風が冷たくなってきて、私と諌火さんは何度か逢瀬を重ねた。
互いに話すことはどれも他愛もない話ばかりなのだけれど、それが今の私にとって心地よいのだと知った。春の風はまだ、私たちのもとには訪れやしないけれど。
陽が落ちるのが早くなって、私はその逢瀬には必ずココアを連れていくことにした。通り魔だとか何だとかで危ないからと、お母さんが言っていたからそうしている。実際問題、私はココアのことは嫌いではない。そういった観点で見るなら、どちらかと言えば好きだ。かわいいし、何より大事な家族の一員であるから。
しかしこの逢瀬に限っては、ココアは常に機嫌が悪い。まるで諌火さんに嫉妬しているかのようである。それはそれで、私は嬉しいと思う。ココアもなんだかんだで私を好いてくれているのだということがわかるから。
今日も諌火さんに会うために公園に来た。会う約束はしていないが互いにそれが習慣のようになっていて、何も言わずとも会うようになっていた。陽は落ちかけていて、今日も寒い風が頬にあたる。
私は少しだけ早足になった。諌火さんに会いたいからだ。
何も会って会話するだけが手段ではない。メアドは聞いているので、メールすることもよくあるのだ。ただ、諌火さんが忙しいといけないと思って、そう日に何度もメールをするのは控えている。週に一度は会えるから、週の半ばぐらいでメールをしあう。その内容も、大したことはない。それに限っては、ただメールできるだけで十分なのである。
いつものベンチに向かうと、いつもと変わらない諌火さんの姿があった。
「こんばんは、諌火さん」
こちらに気付く前に声をかけると、読んでいた本から顔をあげて私に目を向ける。
「やあ、こんばんは。今日も寒いね」
諌火さんはいつも薄着で、見ているこちらが余計に寒くなるぐらいだった。
「あの、いつも思うんですけど、寒くないんですか?」
私の問いかけに、ずれたメガネを指で固定しなおして彼は言う。
「ああ、気にならないんだよね、あんまりさ」
熱いのも同じでさ、と言う彼は涼しげな顔をしている。私にはそれな理解できない。
「え、でも、気にならないだけですよね、それって」
「はは、そうだよ。気にならないだけ。だから実は寒い」
綺麗な笑顔がまぶしくて、私は思わず何度か瞬きをする。
ココアは相変わらず無愛想だ。ベンチの、諌火さんが座っている側とは逆の方へと座る。
「……」
二人だけ(正確には二人と一匹)の時間だった。私はいつの間にか、諌火さんを意識しはじめている。
気がついたら、諌火さんのことで頭がいっぱいになっているのだ。
「梓敦ちゃん、コーヒー飲める?」
不意に聞かれて、私は少し挙動不審になる。
「えっ、あ、はい、飲めますっ」
声が上擦ったが、諌火さんは気にしてないようだった。
「缶コーヒーだけど、よかったら」
そういうと彼は缶コーヒーをバッグから取り出して渡してくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
まだ暖かい。かじかむ指先には少し熱いぐらいだけれども、私は平気だった。
その缶コーヒーを開けて、私たちはひとしきり話をした。
そして、帰る時間が来た。
「それじゃあ、ね」
私に手を振り、諌火さんは歩き出した。
その背中を眺めて、あることを聞きたくて投げかける。
「あのー、彼女っているんですかー」
少し離れたところから諌火さんは振り返って答えてくれた。
「いないよー」
短い答えだったが、いないと言うことに私はほっとした。
諌火さんはまた歩き出して、私はその後ろ姿をずっと目で追っていた。
しばらくすると、クリスマスだ。私は諌火さんにプレゼントを用意しようと思った。
そうして時間は過ぎていき、私はクリスマスを迎えることになる。
現実はとても脆くて非常なものだと理解をした。
「少女と 3」 つづく