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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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H/L/M

くるんと世界が反転したのが今朝。
今の僕には何もできないことしかわからない。
それはそれは綺麗に世界が反転した。
でも誰もそれがおかしいとは気づかない。
まるで最初からそうであったかのように、それに順応していた。
僕だけがおかしいのか、それとも一体……。



これを飲めば、楽になれる。
もう四つぐらい、瓶をあけてしまった。
全然効かないんだな、これ。
きっと、これを飲めば。
もう身体がふらふらするとかいう感覚は通り越していた。
今なら、何でもできる。
ドアをたたく音が聞こえる。
誰かが僕を呼んでいるようだった。
でも、僕は動かないで、その手にとった最後の薬を。
最後の一盛りを口に入れて、何故か震えているように見える手でコップをとった。
びちゃびちゃと水が、手にかかり床にこぼれていく。
口元に持ってくるまでに半分はこぼしたろうか。
シャツの襟もびしょびしょだ。
構わない、もうすぐだ。
もうすぐ、そんなことがどうでもいいようになる。
飲み干した後の、口の中は、たった今水を飲んだばかりなのに、からからに乾いていた。



反転した事実に、未だに納得がいかない。
何が反転したかと言えば、まず最初にあげられるのがこの世界の正義と悪が真逆になったということからだ。
それに応じて、いいことをすると悪いと罵られて、わるいことをすると逆にいい子だとほめられてしまう世界になった。
右と左、という感覚的なものは名称も何もあったもんじゃない。右が左で、左が右になった。
年上を敬えという教えも逆になった。年が若ければ若いほど、敬われるようになったのだ。
言葉も、下品な言葉が上品になって、上品な言葉が下品になった。
そういう世界になってしまった。
鏡の前に立っている少女が誰なのかも、最早ここまで来れば明確である。
短かった黒髪はそのままに、顔つきなんか少ししか面影が残っていない。
見事に世界が反転して、僕は男から女になった。
ある程度鍛えていた肉体は、女のなよなよしい肉づきのよい肉体となった。
それでも出ているところは出ていない。何だ、貧乳ってこういう気分なのかと。
しかし、ないっていうのは辛いことなんだなと。
自分で揉んでも、揉むほどなくて揉めないとか意味がわからない。



白い天井が見える。
僕はベッドに寝ていた。
入れ替わり立ち代りに、白衣の男や看護婦がひっきりなしに僕を見に来る。
僕は身動きがとれないでいるのに、声すらも出せない。
身体はベッドに拘束されているようで、本当に一ミリたりとも動くことができない。
そのうち注射器を持った医者が来て、僕の右腕に一本の



気を取り直して。
誰も気にすることのないこの反転した世界に、僕は存在していた。
ありとあらゆるものが反転してしまったせいで街は滅茶苦茶だった。
感覚がおかしいのは、僕のほうではないかと思わされてしまうぐらいに。
よいこととわるいことも反転した。
それに則り、自殺や殺人行為がよいこととされるようになった。
気が狂っているのではないか、こいつらは。
そう思える余裕が、まだ少しだけあった。
僕はこの世界に早く慣れてしまうことで逃避しようとしていた。
薬局で化粧品を一揃い盗んだ。
誰もお咎めなしで、逆に言えばレジでお金を払うようなやつが咎められる。
この世界の、そういう風になったルールの一環だった。
家に帰って、鏡を見ながらいつか見た彼女の化粧を思い出していた。
見よう見まね、というのだろうか。
もう記憶の奥底に閉まった何年も前の記憶だ。
それを思い出しながら化粧をする。
思いのほか上出来な気がして、携帯を開く。
待ち受けには覚えのない画面が出ている。

『 この 世界へ ようこそ 』

どうやら僕は歓迎されているようだ。
そうわかった途端、身体の内からこみ上げてくるその気持ちに身を任せた。



またベッドの上だ。
白い天井しか見えない。
今度は少しだけ顔が動かせるようだ。
見回すと、僕の身体にはいくつもの管が刺さっていた。
動けない。それ以上は動けない。
何か悪い病気にでもなったのだろうか。
戸惑いが隠せないでいると、医者が入ってきて言った。
「君のためなんだ、許してくれ」
医者は、また僕の腕に注射器を押し付けた。
何かが僕の身体に入ってくる。
すぐに意識が朦朧としはじめた。
医者が部屋から出て行き、明かりが消されてしまった。
その暗がりに引き連れられていくかのように、僕の意識も深い闇に落ちていった。



目が覚める。
ひょっとしたら夢だったんじゃないかと思うぐらいに、この世界に期待を寄せていたようだ。
身体のあちこちを触って確かめる。
よかった、僕は女だ。
窓の外に、黒煙が上がるのが見えた。
あれは火葬場のあげる煙だ。
僕はベッドから、それをじっと眺めていた。
まるでその煙が、僕を呼んでいるかのように思えたからだ。
他人事とは思えなかったんだ。
ずっとずっと、眺めていた。
ずっと。

一人、ずっと眺めていた。







H/L/M 了
















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