無事に高校デビューも果たして、部活もテニス部に決めてうきうきし始めた春は終わって、夏が来ました。
諌火さんとはお付き合いが続いていて、何度かデートにも連れていってもらいました。
私が毎日、高校生活で忙しいのを、それを承知で諌火さんにはかなり我慢をしてもらっている。ただその分、久々に会ったりすると半端ないぐらいにくっつきた がる人だった。あの逢瀬の日々からではその様子は想像ができないだろう。ギャップは大事だとよく言うが、私はどちらでもよいと思う。その人のありのままを 見せてもらえるなら、それが一番いいと思っている。
でも、私だって寂しくないわけじゃないのだ。
私はもう一人ではない。あの勘違いの期間を今更悔やむこともないのだが、私はたまに思い出してはそれを反芻している。私が独断でとった行動が、誰よりも私を傷つけるぐらいに辛いものだとは気づかなかったのだ。
夏休みも部活があって、諌火さんに会う時間が少ない。少ないけれど、会うって約束した日はきちんと会ってくれる。それが私には嬉しい。今日もこの部活が終わった後に会う約束をしている。
時間なんていつもならすぐに過ぎてしまうというのに。今の私にとっては、この時間が長く感じる。とても、長く。少しは慣れたけれど、やはり寂しいものは寂しい。
諌火さんがくれた宝石はセレスタイトだった。私は宝石に全くと言っていいほど興味がなくて、ただ単に綺麗だなと思って見ていただけだった。
そのセレスタイトを私にくれた本当の理由は、半分は気まぐれだったらしい。もう半分は、誰か別の人がそのパワーを受け取ればいいと思っていたらしい。直接 聞いたのはそういうことであったが、私はただ頷くだけだった。実際、宝石にそんなパワーがあるならもっと信じるだろうし、諌火さんが信じていないと言って 私に渡したものなら尚更だ。でもまだ部屋に置いてある。諌火さんからはじめてもらったものだから。どんな理由があろうとも、私には大事なものなのだ。
今日も夏の陽射しが私を照りつける。日焼け止めの使用を試みたが、私の肌は綺麗に焼けていく。まるでローストビーフを連想させるような焼き色だ。と、実際 そこまでの色味がないことに気がついた。諌火さんに会いたくて会いたくて仕方ないのか、部活中にもぼーっとしていると言われてしまうようになった。
それほど諫火さんのことが好きだということだ。
早く、早く会いたいと思うほどに時間が経つのが長く感じてしまう。
夏の陽射しは、おわることなく私を照らしている。
部活が終わる時間と言っても、大体が夕方で、今日はたまたま昼で終わった。一旦家に帰ってから、諫火さんと出かける約束がある。一週間、会っていないのが辛いと感じるのは、まだ子どもだということなのだろうか。
今日を逃すと、一ヶ月会えなくなる。諫火さんが我慢できるかどうかは、この際おいておこう。私も我慢できる自信がない。
ココアは、私と諫火さんが付き合うようになってからは、若干慣れてくれたようだ。たまに諫火さんに対して尻尾をふっているのを見ることができる。進歩と言えば進歩なのだろうか。相変わらず、一緒にいるのは嫌な様子である。
諌火さんはココアのことを気にしていないようで、私と一緒にいる時は私にべったりだ。それをじっと見るココアは、たまに憐憫の眼差しを向けてくる。
何か言いたいのなら言えばいいのにと私は思う。ただ、ココアが犬であるという点を覗けば、言ってくれていただろう。
今日の天気は晴れと聞いていたのにも関わらず、空はどんよりと曇りだしていた。お昼までは晴れていたのにと、少し落ち込む。でもきっと晴れてくれるだろうと期待をして出かける準備をした。
諌火さんとの待ち合わせまで、もう少ししかない。早めに待ち合わせ場所についたので、私は待っていることにした。人の多い、駅の待ち合わせ場所。金色の時計は目印で、季節や昼夜を問わず人々が待ち合わせ場所として使うところ。この上の百貨店や、周りのビルのテナントに入っているお店は、私のお小遣いでは手の届かないものばかりを扱っているお店ばっかりだ。どうしてそんなところへ来たのかと聞かれたなら、私は諌火さんのお買い物についてきただけなのだということを説明しよう。部活に精を出している内はアルバイトができないのを理解しているので、私にはあまり金銭的な余裕がない。本当に諌火さんの買い物についてきただけなのだ。
「お待たせ」
そうこう考えを巡らせているうちに、いつの間にか諌火さんが来ていた。
「あっ、はい、こんにちはっ」
まずは挨拶。しっかりとしておかないと最初から諌火さんの気が緩んでしまう。
「いい挨拶だね。お昼は食べた?」
私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。
「まだ食べてないです。どこか連れていってくれるんですよね?」
撫でられるのが嬉しくて、その感触を味わいながら答えに疑問をつけて私は返した。
