「いい月だね」
圭が言ったのを聞き逃さなかった。
「え?何、漱石?きもいからやめてくれ」
「いや、そうじゃなくて、本当にきれいなんだよ」
こちらを見ることは無く、圭は言った。
視線は窓の外、遥か高い空に固定されていた。
「…本当だ」
確かにいい月だった。
「さて…じゃあ、いこっか」
圭は急に立ち上がって、壁にかけてあったコートを羽織った。
「え、行くって…どこ行くのさ」
「夜桜を見に、さ」
つかつかと彼は歩みを進めて、玄関まで行ってしまった。
取り残された僕は、あっけにとられていた。
「…待ってくれよ、行くから」
いつもと変わらない、そんな夜のことだった。
いつも、というのは、圭と僕が常に同じようなことをしているからである。
昨日だって、今日の仕事があるにも関わらず圭が「お茶でも飲みに行こう」だなんて言い出したから。
おかげで、仕事にならなかったのだ。
実際、それだけが問題ではないのだが。
そんな、日のことだった。
この記事にトラックバックする