九支枝の葬儀は随分ひっそりと行われた。
集まったのは、親族と少しの友人たちだけ。本当なら彼女のためにもっと集まらなければいけないのだ。
写真の中の九支枝は笑っている。
我が子を見守るかのような表情で。
皆、我先にと地球から出て行く。
自分の生まれた星を捨てて。
そういった流れの中で、九支枝の死はどれだけの影響を与えたのだろうか。
少なくとも俺の中では、彼女の存在が大半を占めていた時期があるので、言葉にできない。
九支枝の両親は、俺のことを覚えていてくれた。
高校時代、九支枝の家族には世話になったことがあった。
それは今語る必要はない。いずれ、世界が崩壊しても俺が生きていたら語るのだろう。
交わせる言葉がなかった。
葬儀が終わり、出棺となって。
火葬場で彼女を見送った後。
俺は九支枝の両親と対面した。
九支枝の両親はとても辛そうな面持ちでいた。
それでも、俺のことを思ってか、父親である宗平さんは語ってくれた。
話は今から四日前、九月八日に遡る。
俺が九支枝と会った直後、九支枝は帰路についた。
そして、俺と会ったことを両親に話していたそうだ。
久々にあんな笑顔を見た、と宗平さんは言った。
夕飯も一緒にとり、いつものように家族団欒を過ごしていたそうだ。
そして、彼女の携帯が鳴り、少し出てくると言ったのが最後。
どこに行くんだと、宗平さんが聞くと、彼女はこう言ったそうだ。
『高校の時の、友達に会いに』
変わり果てた姿で彼女が見つかった場所は、ある古本屋。
迷路のような複雑な本棚の並びの中、一番奥で彼女は血まみれでいたそうだ。
連絡を受けたのは、夜中だったらしく、両親も心配していたところだったとか。
何故あの子がこんな目に合わなければならんのだと、宗平さんは嘆く。
俺は、聞いていて頭がずきずきと痛んだ。
赤ん坊の泣く声が聞こえてきた。
振り向けば、そこに九支枝の母親である良子さんがたっていた。
腕の中には、二つの命。
九支枝の残した命が、そこに存在していた。
双子、そう聞いていた。
そういえば、九支枝自身も双子だったとかいうような話を聞いた記憶がある。
二人とも、どこか九支枝の面影がある。
気がつけば、その子たちを抱かせてほしいと言い出していた。
良子さんは快く返事をしてくれて、俺は同時に二人を抱えることになった。
先ほどまでは泣いていた二人だったが、今は安らぎを感じたかのようにおとなしい。
この子たちが残された意味がどこにあるのだろうか。
涙が流れ、二人の顔におちる。
良子さんは気遣ってくれて、涙を拭いてくれた。
宗平さんは、子供をなだめるように肩を抱いて諭してくれた。
何で、だろう。俺よりも辛い人たちが、ここにいるのに。
俺が一番悲しいみたいに、泣いているだなんて。
この時ほど、自分が恨めしく思えたことはなかった。
火葬が終わり、骨壷に骨を納める作業がはじまった。
この瞬間こそ空虚な時間だと思う。
骨だけになった彼女が一つの空間に納まるのを、ずっと目で追っていた。
ああ、俺は何をしているのだろう。
九支枝の子供たちは、ずっとおとなしくしていた。
全てが終わり、また余裕ができたら連絡すると告げて俺は九支枝の両親と別れた。
何もしたくない、このままどこかへ行きたい。
そう、思ってしまう自分を、何故か受け入れようとしていた。
ハイネのことも気になっていた。
昨日の今日で、まだニュースではハイネのことをとやかく言っている。
俺としても、葵としても、その扱いは目に余るような光景だった。
葵は今日はずっと家にいる。
ハイネのことが気になってしまって、何も手につかないだろうとは予想はしていた。
九支枝を殺した殺人鬼を、俺は許すことができないだろう。
そう、思っていた。
思っていたら、路地を曲がったところで人にぶつかった。
そのまましりもちをついてしまい、戸惑う。
「わっ、びっくりした」
「あ、すいませ…ん」
目の前から歩いてきたのであろう人物は、この暑い中、厚手の羽織を着ていた。
綺麗な色あいの羽織で、黒地に金。
「はは、ぼくもたまにやるんですよね。気をつけないと、とは思うんですけど」
笑っている羽織の男の向こうにいた女の子が近づいてきた。
「御津耶さん、笑ってないで先に謝っておいたほうがいいのでは」
きょとんとして、男は口を尖らせる。
「ああ、そうでした、すいません」
男は立ち上がり、俺の手をとって言った。
「前を見ていなかったのは私も同じでした。お怪我はありませんか」
なんと、一瞬で紳士的な態度になった。
それに驚きつつも、ええ、まあとかしか返せない。
それはよかった、では。と言って男は行ってしまった。
後ろにいた女の子も、俺に一礼をしていった。
男の背、羽織には鬼の絵姿が描かれていた。
それに見とれてしまった。
禍々しくも美しい。
携帯が鳴る。
そういえば、今朝から電源を入れっぱなしだった。
九支枝の葬儀の最中にならなかったのが幸いだった。
コールは七回。
俺はそれを確認して、すぐにかけなおした。
「どうした」
電話の向こう、一つ咳払いをした相手が言った。
「やあ、殺人鬼についての新しい情報が入ってね」
挨拶もなしに彼は言った。
息を飲んで返事をするのを忘れるぐらいに。
俺は動揺した。
「殺人鬼斎藤は、羽織で行動しているそうだ」
羽織?
ゆっくりと、振り返る。
まだ、あの男はそこに。
少女の向こうの、後姿。
「背に、鬼の描かれた羽織を…」
携帯を耳から離して、声を荒げて。
叫んだ。
「なあ、あんた、そこの羽織の――」
男は振り返って、にやりと笑った。
「殺人鬼篇再開。同時に、宝石商篇開始」