※異端寓話、続きです。※
※今日の日記は、一つ前です。※
退屈な日々に、嫌気が差しました。
目の前にいた異形に向かっていったのは、とりあえずの退屈しのぎだったのでしょう。
案の定、捕まりました。
大した力もないのに、僕は何をしているのでしょうか。
まさかこいつらに勝てるとでも思ったのでしょうか。
いえ、本当に退屈しのぎだったのです。
運がよければ、捕まっても死ぬなんてことはないそうです。
悪ければ、その場で捕食されると聞いていました。
果たして、捕まったのは本当に運がよかったのかどうかさえ、人に聞くことすらかないません。 奴らの巣は、薄暗くて寒々しいところでした。
昔の映画で、似たようなものがあったのを記憶しています。
吊されている状態です。
ただ、目の前に卵があるとかいうのとは違い、がらんとした部屋のようです。
大きさとしては小学校の教室ぐらいの広さでしょうか。
少し大きめの穴が部屋の真ん中に空いているみたいです。
その穴からは、時折人とも獣ともつかぬ、断末魔の叫び声があがります。
それを聞くと、とてつもなく恐ろしく感じるのです。
まるで。
人ではない何かがいるのではないかと。
辛うじて僕の精神は平静を保っています。 食事は、与えられるどころか運んでくる様子すらありません。
そのかわりに、体中に針のついたチューブのようなものがさされています。
空腹感は募り、満腹感が得られることはない。 …不思議と、断末魔の叫び声が気にならなくなったのは四日目を過ぎたころでしょうか。 寧ろ、聞こえてこないと退屈で仕方がないのです。
否、生きていることを実感できないとでも言いましょうか。
此処で、生きているというのも何ですが。
次第に五感は失われつつあるようです。
今気付いたのですが、日に何度かは暗闇が此処を覆い隠し、視覚が閉ざされます。
更に言えば悲しいことに、段々と視覚が衰えつつあるようです。 代わりに、聴覚が発達したような気がします。
話には聞いたことがあるのですが、まさかここまでとは思いませんでした。
ものが見えない代わりに、遠くの音まで聞こえる。
これは何ということでしょうか。
腹が減ることもない。
喰うものがないが、どうやら栄養は体を這うチューブから入れられているらしい。 感覚で、感覚だけで見える。
視覚機能は既に停止しているはずなのに、見える。 七日目のことだった。 今日で何日目か、数えていない。 ただ、すごく気分がいい。夢でも見ているのか。現状は変わらないが、気分がいい。 いつ朝が来て夜が来るのかも感覚でわかってきた。身体の自由が聞くようになった。素晴らしい、身体が軽い。うまく、動く。
「起きろ、そこの愚弟」
声をかけられ、顔をあげると、其処には見たことのない――
「Göttin, die hell brennt,がお待ちだ」
にたぁと笑う、その仕草。
姿かたちは人と同じ、だが、幾つかの点で違うところが見受けられる。
異様に長い手足に、身体の表面をうろこ状の組織で覆われており、ぬめって光っている。
その手足には、指の間にどこか魚類を思わせるような、水掻きがついていて。
髪は、赤く、紅く鈍い光沢を放ち。
首元には、鰓のような器官まで備えられている。
「あんた…何者だ」
「オレか?」
ソイツは言いながら、僕の身体を支える粘膜から、その腕で僕を切り離す。
それを予期していなかった僕は、そのまま堕ちる。
「オレは、Das geschlachtete。名を」
それは、まるで。
「筑嶋蟋蟀」
人の形をした、Variantのものどもへの。
鎮魂歌。
始まり。
「手前の名は?」
「僕、の名前は」
「飯月、カヤ」
始まり。始まり。
つづく。
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