※前回、寮の説明からの続きとなります。前回分「RING」は、12月17日になります※
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とは言うものの。まだまだ物足りないと感じることはあるわけだが。
「ちょっと、聞いてるの?」
軽く深みに嵌りかけた京耶を引き戻したのは、誰でもない彼女だった。
「あ、ああ。聞いてる。101小隊の事件のことだろ」
そう、それで気になって調べたの。と彼女――前園真空はカバンから資料を取り出す。
「何だその…軽く広辞苑三冊分ぐらいありそうな…」
明らかにおかしいだろうという膨大な資料の量に、思わず目が点になる。
「いいから、聞いてほしいのよ。あ、隣、いい?」
「へ?ああ、うん」
不意をつかれドキリとする。
「ふう…でね、ここなんだけど…」
近い。いや、ちょ、近い。
すぐ隣に、彼女の顔がある。視線は、京耶に渡した資料にだけ。
「えっと…あった」
資料を一枚ずつめくる彼女は、そんな京耶に気付いていない。
髪…いい匂いだ…。
慣れていないのだ。こういう状況に。
彼女が話があると、彼の部屋を訪れたのは、つい先ほどのことである。
大きなカバンを抱えていた。
とりあえず、いつもどおり、彼にとってはいつもどおりにベッドに腰掛ける。
その正面に立って、彼女は話を始めた。
何でも、半年前に壊滅した101小隊のことを調べはじめたらしいのだ。
それで、今現在彼女は部屋に来て、こうやって隣に座り、肩を並べて資料をめくっているわけだ。
半分、もたれかかるようにされているので、京耶の肩に、軽く彼女の重みがかかる。
いや、ね?重いってわけじゃないんだよ。ね。
でもさ、その。
慣れてないんだよ、本当に。
あの――オキナワから帰還した時だってそうだ。
まだ、一週間も経っていないけれど。
オキナワから帰還する時、「Leichtsinnige-Lauf-Zug」の中での出来事。
あまりの疲労感に耐えかね、京耶は睡に落ちてしまった。
他の皆も、眠っていたように思える。
隣には、やはり前園が座っていた。
目を覚ました時、勿論、隣には前園がいるわけだが。
京耶の肩に、首をかしげるようにして身体を預ける前園の姿があった。
声に出せぬ驚きと、女性に免疫のない彼にとって、これがどれほどのものだったのか。
本人でなければわからないということもある。
で、だ。
今もそんな、似たような状況であるわけだ。
勿論、彼女の話は耳に入っていない。
一体、彼女が何をしにきたのか、本当にわかっているのだろうか。
「で…ここ。誰も帰還しなかったかと思ってたの」
「…」
京耶は、それどころではない。
「でもね、この人、倉内閑さん。と、もう一人…ええと」
肩から存在感が離れて、ハッと意識を取り戻す。
資料を片っ端から漁る彼女に、手伝う素振りもなく、ただ見ているだけ。ただただ、じっと見ているだけの京耶。
「あった!」
嬉々とした顔で、振り向く彼女。
見惚れた。
純粋に、彼女の綺麗さに見惚れた。
「京耶君?どうかした?顔赤いよ?」
言われて気付く。
やばいやばい、これはやばい。
「い、いや、別に…」
言い終わるか終わらないか。
「熱でもあるのかしら…?」
こつん、と。小気味のいい音がした。
前髪をかきあげて、自分のおでこと京耶のおでこをくっつけたのだ。
「………………!」
声にならない。
衝撃。
恥ずかしさ。
あと、何だか色々と混ざった感情がぐるぐるぐるぐる。
京耶の頭の中でぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐると。回っていく。
「熱はないみたい…本当に大丈夫?」
医務室行く?と、曇った顔で聞いてくる彼女。
対する京耶。心臓はバクバクと鼓動を高鳴らし続ける。
「や…ほんと、大丈夫だから…つづけて…」
息も絶え絶えに、そういうしかなかった。
「そう?じゃあ、続きね」
と言って、また京耶の隣に座る彼女。
もう勘弁してくれ!
と。心の中で叫ぶ。男なら、誰でも一度ぐらいは憧れるんじゃないかっていうくらい、レアなやつ。
おでことおでこをくっつけて熱を計る。
普通に考えて、羨ましいだろ。と突っ込みを入れたくなるも、残念なことにこの部屋にはこの二人以外に誰もいないのである。
そんな京耶とは裏腹に、彼女の方は、全く以ってその気はないようでる。
なんとも。なんともいえぬような状況である。
「この人、ハルヒ 小牧さんっていう人なんだけど…京耶君、知ってる?」
振り向く彼女に、少しずつ落ち着きを取り戻した京耶は言う。
「いや、知らないな…あ、でも、隊長が知ってるかもしれないな…」
「久野隊長?」
「ああ。ひょっとしたら、色々教えてもらえるかもしれないぜ」
根拠も何もなしに、京耶は言う。
「うーん…じゃ、明日行きましょう」
「これからじゃなくて?」
前園の言葉に、つい、え?っという顔をしてしまった。
「ええ。だって、私はこれを全部読んだけれど、京耶君はまだでしょう。だから、今日はこれを全部読むまで寝かさないからね♪」
うわ。満面の笑み。すごい可愛い…。
「…え!?」
「はい、じゃあ、頑張ってね」
とニッコリ笑顔で渡される、広辞苑三冊分ぐらいの資料の山。
「大丈夫、読み終わるまで、一緒にいてあげるから」
沈んだ心が急浮上。ついでに、うなだれていた顔もあがる。
「京耶君が、一行たりとも読まなかったり、適当にこなさないように、ね」
ぽかーんと。口が半開きなのがわかる。
そうしていると、彼女は再び呟く。
あ、そうそう。途中で寝たら、お仕置きするからね。
鬼だ。
此処には鬼がいる!
彼女は、京耶の思っているような女性とは、どうやら少し違ったらしい。
笑顔の向こうに、鬼の姿が見え隠れしながらも。
京耶は資料に目を通すことにした。
夏の最中。
蝉の鳴く声が聞こえるころだった。
次回。(掲載予定)
京耶と前園は、久野隊長の下に訪れる。
そこで出会った、101小隊の生き残り。
倉内とハルヒによって語られる、「Variant」たちの真実。
そんな時、緊急を報するベルがなった。
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