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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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Cross×Over!!

それは春。
暖かい時が続く穏やかな日々。
私を追いかけてくる風が心地よい季節。
旅の途中で私たちが寄ったところは、私たちのいたところとよく似ていた。
習慣も、言葉も、世界の形さえもがよく似ていた。
つまるところそこは、よく似た世界だったと言える。
そんな場所で出会った人々は、私をどう捉えるのだろうか。
通りに面したカフェは、オープンテラスとなっていた。
彼女と時間を決めて、そこで待ち合わせをしていた時だった。
一人の男性が話しかけてきた。というよりは、相席を頼まれたのだけれど。
他に席があいているにも関わらず、それすらも気にせずに私はそれを承諾した。



「貧乳は感度がいいと聞くが、これはどうなんですか実際」
口をつけたばかりのまだあたたかい紅茶は、ひどく苦く感じた。
その紅茶の入ったティーカップを置き損ねて、私は紅茶を零してしまった。
「ああ、大丈夫ですか」
椅子から身を乗り出して、彼はウェイトレスを呼んだ。
呼ばれた綺麗な女性がすぐにテーブルを拭いてくれて、私は同じ紅茶をもう一度頼んだ。
「失礼、やはり女性にこんなことを聞くのは失礼だったよね。でも、気になるんだよ」
そう言ってその人は、私をまじまじと見る。
主に胸のあたりに視線が行っているのが、少し傷つく。
「しかしこれじゃ、僕が変態みたいですよね、本当」
みたいではなく変態なのではないかと、私は心の中で突っ込む。
早く開放してくれないかなこの人、というか、早くこないかな……。
「いやあ、僕の彼女はどちらかといえばあの歳にしては胸が大きいほうなので、やはり男として気になるといいますかね」
「……失礼、に、もほど、があり、ます、よ」
私はやっとそう言ってやることができた。
「ああ、いや、えっと、すいません……」
本当に謝る気があるのか、彼の表情にはそれらしきかけらも見えない。
「大体なんで、すか、いきな、り……そんなお、話を、されるのな、ら他所へ、いっ、て、くださ、い……」
この人が話し始めてから、私は何だか気分が悪い。最初はそうでもなかったのだけれど。
私が待ち合わせをしていると言うと、彼もまた待ち合わせだと言うのだ。
なら、相手が来るまでということで相席を認めたのだけれど、それは失敗だったようだ。
「はぁ……すいません」
謝っているつもりなのだろうけれど、私にはそれは理解できないものだった。
きっと謝る気がないのだとわかると、自然と涙がこぼれてしまう。
「え、あ、本当、すいません!」
私が流した涙に気がついたのか、やってしまったという焦った表情で彼はまた席を立った。
周りがざわついて、ウェイトレスがやってくる。
私は顔を手で覆って泣いていた。
なんだか嘆いている男性と、おろおろとしているウェイトレスが、更に私を泣かせる要因となっていることに誰も気づきはしない。
「っ……ぐす……はや、く……来てよ、マリィ……」
ああ、こんな時に、今すぐにでも彼女が来てくれたら。

