だって、好きな人が、すぐ目の前にいるんですよ。ドキドキしないはずがないじゃないですか。
「いつかまた、会えたらいいなって、思ってたんです」
私は思っていたことを口にした。好きな相手、今は恋人である諌火さんを目の前にして告白する。
「期待も、少しはしてました。……だって、やっぱり私は、諌火さんを好きだったから」
照れくさくて顔を伏せる。ベッドの横に立っている諌火さんを、少しだけ見上げる。
「だから、今ここに諌火さんがいてくれることが私には嬉しいんです」
まるで夢のような気分だった。
「……そう、なら、ずっと一緒にいてあげる。だから」
諌火さんはベッドに座って私の頬にそっと触れた。ひんやりと冷たくて気持ちのよい感触。まるで、冷凍庫から出したばかりの氷みたいだ。
視線が絡み合って、互いに見つめあうかたちになった。
あ、これって、ひょっとして。
「梓敦」
真顔で呼ばれて、私の体は少しだけびくんと跳ねた。
「は、い」
返事をするのにも勇気が必要で、私は少し戸惑いつつも期待をしていた。
顔が近づいてくる。私は動くことができない。多分、私の顔は真っ赤だ。真っ赤に染まっていることだろう。
コツンと額と額をくっつけられる。
「諌火、さん……」
心臓が。バクバク言ってる。
「先に風邪を治そうね。熱はないみたいだけど、あまり無理しちゃダメだよ?」
もっとロマンチックなことを言われると思っていたのだけれど。今の状況からすれば、それはまた別のことだった。
「夏風邪は辛いよね、本当。ただでさえ熱があって暑いのに、更に暑いっていうのは、正に拷問でしかないと思うよ」
そう、私は今風邪をひいている。この間のデートから、二週間と経っていない。ひと月は会えないと思っていた諌火さんに、たった二週間足らずで再会することになった。
「でも、これでも我慢してた方だよ。我が儘を言って梓敦に迷惑かけるのもいけないし、自分の気持ちだけで動くのはやぶさかではないけれどもね。まさか、梓敦が連絡してくるだなんてさ」
諌火さんは笑っている。
「……この間、先に折れるかもって言ってたのは諌火さんじゃないですか」
私の頬をつつきながら諌火さんは言う。
「いや、ほら、そういう時もあるってことだよ」
何だかうまくはぐらかされたような気がする。実際、私がどうにも我慢できそうになかったから連絡したのだけれど。
「でも、私、諌火さんと一緒にいれて嬉しいです」
好きな人が心配してくれていて、近くにいるだけで。
病気や怪我をした時の心細さは、どこか異様なものがあると私は気づいてしまった。だから諌火さんに連絡をしたのだ。
すると諌火さんは二つ返事でお見舞いに来ると言ってくれた。
「僕もだよ。梓敦と一緒だと、気分が落ち着くし」
手持ち無沙汰なのか、諌火さんの手は私の頬をつついたり髪をいじったりと忙しいようだった。
「ところで、梓敦は寝る時はブラつけないんだね」
不意打ちで言われる。諌火さんの視線はパジャマの胸元にあった。
「……えっちぃのは苦手です」
私は抵抗する気力もなく、布団を寄せて胸元を隠すぐらいしかしなかった。
「それは苦手なだけで、嫌いじゃないんでしょう?」
だったら、と諌火さんは布団を剥ぎ取り私を押し倒した。
「ちょ、っと……」
汗ばんだパジャマに乱れたベッドシーツ。まだ体力の回復していない私は、何の抵抗もままならない。
「例えば、僕がこのまま君を抱くとしよう。昼間で他の家族が誰も家にいないとは言っても、そういったのが苦手な君にとっては辛いだけだね」
上から見下ろされる。この感覚は新しいものだ。
「で、でも、私」
諌火さんが不思議そうな顔で私を見る。
「その……諌火さんが、したい、なら……」
ダメだ、恥ずかしくて言えない。きっとさっきより顔は赤いだろう。容易に想像できる。
「そう。なら」
そのまま首筋に口づけられる。何度も何度も啄むように。
口づけられる度に、私の口からは声が漏れていく。恥ずかしいのと、嬉しいのと戸惑いがごちゃごちゃしている。
パジャマのボタンを外されていくのがわかる。一つ一つ、ゆっくり丁寧に。
上着のボタンはすべて外されて、諌火さんはそこで口づけを止めた。
私は、私自身は何もしていないのに息があがっていた。
「……諌火、さん」
声が震える。
怖い、と直感した。
諌火さんと、今、これ以上進むのが。
何かが崩れる気がした。
すぐ目の前に、好きな人がいるだけで。
「ま、冗談ですけどね」
諌火さんはきっぱりとそう言って、パジャマのボタンをつけにかかる。
「え……何も、しないんですか……?」
まだ声が震えている。
「しないよ」
その言葉に内心ほっとしたのと、混乱が私の内側でぐるぐるとまわっている。
「いつかはしたいけど、ね」
きちんとパジャマのボタンがとめられて私は布団をかぶせられた。けれど起き上がり、諌火さんはまたベッドに座った。
「怖がる梓敦に無理はさせたくないしね」
頭をくしゃくしゃと撫でられる。諌火さんは微笑んでいる。
「だったら、だったら……」
泣きそうだ。
「何で、今みたいな……私を試したんですか」
言葉を探すことができない。普段ではしないような刺々しさがある。
「試したわけじゃないよ。僕にとってのお姫様に、そんなことできるはずがない」
「じゃあ……なんで……?」
それを聞くのも怖い。けれど、私は。
「梓敦のことが好きだからだよ」
好きだから。
その言葉だけで、私の中にあったものは消えていく。
「梓敦のことが大事だから、今はしない」
あ、でもするんだ、やっぱり。したいんだ。
「梓敦が怖いと思わなくなったら、その時は。ね」
諌火さんは私を優しく抱きしめてくれた。
何だかまた、はぐらかされたような。
でも、嬉しかった。
諌火さんが私を想ってくれているなら。
「……はい」
風邪の熱とは違う暖かさが、そこにはあった。
続々々 少女と、
『梓敦ちゃんが風邪をひいたようです』
何かあらば、コメントあたりにでも。