「ごめんください」
戸を叩く音がする。
「ごめんください」
呼んでいる。出る気がしない。
「ごめんください」
三回も呼んで出てこなかったら、普通はいないと考えるべきだろうと思うのだけれど。しかし、相手はまだ玄関の向こうにいるらしい。何なんだ一体。こっちは三日寝てないってのに。そういう時に限って、来る相手は嫌な客ばかりだってのもわかっている。とくとくと、重たい足を進める。掃除をしていないから、家の中は埃っぽい。たった埃で、咳き込んでしまう。咽た拍子に、喉の奥に感じた痛み。抑えた手のひら。吐かれたのは赤い液体。
「あー…まずったかな…」
もう、何年もここから出ていない。外の光は目に毒だ。家の中でずっと、一人で研究をしていた。奴らを殲滅する術を。いくら、いくら素が人だと言えども。あたしは、奴らを倒さなければいけない。なくした仲間と、家族のために。あたしは決めたんだ。戒めとして。人を助けると。
「ごめんください」
四回目の呼び声。はい、と返事をしてそっと戸を明けた。
「こちらが宮ノ少尉のお宅だとお聞きしたのですが…」
一組の男女がそこに立っていた。
あたしが少尉だったということを知っている人間は、この近辺じゃあ一人としていない。それに、もう軍籍は抹消されているはずだ。
「…」
無言。答える必要は無いだろうとみたうえでの判断。
「宮ノ、宮ノ綾沙少尉…ですね」
女の方が言う。
ふと、気付いた。二人の胸元に輝く証。Der Ritter der Gerechtigkeit正式隊証である龍のエンブレムバッチ。
その様子からすると彼らはどうやら、後輩にあたる立場の人間らしい。
「…誰から、聞いたの?」
言って、ああ、もう一度世界を見ないといけないのかと思うと、目の前が暗くなる。
「Der Ritter der Gerechtigkeit、187小隊の久野隊長、春日隊長、倉内副隊長に聞いたんです」
久野――それに春日に倉内。
「そう、か。二人はもう、そんなところにいるのか」
懐かしくも思える。だがしかし。それは、深い深い闇を意味する。
あの、冬の出来事を。
「何をしに来たのか知らないけれど、そんな人間はここには存在しないよ」
「え…いや、ここだって聞いて来たんです」
男の方は引かない。
「いいから帰って。まだ、研究がある…ん」
思わず咳き込む。
ゴボっ、という音と共に手のひらに吐かれる鮮血。
「…」
またも無言で
「急に訪れてしまってすいません…」
出された珈琲を飲みながら、真空は言う。
「いえ、いいのよ。急な来客だったけど、ね」
綾沙は微笑むと、二人の正面に座り込む。
続く。
中途半端な…
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