「ハイネ!」

一瞬、周囲のざわつきがやみ、私はハッとなって顔をあげる。
周囲の視線が集まっている方向を探る。視線を右往左往させて、私は声の主を見つけた。
「なんで泣いてるんだ、誰に泣かされたんだ」
両手で大きな紙袋を抱えているマリィが、私に近づいてくる。
「マリィ……」
私は掠れた声でその人の名を呼ぶ。
片時も離れたくない、ずっと一緒にいるって決めた相手。
荷物を床に置いたのを見て私はマリィに抱きついた。
「やっぱり一緒にいればよかったよ……で、誰がハイネを泣かせたの」
マリィは私の頭を撫でながら、周囲を見回した。
「えっと……僕、です」
彼は逃げずにそこにいた。
「あんたがハイネを泣かせたのか……何をしたの?」
マリィの声が低くなっているのは、怒っている証拠である。
不謹慎かなマリィが私のために怒っていることに少し喜びを感じた。
「いや、その、えっと……」
口の中で何かごにょごにょ言って、彼はうつむいてしまう。
「腹に立つなぁ……ハイネ、何されたの、あいつに」
私に話しかける時だけ優しい口調のマリィ。
実際、少し恥ずかしくて言えないことなのだけれど……。
「え、っと……その……」
私まで口ごもってしまってはどうにもならないと思い、そっと耳うちする。
「……へぇ、それはそれは」
更にマリィの声が低くなる。
これはもう本気で怒っている証拠で、いくら私でも仲直りするまでに多大な時間を要する。
「うちのハイネによくもそんなことをしてくれたね。勿論、覚悟はできているんだよね」
笑顔だ。
これはきっと、鬼の笑みだ。
私が今までに見たことの無いぐらいの、怒っている時の笑顔。
その内側に潜むマリィの本性がそこにすべて出ていると言っても過言ではない。
それに、何だかオーラのようなものまで見える。
これから何が起こるかなんて、私でもわからない。
「ねえ、君の覚悟を見せてよ」
マリィは私を置いて彼に近づいていく。
彼はマリィに睨まれて、動くことができないでいる。
蛇に睨まれた蛙という言葉は正にこのような時のためにあるのだと理解した。
「や、その、謝るって、ほら!ごめんなさい!」
聞く耳持たぬと、身体で表すかのようにして、マリィはその声を無視していく。
後、五歩。もう彼の目の前だ。
彼はまだ動けない。
四歩。
もうここまで来たらどう足掻いても逃げられない。
三歩。
マリィはそこで立ち止まった。
逃げることのない相手を確認して、彼女は深呼吸をする。
私も、周囲の人たちもただ黙って見ているしかなかった。
「一発だけ。それだけでいいよ」
でも、と言葉は続く。
「もう二度と食べ物が食べられなくなるかもしれないよ」
彼の怯えた表情が遠目にうつる。
マリィはその右手を大きく頭上にあげた。
「優しくしてあげるから、ね」
おもいきり、振り上げられた拳が、一気に彼の頬を。
「や、やめてください!」
大きな声が響いて、マリィの動きはぴたっと止まった。
誰もがその声に驚き、目を見張る。
いつの間にか、マリィと彼の間に一人の少女がいた。
「この人が、何をしたのかはわからないけれど」
マリィは微動だにしない。
「諫火さんを殴るなら、私を殴ってください!」
それは、とてもよくできた子で、彼を想う気持ちなら誰にも負けないものを持つ少女だった。



「本当に、申し訳ありませんでした」
少女は梓敦と名乗り、彼の恋人だといった。
そんな彼女と彼と、不機嫌なマリィと私の四人で話し合い、互いに非を認めるようにして。
仲直りのお茶会を、別の店ではじめた。
確かに彼の言った通り、私より胸がある。
というか、大きい。ぱっと見、Dぐらいだろうか。
「あ、の……梓敦さ、んは……おいくつ、なので、すか……?」
私の問いに、彼女は答えた。
「はい、まだ中学を卒業したばかりなので、十五です」
十五、と言ったのだろうか今。
この世界では、年齢の換算は、ええと、同じだから……。
私は自分の胸を抑えて、ずーんと気が滅入る音を聞いた。
「え、あの、どうかされましたか?」
おろおろとし始める彼女に、気を持ち直した私が対応する。
マリィはきっと、帰るまで不機嫌なままだろうし。
彼の方はといえば、何も言うまいと気まずそうな表情で座っている。
「いえ、大丈、夫」
本当は、結構ショックだけれど。

その後は少しだけお話をして、別れることになった。
もう日は暮れ始めていて、せっかくのマリィとのひと時が台無しになりそうだったのを心の中で嘆いた。
「……」
無言で歩くマリィの空いた手を握る。
いつもより、ぎゅっと握り返されて、優しさが伝わってくるのがわかる。
「好きよ、マリィ」
こちらを見ていた彼女に言った。
マリィは何も言わずにそっぽを向いたけれど、私には言わなくてもわかることだ。
何だか、綺麗な夕陽を眺めていたくなったけれど、見ながら歩いていけばいいと思った。
今日のことは、いつかあの人たちに知らせよう。
今日のことが明日へつながって、明日のことがまたその明日へとつながっていく。
日々に何があろうとも、それは否応なしに、いい方向へも、悪い方向へも続いていく。
私は今、マリィと一緒にいられる。
二人で好きなことができるのが、とても嬉しい。
きっと、今日出会った二人も、同じ気持ちだろう。
何だか歌いたい。
そう思って、私は口をひらく。
「この、せーかー、いでー」
そう。
この、世界で。







それから。×少女と、

期待を裏切るシリーズはじまりました。
感想やらは例によってコメントとかにどうぞ。


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