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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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atom「2nd」

それから、僕達は行動を共にするようになった。一日の大半を彼女と過ごすようになり、喧嘩もしたし互いの思想の違いについてだって口論をした。朝起きて、まずすることは、彼女がそこにいるかどうかの確認である。いつも僕ばかりが先に起きるわけではないので、彼女も同じ役をすることが多々あった。
体調を崩せば一日中つきっきりで看病するし、遊びに出かけるのだって離れることはなかった。

十年。
長いようで短く感じた月日の流れ。
夢でも見ていたんじゃあないかと思うような日々だった。

「修二、ドレス、変じゃないかな」
十和は、僕の前でくるりとまわって、ドレスを披露した。
「ああ、いいと思う。もう少し、大胆でもよかったんじゃない?」
軽く本気を混ぜて冗談を言う。
「ふふ、言うと思ったわそれ。これでもお父様にはかなり譲歩してもらったんだから」
背中は大きく空いていて、胸元を強調しきらないように設計されたドレス。控えめにあしらわれたフリルが、僕の嗜好にあっていた。
「スカートのとこ、スリット入っててもよかったかもな」
僕の本気の発言を、彼女は軽くスルーした。
「そう言えば、今日は此乃戲の機関の方たちも出席されるみたいよ。」
軽くじゃなかった、大きく流れた。
気を取り直す。僕は答えた。
「…へえ、珍しいな。此乃戲機関って言えば、天馬機関に次いで巨大だと言われた機関じゃないか」
まさか素直に祝福しにきたわけではあるまい、そう言うと彼女は答えた。
「それが、どうもそうみたいなのよ」
僕は聞き返す前に考えた。
此乃戲機関が打ってくるはずの手、可能性のある事象。
しかし、考えるような時間もなく思考は止まる。
止めざるを得なくなったというのが本当のところだ。
「っ…」
頭の中で、何かが一度見えていった。
大きく体が揺らいで倒れそうになる。
「修二、どうしたの?」
十和が駆け寄ってきて支えてくれた。
「あ、うん、ちょっとふらっとしただけだから…」
そうは言ったものの、少し気分が悪かったりする。
その場で深呼吸を繰り返し、息を整えた。
「…ふう、ごめん、もう大丈夫だから」
「本当に?顔色悪いし…修二、本当は」
二の句を告げさせる前に僕が言った。
「大丈夫、だから。急ごう、時間も迫ってきてるだろ」
十和を無理やり制して、足を進めた。
僕が見たのは、古い記憶。
空を飛ぶ少年と、舞い上がる鳥の形をした炎だった。

僕達が招待されたのは、天馬機関の新社屋完成を祝うパーティーだった。
マスメディア各局のレポーターやら、政治家やらが主な来賓として呼ばれていた。
新社屋というのは、ビル群の中にではなく、人里離れた深い山奥に造られた。
あの大火災以来、元々のビルがあった場所は今や観光名所になっている。ビルは取り壊されず、中にあるものはそのままに、だ。
何故焼け落ちたビルを残しておくのだろうか。
気が狂っているとしか思えなかった。

此乃戲機関というのは、天馬機関に次いで資産を持ち、技術者も抱えていた実質No.2の機関であった。
此乃戲機関を代表する天草博士は、滅多に表に出ることがなくその姿を見た者は機関の人間でも極小だとか。
今日もきっと天草博士は来ないのだろう。

