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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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少女と 4

何かが崩れる音がして、私は孤独を知った。そしてそれ以上に、状況を理解しようとしないで、本能の赴くままに行動をとった私が嫌いになった。嫌いになった私をどう処理していいのかわからずにいた。

その日、私は年内最後になる逢瀬を噛みしめるために公園に向かっていた。いつもと同じ時間、いつもと同じく不機嫌なココアを連れている。違うところがあるとすれば、諌火さんに渡すためのプレゼントを持っていることともう一つ。諌火さんを想う気持ちがあった。今日はクリスマス。あわよくば、プレゼントと一緒にこの気持ちを伝えたい。形だけになってしまってもいいから、私は気持ちを伝えたかった。
あの席は、私だけの指定席だと。そう、思っていたんだ。

公園に着いた。諌火さんがいるいつものベンチは、この位置からじゃ見えない。勇気を振り絞って公園に足を一歩踏み入れる。後は、この勢いでベンチまで行くだけ。そうすれば、私にしかできないことができる。
鼓動が高鳴る。緊張してドキドキしている。伝えるんだ、必ず。この気持ちを、彼に。
ベンチが見えてきて、思いもかけない光景に目を見はった。私は立ち尽くし、血の気が引くのを感じていた。これが世界の終わりなのかと、強く思い、溢れる涙を堪えられなかった。いつもなら気にしていないココアも、この時ばかりは私を見上げて小さく鳴いた。
その鳴き声で、諌火さんが私に気付いて、こちらに手を振った。私はそれに振り返すことができない。あの笑顔がまぶしいからではなくて、諌火さんの隣に、一人の女性が座っていたから。

私が、そこに座っているはずなのに。

思い上がりも甚だしかった。急激に私の心は凍りついていき、何もかもが信じられなくなった。私の中でそれは崩れていく。誰もその崩壊を止められない。一体、誰が私を助けてくれるのだろうか。



携帯がずっと鳴っている。どうやって帰りついたのかは覚えていない。
私はベッドの上でうずくまっていた。部屋のドアをカリカリと引っ掻く音が響く。ココアが私を心配しているのだろうか。
携帯の液晶に表示されている名前は、桐島諌火。何故か電話に出ることも出来ずにいた。
ずっと鳴り止まない携帯の電源を切ったのは、部屋に閉じこもって一時間ぐらいしてからだ。
それから眠ってしまったらしく、部屋をノックする音と、お母さんの声で目が覚めた。
答える気にもならなくて、あえて返事はしなかった。やがて諦めたのか、気がつけばお母さんの気配はなくなっていた。
私は諌火さんの連絡先をすべて着信拒否にした。その後アドレス帳から消した。
着信履歴も、メールも、全部消した。
こんなにも好きだったのに。
狂おしいぐらいに、私は諌火さんを好きになってしまっていた。私は失恋した。

連絡先もメールも消したのに。
消えないこの気持ちが辛い。私を蝕むその気持ちが、私を何度も絶望へと突き落とす。私が、それでも諌火さんのことを好きだという気持ちが。
苦しくて切なくて寂しくて怖くてまるで夢のように感じた、その日々が無くなってしまう。机の上の片隅に置かれた小さな小瓶には、あの時の宝石が入ったままだ。そっと、見えないところにしまい込んで、私は想いを断ち切った。



年が明けて私は受験勉強に没頭した。第一志望は公立だけど、気は抜けない。希望も支えも何もない今、私はそれ以外に目を向けることができなかった。
時々、携帯を眺めてぼーっとしていると言われるようになった。よっぽどだったのだろうか、あの出来事は。今も鮮明に思いだすことができる。彼の笑顔と、隣に座っていた彼女のことを。思い出す度に気が滅入る。だから、何も考えない。もうあの時のことは考えないことにしていた。
そうして、陽は上り、また落ちていった。季節は巡り、暖かい日がつづくようになったころ。
無事に第一志望校に合格し、晴れて卒業式を迎えることができた。荒んでいた私の心はある程度持ち直したようだった。
一時期の抜け殻のようだった私とはお別れを済ませたし、これで後は春からの新生活に力を入れるだけだ。

それでも、何かが足りなかった。

卒業式の帰り道、何の気なしに私はあの公園に向かっていた。期待も何もないけれどしかし、まさかという考えがあった。
誰もいないベンチがぽつんとあり、私はほっと息をついた。何かあるよりは全然よいと思い、ベンチに腰掛ける。やはりそれはまさかに過ぎなかった。そんな都合のいいこと、あるはずがない。だが、何もないのも辛い。
まるで昨日のように思いだせる、あの逢瀬にあの日々。今でも、瞳をとじれば瞼の裏に浮かぶ彼の姿。耳に残る彼の声が。
「……何か、あったのかい」
「……いえ、何も。思い出をかみしめているだけです」
私は問いかけに対して答えていた。
幻聴かと思っていたのに、それが現実のものだったから。
ゆっくりと瞼をひらく。
ざあっと風が舞って、桜の花びらが散っていく。
「卒業、おめでとう」
変わらぬ姿の、いや、つい数ヶ月前に見た時よりも薄着の彼がそこにいた。
目と目が逢う、瞬間。
好きだと気づいた。

