朝のニュースを見てから、半日が経った。両親は我先に地球外移住のチケットを手に入れようと憤慨しに役所に行った。役所で申請して、整理券をもらうらしい。何だかゲームの発売日みたいだ。
テレビには、国際空港や宇宙センターに殺到する人々の姿が映し出されていた。
各国の首相達は、二週間後の二十日にはもう地球から脱出するらしい。移住先は火星だそうだ。
まさか普通のスペースシャトルで行くわけではないだろうと思っていたら、バカでかい戦艦みたいな、それこそ大和や長門みたいなのが造られていたらしく、予め地球崩壊の情報を得ていた奴らはもうそれに乗り込んでいたみたいだ。奇しくも、その情報を持っていたのは富豪と呼ばれるぐらいの層の人間たちだった。きっと、スラム街や経済的に発展が著しい国の人々が、地球に残ることになるのだろう。
国はどこまで国民をコケにするのか。
働く人がいるから国の経済は潤って、循環するのに。
そんなことを考えていたら、一人暮らしをしているはずの姉が訪ねてきた。
「よっ」
でっかいカバンを一つ持って、玄関で降ろした。
「姉ちゃん…連絡もなしに帰ってくるなってあ」
「最後に顔見せに来たのよ」
姉はにっこりと笑って言った。自分でチャームポイントだと言う八重歯がキラリと光った。
「最後って…ああ、そうか」
いきなりすぎて面食らってしまったが、世界崩壊のニュースはデマてはないみたいだ。
「そうよー。お父さんたちはー?」
姉はズカズカと上がり込んでいる。勝手知ったる他人…元我が家だもんな、勝手知ったるではない。
「役所に整理券もらいに行ってるよ」
言いながら姉のカバンを居間に運ぶ。
「そっかー」
冷蔵庫から出したと思われる牛乳をラッパ飲みしてから、ソファに深々と座り込む。
「ねえ、本当にあの隕石、地球に衝突すると思う?」
神妙な面持ちで姉は言う。
「まあ…あんだけ大々的にやるんだから、本当なんじゃないの?」
「ふーん…君は肯定派か」
何やらニヤニヤしながら姉は続ける。
「ちょっとこっちおいで」
ソファに半分ほど横になった状態で、姉に手招きをされる。
何の気兼ねもなしに、ソファの反対側、姉の足元に座った。
「…そっちじゃない、こっち」
何だか少しムッとしているようだ。仕方がないので反対側――姉の顔のある方に座る。
「気が利かないんだから――」
言われながら、起き上がった姉に抱きしめられる。座っていたせいか、胸がちょうど顔の位置にきて息苦しい。
「なんてねー、久しぶりだねぇ、元気にしてたの?たまには連絡ぐらいくれてもいいじゃないのよ」
うりうりと頭を撫でられる。姉は俺に甘い。これは単なるスキンシップの一種で、姉に会う度にされる。昔、まだ姉と一種に住んでいた時からの名残だ。
「…くるしいってば」
枯れたような声を出して対抗すると、姉のスキンシップは終わり、俺は解放される。
「あは、やりすぎ…てはないね」
ニコニコとした笑顔になれば、姉は誰にも危害を加えたりはしない。
「ふう…で、本当は何しに帰ってきたの」
ギクリとわかりやすい擬音を口から出して、姉は硬直する。
「なん、のこと、かな…?」
「や、いつもじゃん。姉ちゃんが連絡なしに帰ってくる時って大抵なんかあるじゃん」
ギギギと姉は言った。
「…素直な姉ちゃん、好きなんだけどな」
聞こえるか聞こえないかの声量で俺は言う。姉の耳がぴくりと動いたのが見えたから、きっと聞こえているだろう。姉は俺をおもちゃか何かと勘違いしているか、そうでなかったら惚れられているか…どちらにせよ、事後処理なんかは大変そうだ。
「じ…実は」
「実は?」
「弟に、会いに来たんだ」