飴玉かと思っていたそれは、宝石だったらしい。
今日は散歩とは関係なしに、一人で公園な来ていた。ただ、その宝石をくれた理由を知りたかっただけだ。
このところ、連日この公園に通っている。
会えることに期待しているのだろうか、それとも。
初めて出会った日から一週間、やっと会うことができた。
「あ、あのっ」
彼は手元にある本から視線をあげて私を見た。
眼鏡の奥に、澄んだ瞳が見える。
「何かご用ですか」
まるで機械のように、無機質な声で彼はつぶやく。
「その、こないだの、これ……」
私はポーチの中から小瓶を取り出す。中には、あの宝石が入っている。
「なんで、私にくれたんですか」
初めて会った私に、なんで――そこまで言って、言葉を待った。
彼はぼーっと私の顔を見て、そして目線を徐々に下に下ろしていく。
まさか、変質者だったのか? そんな思いがよぎり、私の身体は強張っていく。
「ああ、君か。犬連れてないから、誰かわからなかったよ」
あははと笑う彼は顔を横に背けてひとしきり笑うと、深呼吸をして私に向き直った。
「いや、すまないね」
咳払いをして、彼はもう一度口を開く。
「君は何が知りたい? 僕がそれを君にあげた理由か、それとも」
私はゴクリと唾を飲む。何故だかわからないが高揚感を感じていた。
「と、あまり喋っていいことじゃないんだよねこれ」
肩の力が抜けたような気がした。
「まあ簡単に教えておこう。ただの気まぐれだよ」
物凄くシンプルな理由だった。それが実は嘘なんじゃないかと思えたぐらいだ。
「気まぐれで……会ったこともない相手に簡単に渡すようなものですか、これ」
小瓶の中を通して彼を見ていた。
「誰が持っていても同じものだからね、いいんだよ」
彼はベンチから立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
こないだはよく見ていなかったが、綺麗な顔立ちだった。
身長は私より頭二つ分ほど高く、ひょろっとしているように見えたが、肩幅はあるようだった。
私の前に立って彼は言う。
「デートしようか」
私は間髪入れずに答えていた。
「は、はい!」
誰も予想しえない答えに、互いに戸惑ってしまった。彼は何だかばつが悪そうな表情をしているし、私は更に頭の中が混乱してきている。
そのうち、私たちは笑いはじめるのだ。
何もおかしなことはないのに、私たちは気まぐれのように笑いだしていた。ちぐはぐな歯車が、回りだしたのはこの時だったようだ。
「ってことが、今日あったのよ」
リビングで髪を乾かしながら、私はココアに向かって話しかけている。両親は健在で、父は今出張中、母はお隣の佐山さんと井戸端会議だろう。
私にとって今この瞬間が一番安らげる時間だった。
「それでね、名前も教えてもらったの。諌火さんって言うんだって」
ココアは私には目もくれずに足よりは長い尻尾を振りながら欠伸をした。
「諌火の、いさって字は、ごんべんに東って書くんだってさ。それに、燃える方の火って書いて諌火さん」
それでもお構いなしに私は口を開く。
「大学生で、たまにあの公園でアルバイトまでの暇を潰すためにいるんだって言ってた」
何だか、他人のことなのに、話すのが面白い。今までにはなかった経験だ。
もしかしたら会えるかもという期待は、私の心を踊らせる最高の材料だった。その証拠が、今だ。普段でもここまで饒舌になることがないと自負している私が、そう言うのだから間違いはない。
「私も名前聞かれちゃってさ、教えてあげたの。そしたら、梓敦ちゃんって」
異性にちゃん付けで呼ばれたのが、珍しくて嬉しかった。
私の頭の中には今、諌火さんのことしかなかった。
「ねえ、聞いてるのココア――」
夜は更けていく。
結局宝石は返しそびれてしまったのだが、それはまたの機会にきちんと話をしようと思っていた。携帯の連絡先もメアドも聞いた。けれど、この時はそれどころじゃなかったのだ。会えたことが嬉しくて、嬉しくて。
終わらない夢のような日々が始まるのだと、私は信じて疑わなかった。
「少女と青年 2」 つづく