圭が失踪した。
いつもと変わらない夜だった。
いつもどおりに、彼と過ごして、夜を迎えた。
僕は隣で寝ていたんだ。
「なあ、俺がもし」
うとうとしかけた時に圭は言った。
「もし、いなくなったらどうする?」
それが、原因だったのかもしれない。
「ん…わかんない…」
眠気に押されて、曖昧な返事を返した。
それだけ覚えている。
「…おやすみ」
頭を撫でてくれたその手の感触は、まだ残っている。
それが、一昨日の夜の話。
半日ぐらい、いなくても、夜には帰ってきて、またいつもの夜をすごせるだろうと思っていたんだ。
帰ってこなかった。
今までに、こんなことはなかった。
あるはずが、なかった。
起きてはならない出来事だった。
これが、僕をある一つの事件に巻き込む要因となろうとは思いもしなかった。
「昨日、帰ってこなかった」
家の中にはもとよりいない。
家中はどこも探しつくした。
玄関に靴はない。
果たして圭は、どこへ行ったのだろう。
一人分の珈琲を淹れて新聞からニュースから、ネット記事の果てまでをチェックする。
過去の誘拐事件から、現行で解決していない事件を洗いざらい探し出す。
圭がいなくなった状況と共通点をもつものを重点的にだ。
とは言うものの、共通点なんてそんなにはない。
一つ目は、自宅からいなくなったということ。
二つ目は、深夜から明け方にかけていなくなった。
それ以上、思い当たらない。
別に喧嘩していたわけでもないし、何も問題は無かったはずだ。
少なくとも、僕はそう思う。
僕がそう思うだけで圭がどう思っていたかはわからない。
そんなことはないはずだ。
「なんで、こういうときに限って」
圭は、束縛されるのが嫌だからと携帯電話を持つことをしなかった。
僕は一応持ってはいるが、登録してある人数なんてたかが知れている。
圭と、圭の一番の親友と自称する高浪さんと、後は行きつけの美容院とか…。
要するに、役に立たないってことだ。
昨日の夜高浪さんには連絡をしたが、仕事が忙しいのかどれだけコールしても電話に出ることは無かった。
代わりに対応してくれた留守電機能の無機質な声に従い、伝言を残しておいた。
時間があけばすぐに連絡をくれるはずだ。
「…何も、言わずにいなくなるのは今までにもあったよね」
卓上に広げられたノートPCの横、僕と圭が二人で写っている写真に声をかける。
「でも、こんなに帰ってこないなんてことはなかった」
それが、こんなにも。
「寂しいなんて、さ」
何で僕は泣いているのだろうか。
涙が止まらない。
゛とまーらーないー゛
携帯が鳴った。
「高浪だ、遅くなってすまない」
涙をおさえ、僕は会話を試みる。
「高浪さん、すいませんお忙しいところを」
「どうした、泣いていたのか?圭が消えたってのは本当なのか?」
ああ、泣いてたのばれてるし。
別に泣いていたこと自体はばれてもよかった。
「ええ、どちらもあたりです」
「詳しく説明してくれないか」
高浪さんは要領よく理解してくれた。
一仕事ついたそうなので、今からこっちに来ると言ってくれた。
つづく。
この記事にトラックバックする