いてるの」
ベッドの中から聞こえてくる眠たそうではあるけれど優しい声に安堵する。
「ちょっと、夢を見てただけなんです」
涙を拭きながら私は言う。
おいでと布団の中からのばされた手に引き寄せられて、私もベッドに潜り込んだ。
「泣かなくていいから、ね」
子供をあやすように頭を撫でる彼の腕の中に、私は抱かれている。
「……はい」
私は今幸せだった。
夢でよかった。でも、まるで現実のような夢だった。何度も寂しい思いをしてきた私には、夢とはいえ辛いものだった。
まだ眠気が覚めないから、このまま寝てしまおう。好きな人の隣にいられることが、こんなにも幸せだなんて。
今、ただ目の前の幸せを噛みしめて。



少女と、

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