彼を初めて見かけたのは、寒空の下。
十一月の初めのことだった。
愛犬であるココア(ミニチュアダックスフント オス 二歳)の散歩に出かけていた私は、いつもと同じコースを歩いていく。
そろそろクリスマスの時期だと思いつつも、それを思考の外へと追いやろうとしていた。
周りの友人たちは、恋人だのなんだのをつくってしまって、気がついたら一人残されていた。
いや、別にね、彼氏が欲しいとかじゃないからね。とは言うものの、やはり寂しい感じは否めないのだ。
「あんたはいいね、気が楽そうで」
先を歩くココアは、一度私を振り返って何もなかったようにまた前を向いた。
犬に言っても仕方がない。
そう思いながらも、私は考えるのをやめなかった。
受験シーズン真っ只中の私にとって、これから起きるそれはまるで夢のような出来事であった。
いつものとおりの道をいく。
途中で、一休みするための公園に寄っていった。
あたりも暗くなるのが早い時期だから、そんなに悠長していられない。
いつも座るベンチに向かうと、一人の男の人が座っていた。
それを横目にベンチの端に座る。
ココアはおとなしく座ってくれた。
犬の癖に怖がりなのだ、この子は。
隣に住むおじいちゃんの家にいる猫のサマンサ(メインクーン メス 六歳)にすら負けてしまうぐらいの、威勢の無さには、流石にため息がもれるほどである。
実際、サマンサほどの大きさであると、怖いものがあるのは私にもわかる。
しかしどうにかならないものかしら、と口に出てしまっていた。
「……何か、あったのかい」
聞きなれない声が、私に問いかける。
それはベンチに座っている、男の人の声だった。
「あ、いや、何でもないんです」
独り言です、と声を大にして言うわけにもいかず、そこで口を噤んでしまった。
「そう。ところで、君は人が何故死ぬのかを理解できるかい」
突然そんなことを言われ、私はうっかり挙動不審になる。
「え? 何、ですか、それ」
「ああ、ごめん、急にそんなこと言われたって嫌だよね」
その人は笑って、上着のポケットを探って何かを取り出した。
「これよかったらどうぞ」
私は何の疑いもなくそれを受け取った。
一粒の宝石が、私の手のひらにおとされる。
「言っとくけど、食べ物じゃないからねそれ」
危うい。
飴か何かだと思ったらそうではないらしい。
その綺麗さには目を見張るものがあった。
私はお礼を言おうと顔をあげた。
その人はもう歩き出していて、大分遠くまで行ってしまっていた。
私は、お礼を言うこともできなくて、その場に立ち尽くした。
「少女と青年」 つづく