地平線をゆっくりと、陽が上りつつある。昨夜の様子じゃ、彼女は平気そうな顔をしていた。厄介なことに、この朝を迎えるためにどれだけの苦労をしただろうか。少なくともひと月は働かないで済むぐらいの稼ぎにはなったはずだ。
少しぐらい贅沢しても罰は当たらないだろうと僕は思う。たまにはおいしいものを二人で食べて、笑いあっていたい。食べさせたり食べさせられたり、あまつさえ本人を食べたいだなんて、僕の口からは言えない。
いや、嘘だけど。
潮風が肌にまとわりついて、少し気持ち悪い。彼女は隣で寝ているから、そろそろ起こしてやろうかと思う。しかし、気持ちよさそうに眠る彼女を起こすのもかわいそうだ。今日ぐらいは多目に見て寝かせておいてやろう。
太陽の光でキラキラと海面が光る。思わず息を飲むぐらいに綺麗だった。それこそ、これを見るために来たのではなかったか。彼女が見たいと言ったから――いや、よしておこう。考えだしたらキリがない。
彼女はまだ寝息を立てている。可愛らしいものだ。その寝ている姿すらも、僕にとっては愛しいものだ。人形みたいな造詣で、隙がないぐらいの整い方には僕でなくとも生唾を飲むだろう。僕にも睡魔が襲ってきたみたいだ。とりあえず早く帰って、ベッドで寝よう。そう思った矢先のことだ。
「いやさ、だから謝ってるじゃん! 火薬の量がちょっと多かっただけだって」
ふと、どこからか聞こえてきたのは怒鳴っているような、そうでないような言い方の声だった。声をあげているのはびしょ濡れの男で、その近くに砂浜に座り込む女性と、もう一人男が立っていた。三人とも海にでも落ちたのかと言わんばかりの濡れっぷりである。
「もー嫌。セアトと一緒のお仕事は絶対にしない」
「謝ってるじゃんよさっきから!……なあ、お前も何か言ってやってくれよシャトー」
男が、スーツの奴に話しかける。
「正直に申し上げますと、僕も君と同じ任務にはつきたくありません」
僕はそれを、遠目に眺めていた。
不思議な三人組だった。
ぎゃあぎゃあ言ってるのが一人と、それに向かってツンとしている女の子。
他人のフリをしつつたまに口を挟むスーツの男。
朝のこんな時間から、何をしているんだろう。
思わず、笑みがこぼれる。
クスリ、と笑って、なんだかおかしくなって。
向こうからもこちらは見えているはずだ。それなのに、何も気にせずに騒ぐ彼らを見ていたら、おかしいなって思うようになった。
そうだ、もうずっと帰ってないから、一度エンリッヒの屋敷に帰ろう。それで、エンリッヒとルナリアと、僕とハイネの四人で食事をしよう。ああやって、ぎゃあぎゃあ騒げたらきっと、楽しいだろうな。
よし、そうと決まればやらねば今後に支障が出る。隣で寝ているハイネを揺さぶる。
「ハイネ、起きて。もう行くよ」
んん、と声をあげて、彼女は瞳を開く。
「ほら、帰るよ。今日は屋敷に戻るよ」
ハイネは目をぱちくりさせて、一度大きくあくびをした。
「……ねむた、い」
「そりゃそうだよね、僕も眠たいよ。でも帰るよ。早く行かないと、夜になっちゃう」
頭に疑問符をつけたハイネに説明することもなく、僕は歩き出す。
ルナリアが腕を揮ってくれるであろう食事と、ハイネの歌声を肴にいっぱいやるのもいいな。
目下、まだ騒いでいる三人組を横目に、ハイネの方を振り返る。
よたよたと目をこすりながら歩いてくる彼女の後ろに、のぼりきった朝日があった。
ああ、とても綺麗だなと僕は思った。
そうして、僕たちは帰路につく。
あの、やさしい主人と、天真爛漫なメイドのいる屋敷への帰路に。
「やれやれ、本当、君と組むのは」
シャトーがぐちぐちとセアトに言う。
「もう勘弁してくれ、謝っただろうがよ……」
もう謝りつかれてげんなりしているセアトに、更に追い討ちをかけるかのようにクロが言った。
「あ、そうだ! セアトに温泉でもつれてってもらお、ね」
首をかしげながら尋ねられて、シャトーはずれたメガネを指で直した。
「そうですね、今回の報酬で行きましょうか。セアトの奢りで」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、セアトは嘆く。
「本当、勘弁してくれ……」
しかしそれもまた、一興であるということを、セアトはまだ知らない。
朝日は、彼らの行く末を指すのだろうか。
Cross×Over!!2 です。
今回は、それから。×come dark でした。
また気が向いたら更新します。