一人、神社の階段に腰掛けて、街を眺めていた。
相葉ちゃんが行った先は、あたしの家の近所。大学生の夏喜さんのところだ。
夏喜さんは一人暮らしで、大学に通う為に去年こっちに越してきた。
背も高くて、大人の女性って感じがする人で。
あたしなんか、比べものにならないぐらいに、綺麗で、優しくて。
面白くて、何でも知ってて。
どう頑張ったって、あたしに勝ち目はなくて。
好きなのに、こんなに好きなのに。
何も、できないなんて。
考えてたら涙が出てきた。
「あれれ、ひょっとしてひょっとしてひょっとしたりすると、そこにおわすは飯田千佳嬢ではないかな?」
急にかけられた声に振り向くと、塾の同じクラスに通う――
「あ…三笠、さん…」
三笠由希、という名の人物が立っていた。
「おやおやおや?泣いていたのかな?どうしたのだい?」
彼女はまっすぐにあたしの正面にかけてきた。
「え…な、何でもない、よ…」
心配そうな顔をしている彼女から視線を逸らした。
「何でもないって、泣きそうじゃないか千佳嬢」
「うん、大丈夫、大丈…夫…」
ボロボロと涙が流れた。
「ちょ…本当に泣くことないでしょうに」
何も言えない。
涙だけが流れて。
あたしは、泣いて。
「大丈夫じゃないね、おいで」
ぐいっと腕を引っ張られて、抵抗もできないまま連れて行かれる。
人気のない、神社の裏手の小さなお堂にたどり着く。
「気が済むまで泣きなさいよ。一緒にいてあげるから」
その声にこもっている暖かさが嬉しくてあたしは更に泣いた。
「何があったのさ、お姉さんに話してごらんよ」
あたしが泣きやめたのは、それから少し経ってからだった。少しといっても、ゆうに三十分は越えていただろう。
「実は…」
あたしは今日のことを三笠さんに話した。
元々、あたしに好きな人がいることを、三笠さんは知っていたので、今日のことも言ってはあったのだ。
「そっか、そりゃあ災難だったわねえ」
よしよしとするように、三笠さんはあたしの頭を撫でてくれた。
「しかしその、相手の…相葉君だっけ?も、不毛だとは思わないのかね」
ため息をつくのと腕を組むのを三笠さんは同時に行った。
三笠さんに話して、多少は気が楽になったような感じだった。
「うーん、そういう奴は一回ぐらい痛い目見ないとわかんないんだよね」
「そうなのかな…」
「そういうもんよ。ただ、あまりにも鈍感すぎるとは思うわよ」
そうなのだ。
相葉は類い希に見る鈍感のスペシャリストと言っても過言ではない男なのだ。
「…三笠さん、ごめんなさい。それと、ありが、とう」
「何言ってるのよ、私とあなたの仲でしょう?」
困った時はお互いさまよ、と三笠さんは言った。
「ふむ…と、千佳嬢、時間大丈夫?」
突然時間のことを言われて、千佳は頭上に?を浮かべた。
「ほら、もう十一時近いよ」
「え…あっ、ごめんなさい、帰らなきゃ…っ」
千佳の門限は、塾がある日は十時迄、それ以外は九時までとなっている。
祭りである今日は、十時までには帰るようにと言われていた。
「あらら、ひょっとしてひょっとして引き止めたのはまずかったかしらん?」
「ううん、そんなことない。三笠さんが話聞いてくれたから」
「と、その三笠さんってのやめて」
一瞬、彼女が何を言い出したのかわからなかった。
「さんづけなんて堅苦しい、由希でいいよ」
そういう、ことか。
数秒だけ思考が止まったが、すぐに機能は復活した。
「うん、わかったよ、由希」
それじゃ、と言ってあたしは走り出した。目下の目標は、一刻も早く帰宅することだった。