「あれはただの知り合いだよ」
諌火さんの話を整理すると、どうやらあの女性は大学のゼミが同じで、たまたま公園で出会っただけらしい。
彼女だと思った私の早とちりだったということであった。まさか勘違いだとは、今更ながらに恥ずかしい。だがそれよりも前に後悔をしていた。何故あの時きちんと話を聞いておかなかったのだろうか。
「何度も電話をかけたし、メールもしたよ。その度に留守番電話センターや、mailerdaemonから連絡が来る。誤解も何も解けたもんじゃないよね、本当」
まあ誤解というか君の勘違いなんだけど――そう言って諌火さんは笑う。そのまま私の正面にしゃがみこんだ。
私はもうこれまでにないほどに安心した。しかしそれに比例する勢いで後悔もしていた。
「そんな顔する梓敦ちゃん、初めてみたね」
反射的に、おかしそうに笑う彼をキッと睨む。
「そんな顔したって怖くないよ」
頭をぽんぽんと撫でられ、一瞬で気分が落ちついていく。このままずっと撫でられていたいぐらいだ。
「急に来なくなったから、心配してたんだよ。連絡もつかないし、事故にでもあったのかなとか」
本気の困り顔で、苦笑する諌火さんが少し微笑ましく見えた。
「ごめんなさい……」
気持ちに片をつけるより早く、口から言葉を発していた。
「気にしてないよ。それより、寂しくなかったかい?」
何でもお見通し、か。実際、受験勉強に精を出していたせいもあって、そんなに気になっているつもりはなかった。
「少しだけ、ですけど」
本当はそんなこと言いたくない。言いたくないけれど、言わなければ伝わらない。
「そっか、少しだけか」
何だかつまらなそうな顔で彼は言う。
「残念だな、こっちは夜も寝られないほど寂しかったってのにさ」
思いもよらぬ言葉が聞こえ、私の心を定めさせる。
諌火さんはニコニコと笑ったままだ。夢なのかもしれない、これは。自分の頬をひっぱったり、腕を抓ってみたりした。大丈夫、痛いから夢じゃない。
「梓敦ちゃん、あのさ」
「はっ、はいっ」
トリップ中に呼ばれて声が跳ね上がった。
「いやあ、最近の中学生は大人っぽい下着をはいてるんだなと思ってさ」
大人っぽい、下着……?
諌火さんの言わんとしていることが理解できない。
私が疑問符を浮かべていると、諌火さんはニヤニヤしながら言った。
「ほら、目線目線」
目線と言われ、誰の目線がどうしたのかと考え気づく。
「えっ、ちょっ!?」
諌火さんの目線がどこにあったかを考えておくべきだった。そりゃあその目線ならスカートの中を見ることは可能だ。しかも、話をしている間中ずっとだ。
恥ずかしいやら怒りやらで、私は顔を赤くした。きっと今の私なら、リンゴの赤さを越えられるかもしれない。
「あはは、かわいいなあ君は」
彼はそう言って立ち上がり背伸びをしだした。見れば見るほど薄着である。
「じゃ、これからまたバイトなんで」
私の答えも聞かずに、彼は歩きだしていた。
「あっ、待っ……」
言いかけて気づく。私はこのまま、この気持ちを伝えていいのだろうか。一人で勘違いしていた上に、好きですだなんて言えない。言ってたまるかというのが本音ではあるが、それでも。ベンチから立ち上がるとガタンと音が響く。
ゆっくりと彼は振り返る。私を見る瞳は、何を見据えているのだろうか。
言葉に詰まる。心臓が高鳴って、喉が張り付く。
「あの、もしよかったら、なんですけど」
私は覚悟を決めて、口をひらく。
「私と、その」
やり直しの利かない世界だから、全力を尽くす。
だったら、どうなっても構わない。そう決めていたはずだ。
「お付き合い、してくださいっ」
叫ぶような形で声を張り上げた。
天を仰いで、言葉を待つ。風が吹いていき、決して長くはない私の髪がなびく。想いをぶちまけて、すべてを彼に託した。
「それって、好きってことかい」
確認するように、声が聞こえてくる。顔を彼の方へ向けると、すぐ目の前にいた。近い。ここまで近いのは初めてだった。
「……はい」
私の答えに対し、彼は一度だけ口端をあげて微笑んだ。
そのまま足元にしゃがみこんだかと思うと、片膝をついて私の手をとり口づけた。
顔をあげて彼は言う。その顔は、とても嬉しそうな笑顔。
「僕なんかで、よければ」

私の人生に、やっと春が訪れたようだ。









「少女と」 おわり


原案 くろねこ 「少女とココアと時々青年」
執筆 一記

specialthanks 読んでくれた皆様

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Comment

無題

  • MES
  • 2010-01-13 01:59
  • edit
伏線拾えてないけど今までの中で一番好きだよ。
文章が纏まりだした。言葉を選びだした。文体が整い始めた。ストーリーがしっかり見えた。情景が浮かんだ。

おめでとう。ファーストステップ。これは読み物と認めざるを得ない。先を越されたのは少し悔しい。
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