パーティー会場に着き、見知った顔の人たちに社交辞令を述べたりして、時間を過ごす。会場は人が溢れんばかりの混み具合で、正直面食らっていた。
時折足がふらつくことがあったが、持ち前の気力と根性でカバー。していたにも関わらず、今僕は休憩室でぐったりしていた。
「いい、大人しくしててよ」
まるで子供に言い聞かせるかのように十和は言う。
そんなに僕が小さく見えるか。そうじゃないのはわかっているが。
「ん…ごめん」
スーツの上を脱いだ状態でソファに腰掛けた。
「お父様たちには言っておくから、ね」
微笑んだ彼女が、寂しそうな表情を一瞬だけ見せた。
何年の付き合いになると思ってるんだ、気づかないはずがないだろ。
「十和」
名前を呼んで振り向かせる。僕はソファから立ち上がって彼女を抱き寄せた。
「きゃ…人、来たらまずいよ…」
声が上擦っていて、顔を見なくともその表情が目に浮かぶ。それくらい長い間、僕たちは一緒に過ごしてきたんだ。
「ごめんね。帰ったら、桜島の景色でも見に行こう」
折れそうなくらい細い肩を抱いて、僕は言葉を紡ぐ。
「…ん、絶対、だからね」
十和も、昔に比べれば大分聞き分けのいい方になったなと僕は思う。
「連れていってくれなきゃ、ひどいんだから…」
「はは、わかってるよ」
ほら、行きな、と十和から離れる。
ソファに戻ろうとしたところで、背中に柔らかな感触が伝わる。
僕は振り向くことなく、それに身を任せた。
細い両腕が僕の体にまわされて、ガッチリとホールドされる姿勢になる。
勿論、それをするのは十和しかいない。
「もう少し、だけ…」
それは、彼女なりの安らぎを感じる手段なんだろうなと僕は解釈している。
少しして、人の気配に気づいたのか、彼女は何も言わずに離れていった。
僕はやっと解放されたにも関わらず、安堵感と不安を入り交じらせた気持ちでいっぱいになった。
ソファに座り込み、仮眠をとるつもりで瞳を閉じた。本格的にまずい気がした。体の状態は洒落にならないほど、芳しくないみたいだ。
深呼吸をしていると、声をかけられた。
「あの、もし」
初老の老人がそこに立っていた。
「ひょっとしたら君は…園山…幸四郎君のご子息ではないかね…?」
園山幸四郎。久々に聞いた、父の名だ。
「え、ええ。そうですが、あなたは…」
口元の髭が立派すぎて、鼻の下に生えたものと鼻毛の区別がつかないぐらいで。
「ほほっ、漸く会えましたの。私は君を探しておったのだよ」
僕を?というか質問に答えてくれ。
「いやあまさかこんなところで会えるとは思わなんだ」
老人は一人でフィーバーしていた。僕にはこの事態を止める術がなかった。
「しかし、あれから十年、君は一体どこで何をしていたのだね」
「あ、ええと、森久教授のところで――」
「森久、というと森久雪衣嬢のことかね」
何だこの爺さんは。
「え、ええ…そうですが…」
「そうか…あの子ももうそんなに高いところに登りつめたのか」
この爺さんが何を言っているのか、僕にはわからなかった。
「あの、話が見えないんですが…」
「ん?おおすまんすまん、この歳になるとどうしてもな、何もかもが懐かしく感じてしまうのだよ」
爺さんは懐からメガネを取り出して、それをかけて言った。
「君の両親、園山幸四郎君と柚歌君、それに森久雪衣君――この三人に工学技術を教えたのは私だよ」
意外な言葉が出てきた。
「え…?」
爺さんは真面目な顔つきで言った。
「紹介が遅れたね、私は」
僕は耳を疑った。
「此乃戲機関会長、天草修柄時宗だ」
彼がこれから語る話に、僕は体調を崩していたことを忘れるぐらいのめり込んだ。

「三十年ほど前かな。ちょうど九玄の研究会に出入りしていたころのように思うよ」
爺さん――否、天草老人は目を細めて言った。
「九玄というのはね、密室サイクルを研究していたところなんだ」
「密室サイクル…?」
「密室サイクルと言うのはね、起源の象徴である始祖を、その名のとおりに密室に隔離して我々人類の誕生から発展、そして終焉を明らかにしておくために行われたプログラムなんだ」
終焉を明らかにする?
「当時は研究会と言っても、事の偉大さに気づく人間が全くと言っていいほどおらなんだ」
「あの、それとこれとどういった関係が…」
「ふむ、まあ急くな若人。最初はよかったんじゃが、一年ほど経ったころだったかの」
視線は窓の外にやられる。外は夕暮れを迎えていた。
「研究会の上役たちが研究を放り出したのだ」
部屋の外からは明るい談笑が聞こえている。
「これには私も困り果ててな、外から通う研究者も私ぐらいしかおらなんだ」
偶に聞く話によくあるパターンだった。
「いつしか、残っていた者もいなくなり、私一人になってしまった。そんな折に」
咳払いをして、天草老人は向き直る。
「まだあの頃は学生をしていたのだろう、三人の若者が私の下を訪ねてきた」
「三人…ですか」
「ああ、三人だ。一人の青年と、二人の令嬢――」
天草老人は僕の方を見てにこやかに微笑んだ。
「園山幸四郎と小野原柚歌君、そして森久雪衣君だったのだよ」
この爺さんが、両親と森久氏に工学技術を教えた。
「三人とも、まだ大学生でね。若かったよ」
しみじみと天草老人は語る。
「こう言ったんだ、彼らは。あなたのお話を伺ってきました、僕らにも手伝わせてくださいとね」
「…」
「不思議なものだと思ったよ。九玄の研究会が放置された情報が流れた翌日じゃったからな。今更誰も九玄には期待をしてはおらんかったのにの…」

