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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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世界崩壊のお知らせ12

「……」
殆ど個室と言っていいぐらいの、こじんまりとした空間にいた。カフェの中に扉のついた個室がいくつかあり、頼んだメニューは何故かメイド服を着たお姉さんが持ってくる。
葵の言っていたカフェ(ここ)で待ち合わせるよう連絡をとって、俺は水嶋ハイネを捕まえた。
その流れで、ハイネを放置するわけにはいかず、一緒にお茶でもということになったのだ。
しかし。俺も葵も、目の前の存在に何と声をかけたらいいのかわからなかった。
そんな俺達とは裏腹に、彼女はケーキを胃に収める作業に取り組んでいる。まるで何事もなかったかのように。
「これ、おいしい、ですね」
うわあ何この子の笑顔。綺麗すぎる。
「う、うん」
葵は葵で、彼女を見つめたままだった。
水嶋ハイネと、昼下がりのティータイムなんて思いもしなかったイベントだ。
喜ぶべきなのだろうか。
「…食べない、んですか?」
疑念の抱かれた視線がつきささる。
「あ、うん、食べるよ。食べる」
取り乱す俺。情けないにもほどがある。
「あの、君はその……」
葵が口を開く。
「はい、何で、すか」
変なところで言葉を切る子だ。
「水嶋ハイネさんだよね」
そこだけを小声で、葵は言った。
「…はい」
ゆっくりと口の中にあるケーキを飲み込んでから、彼女は言った。
「ご挨拶が遅れ、て、失礼しま、した」
彼女は姿勢を正して、二人を正面に見据えた。
「改めて…私は、水嶋ハイネ。世界が生んだ一つの意識を持った人間です」
「うん、知ってるよ。あたしたち、あなたのファンなの」
葵が優しく返す。
「あたしは葵、こっちは四塚」
葵が俺の分も紹介をしてくれた。何と楽なことか。一応挨拶だけはしておこう。
「それで、何であそこにいたの?」
「……少し、息抜きがしたくて」
少しだけハイネの表情に陰りがさしたように見えた。
「息抜き…?」
「今日で、最後ですし……」
最後、という言葉に葵が反応した。
「ええ、本当にお疲れ様…まだ終わってないけど。すごいよね、まだ14歳だっけ?尊敬しちゃう」
葵が饒舌になり、少しだけ打ち解けたような錯覚に陥る。
「その…世界崩壊のことも、不安なんです」
重い空気の中、葵は言った。
「ね、色々聞かせてくれない?」
「いい、ですよ」
ハイネはにっこりと笑った。
二人が話し始めたのを見て、俺はソファに身を沈めた。
二人の声が響く中を微睡みに揺れる。うつらうつらとしていて、話は段々遠くなる。やがて深淵が訪れた。

フカフカのソファは俺を悩ませて、綺麗に沈んだ。それが心地よくてどうも眠ってしまったらしく全く記憶がない。結局、葵がハイネと話をしていただけで時間は過ぎていた。その間にハイネがどれだけのケーキを胃に収めたのかは見当もつかない。ただ、顔の高さぐらいの量の皿がテーブルに置れていたことだけを記憶している。
「あ…ごめんなさい、私、行かなくちゃ」
ハイネがそう言って席を立った。
「色々聞かせてくれてありがとうね」
葵も立ち上がり、ハイネを抱きしめる。
ハイネは驚く様子もなく、葵を抱き返す。
「頑張ってね」
「はい」
端から見れば微笑ましい風景なのだろうか。
いつの間にか仲良くなった二人に少しだけ嫉妬を覚える。
「それじゃ、会場で」
そう言ってハイネは店を出ていった。
「…はー。本物のアイドルと話しちゃった」
葵は嬉しそうだ。対照的に俺は少し不服だが。
「あ、そろそろ行ったほうが…どうしたの」
俺の表情を見て葵は言う。
「や、別に」
テーブルに置かれたカップに口をつける。冷めた紅茶を飲み干して、拗ねた子供の真似をした。
「何よ、また拗ねてるのね」
仕方ない子だなと、葵は俺の正面に立ち上がる。
「よっと…」
何かする気…ってこれ対面座位…。
足の上に跨られて俺の心臓の鼓動は高鳴る。
「さて」
次の瞬間、額に衝撃と鈍い音が響く。
「い……ってえ!?何すんだよいきなり!!」
思わず叫んでいた。少し赤い額を抑えて葵は言う。
「君が拗ねるからでしょうに。あのね、何でもかんでもそうやってすぐに拗ねるのやめた方がいいよ」
真剣な表情で葵は四塚の瞳を凝視する。
「な…俺が悪いわけじゃ」
「何を言ってるのかしら。君ねえ……」
それから始まる口論に、大量の時間を要した。
気がつけばライブの時間まで後少し。俺たちは仲直りもせずにライブ会場へと足を向けた。

