「君が主役ね!」
桜乃琥姫が振り返ると、其処に居たのは一人の青年。
いや、青年なのかどうかもわからない。
黒のラバーソウル、紺のあるハイソ、パニエで膨らんだフレアスカートに、何だか矢鱈めったら貴金属のついた黒い七部のパーカー。しかもへそだし。背中から、天使の翼のようなものが生えている。深く深く目深に帽子を被っていて、その目元は見えない。しかし、口元は笑っている。あの様子じゃ、目も笑っているんだろう。
そう考えるまもなく、指を指される。
「だーかーらー、君が主役なのー」
言っている意味がわからない。
「…あたしが、ですか」
「そう、君が主役なのん」
え、ちょっと、何、この人。
男とも女とも判別しがたい声の高さが、耳をつく。
「ってーわけで、この辺はもう危ないから、一緒に来てほしいのん」
つかつかと歩みよってきて、そいつは琥姫の腕を掴む。
「さ、行こう」
つっと、手をひかれて、ひっぱられていく。
「ちょ、今からあたし、ガッコが」
「だいじょぶー、連絡入れといたからーん」
何と手回しのいい。
「あ、なら、だいじょ…あんまり大丈夫じゃないです!」
腕を払い、その場に立ち止まる。
此処にきて、琥姫はやっと理解してきたらしい。
自分の置かれている状況を。
「なんなんですか、一体…いきなり現われて、いきなり主役だなんて」
からかうのもいい加減にしてください!と、言おうとしたところで、口をふさがれる。
「もがっ」
「しっ、静かに…」
そのまま一緒にしゃがまされる。
手を退けて、やっと一言喋ることができた。
「な、なにするんですか!」
「静かにって、言ったでしょ…」
ほら、あれ--と、天を指す指。
その先には、この世のものとは思えぬ大きさの鳥のような化け物が飛んでいた。
「え…なに、あれ」
何かを探すかのように、其れは上空を飛び回っていた。
次の言葉に、琥姫は耳を疑った。
「まずいねー、あれに気付かれたら、ちょっと今は死んじゃうかもねえ」
死ぬ?なんで?
「あれさ、やばいんだよね、基本的に。元は人であって、今は人でないものだからさ…」
帽子をあげて、そいつは言った。
よく見れば、なかなか整った顔立ちをしている。でもまだ、性別はわからない。中世的な顔立ちではあるのだが。胸は、ないようにも、あるようにも見えるし…。全体的に華奢な体格をしているし、よくわからない。
ただ、格好は奇抜だけれど。
瞳の色は、カラーコンタクトでもしているのか、オレンジ色だ。
左右の耳に、月の形のピアスを一つずつ。
「ん?ボクの顔に何かついてる?」
「あ、えっと…」
言葉が出てこない。
何と言えばいいのだろうか。
「えっと…その…」
なんだろう、言うのが恥ずかしい。
「ま、おいといて、さ。今ならいけるよ」
上空には、もうあの鳥は見当たらない。
「あ、えっと」
手をひいて、走りだす。
それについて、琥姫も足を速めざるを得ない。
「とりあえずボクらの隠れ家に行かないといけないから」
「隠れ家?」
「うん、隠れ家」
なんだろう、どきどきする。
あたしは、そいつに導かれるままに。
その隠れ家へと行くことになった。
次回。
琥姫は藤野と椛に出会うことになる。
夢のような、物語のはじまり。
つづく。
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