「果たして、三人を私は迎えいれ、研究を続投させる為に新たな機関を設営した」
新たな機関――。
「それが此乃戲機関なのだよ」
「此乃戲機関…」
「所長は私が務め、三人には最初は密室サイクルの研究を引き継いでもらった。彼らは、一年程して密室サイクルを完成させて、国からの支援を受けるようになった。その後は自らの研究に没頭し、此乃戲機関を去っていった」
僕には何だか信じられなかった。両親や森久氏が、此乃戲機関を敵と見なしていたと思っていたからだ。でも本当はそうじゃない。
「君が産まれた時、一度会っているんだがね…さすがに覚えちゃいないだろう」
全くの真逆だったんだ。

結局、僕は休む間もなく、ずっと天草老人の話を聞いていた。両親のこと、研究のこと、今日のパーティーに出席した理由から、何から何まで聞き出した。
途中、何度か人の出入りがあった。その中には森久氏もいたし、他の機関の研究者もいた。森久氏が来た時には、二人はとても仲良さそうに話をしていた。
十和が顔を出したのは、夕陽の光が差し込むような時間だった。
「遅くなってごめ…あら、天草のおじさま」
部屋に入るなり、修二よりも先に天草老人に声をかけた十和。
「おお…しばらくじゃのお嬢さん」
天草老人もそれに応じる。
「え…知り合い?」
僕が首を傾げて、十和はくすっと笑う。
「あは、そういえば修二には何にも言ってなかったよね…」
「え、何、十和は爺さんのこと知ってたの?」
「うん、知ってた」
まさか、まさか十和まで知っていたとは。
あれ、これひょっとして知らなかったの俺だけ…?
「どしたの修二、まだ気分優れない?」
「いや…何でもない」
頭を振って、気をとりなおす。
「さて、それじゃ私はそろそろお暇しようかの」
「あらおじさま、もう帰っちゃうんですか?」
「うむ、まだ研究もあるからの。久しぶりに長々と話をしたわい」
「…天草老人、今日はどうも」
僕は深々と頭を下げた。
「ほっほ、なに、軽いもんじゃよ」
懐かしい話もできたしなと、天草老人は言って。
「今度うちに来るといい、また、ふるい話でもしよう」
そう言って、天草老人はその場を後にした。

パーティも終わって、僕と十和は先に帰宅することになった。
雪衣さんたちは片付けや挨拶まわりがあるとかで、今夜中には帰れそうにないと言っていた。
まだ、完全に回復したわけではないので、多少足元がふらつく。
隣を歩いていた十和によりかかるように、僕は傾く。
「もう…大丈夫じゃないんでしょ、本当は」
呆れたような、心配したような、どちらともつかぬ声をかけられる。
「はは、ま、ね…」
「それと…修二、のご両親のこと、聞いたんでしょ」
「へ…」
何故わかったのだろうか。
「顔に書いてあるよ。すっごく、どうにもならない気分だってこともわかる」
本当、十和には敵わないなと思う。
「帰ったら、よしよしってしてあげるから」
言われて軽く抱きしめられて。
「大丈夫よ、怖くない、怖くない。ね」
僕は少しだけ安心した。

家に帰って、僕はシャワーだけを浴びて、その後すぐにシャワーを浴びに行った十和を、じっと部屋で待っていた。
今夜見る夢を、想像することもなく。
僕は、幸福と不幸を夢でみた。


つづく。

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