「うん、じゃあ行こうか」
諌火さんは私の手を引いて歩き出していく。その背中に抱きついてしまいたい衝動をぐっとこらえて、私は後を歩く。
ああ、こんなに広かったのか、諌火さんの背中は。
エレベーターに乗り込むと私たちだけになってしまった。見計らったかのように諌火さんは私を抱きしめた。
「すごい会いたかったよ」
消え入りそうな声で囁かれ、私も抱きかえした。今の逢瀬では、こうして二人きりになることが少ないので、少しでも二人きりになれると甘えるようになっていた。私も勿論例外ではなく、隙あらば諌火さんにくっついていた。そうして、人の気配がするまで抱き合い、エレベーターが開く前に離れる。
暗黙の了解と言うやつだ。名残惜しいけれど、今日はまだ一緒にいられる。
遅めのランチをとり、二人で色々なお店をまわった。諌火さんのお目当てのものはなかったらしく、ひどく落ち込んでいた。また来ようねって私が言うと、彼は少しだけ嬉しそうに笑うのだった。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
時計は七時を少し過ぎたところをさしていた。まだ空は明るいし、熱気が涼しくなってきているのも感じられる。
「……はい」
諌火さんと並んで歩く。
いつも、この時は辛い。楽しかったのも瞬く間に終わりを告げて、夜はやってくる。私は夜が嫌いになりつつある。今まで、諌火さんと付き合うまではそんなことなかったのに。夜は二人を別れさせる時だ。
帰りの電車は、諌火さんと同じ。同じ地区に住んでいるから、会おうと思えばすぐに会える距離にいる。でも、互いの生活を切り崩してまで会うようなことはしないと約束をしている。二人でああでもないこうでもないと話あった結果だ。
でも、どうしようもなくなった時には、我慢せずに会おうと決めていた。大概それは、諌火さんの方から破られる。私たちは二人とも寂しがり屋で、前述したが諌火さんは本当にくっつきたがる人である。私はそこまでではないが、その気持ちはわかる。
気がつけば降車する駅についていた。
電車を降りて、私の家まで歩いていく。いつもなら途中で別れるのだけれど、今日は私からお願いをして家までついてきてもらうことにした。ああ、今一緒にいられるこの時間がもっと続けばいいのに。
「梓敦、着いたよ」
私は歩きながらぼーっとしていたらしく、家に着くまでの道筋を覚えていなかった。
「え、あ……」
見慣れた建物が目の前にあった。
「どした? 疲れちゃった?」
諌火さんが私の顔を覗きこむ。
「や、そうじゃなくて、その」
続きを言おうとして唇を奪われる。
「何?」
ほんの一瞬だったけれど。
あまりにも諌火さんがけろっとしているので、私は逆に今の行為が何だったのかと確認し辛い。
「う、うぅ……ズルいですよ、それ」
顔が赤くなっているのを感じて、私は俯く。
「ズルいも何も、僕がしたかったからしたんだよ。ダメだった?」
首を傾げる仕草が、少しだけ気になった。
「ダメじゃない、ですけど……」
意を決して私は言う。
「もう一回、してください」
顔をあげて諌火さんを見据えて言った。きっとまだ顔は赤いだろう。
「普通のを? それともやらしいやつ?」
そこで選択肢をくれる諌火さんに驚いたが、私は即答していた。
「普通ので」
言ってから、やらしいやつと言えばよかったかと若干後悔した。
諌火さんは私の肩に手を置いた。
「はい、まずリラックスしてー肩の力抜いてー」
言われるがままに私は動く。
「目をつむってー深呼吸してー」
好きな人に触れられているだけでドキドキするのに、私は今、更にドキドキするようなことをされようとしている。
「じゃ、するね」
私が返事をするよりも先に、諌火さんは動いた。
唇と唇が重なりあって、離れた。
「これでよかった、かな?」
諌火さんは私の頭を撫でていた。
「……はい、ありがとう、ございます」
顔から火が出そうだ。それぐらい私は赤面して、あああああってなっているはずだ。何を頼んでいるのだ一体。
「本当、梓敦はほっとけないな」
ぎゅっと抱きしめられて、私は心が落ち着くいていくのがわかった。
「もう……諌火さんが、悪いんですよ」
ぼそっと呟く。諌火さんは何も言わなかった。
空はまだ明るみをさしている。
「じゃあ、また次回」
急に解放されて、私の満足度は中途半端にしかたまっていない。
「1ヶ月ってすぐ、ですよね」
恐る恐る確認する。諌火さんはくすくす笑いながら答えてくれた。
「うん、すぐだよ。僕が先にしびれを切らすと思うけど」
あははと笑い、諌火さんは私の手をとる。
「それではまたお会いしましょう、お嬢様」
あの時みたいに手に口づけをして、諌火さんは立ち上がる。
「じゃ、また」
「はい、また」
手を振って、彼は歩いていく。
私は手を振りかえし、彼の背中を、見えなくなるまで見送っていた。
続 少女と、
了