ざわめく会場。
席は何故かアリーナ席だ。これもファンの成せる技だと葵は言っていた。
「……」
互いに言葉は発さず、隣あって座っているだけ。
葵は、俺のことを心配して言ってくれたのだ。わかってる。
「……葵」
「何よ」
声にトゲがあるような感じがした。
「…別に」
言い切れないまま口を閉じる。
ハイネはどうしただろうか。
俺はそんなことを考えていた。

「何をやってたんだ」
一瞬だけ、体が震えた。
「リハだって言ったのに、今までどこにいたんだ」
千字がハイネに詰め寄る。後ずさりしている途中で、足を何かにひっかけた。ソファに寝そべる形で倒れた。
「ごめんなさい」
「それで、それだけで済むと思ってるのか?」
千字の顔が近づく。
「……」
ああ、こんなにも近くに。
兄様がいる。
二人だけ、私と兄様の――。
他のメンバーは既にミーティングを終えていてここにはいない。
「いいか、今日、このツアーで最後のライブだ。そのリハにメインのお前がいない、連絡もつかない。どれだけ心配したと思ってるんだ」
がっしりと肩を掴まれて、瞳を真っ直ぐに見つめあって。
ああ、兄様。こんなにも兄様は、私を想ってくれているのに。
「聞いているのか、ハイネ」
私は悪い子ですね、兄様。
涙が出てしまう。
それは、兄様が怖いからではない。
「泣いたって……はあ、わかった、落ち着いたら来い」
兄様はそう言って部屋を出た。私が涙を見せると、いつも逃げるようにしてどこかに行ってしまう。
届かない。私の想いは届かない。涙は止まらない。悲しいんじゃない。寂しいんじゃない。私を見てくれている兄様がいてくれることが嬉しいのだ。でも兄様は、本当の意味では私を見てくれていない。血が繋がっているとか、そういうのは関係なしに。私を見てほしいのに、見てくれない。
「兄様……」
世界が崩壊する前に。私は兄様と結ばれたい。鏡の前に立つ。映る私の姿はなんだか小さく見えた。
意味ありげにお腹をさすってみる。このお腹に、兄様の子が。なんて。そう考えると自然と笑みが零れる。私と兄様の間には、そういった事柄は全くもってない。ただ、そうなれたらいいといつも思っている。私は兄様を愛している。かつて兄様が愛したあの子よりも。私の血肉となったあの子よりも。私から兄様を奪おうとしたあの子よりも。
「私と兄様の……子」
言葉にすればそれだけ気持ちは高ぶる。
私は兄様を愛している。

ガヤガヤと人も増えてきていた。これだけの人がどこにいたのだろうと言わぬばかりの勢いだ。
「……人いっぱいだね」
ボソッと葵がつぶやく。
「え…あ、うん」
俺は返す言葉が見つからなかったので適当に返事をした。
「ハイネちゃん、いい子だったね」
いきなりハイネの話を振られて当惑する。
「そうなの?俺寝てたから話全然聞いてなかった」
ため息が葵の口から漏れる。
「なんだよそのため息」
「べっつにー…脳天気だなって思っただけ」
にやりと笑う葵、俺はなんだか悔しくなる。
「はっ…」
言いかけた時、会場の灯りが全て消えた。ステージだけに残された灯りが俺たちを照らす。わあっと湧き上がる歓声。
ステージの端からメンバーが出てくる。
最後にハイネが出てきて、更に声は跳ね上がる。
葵も俺もただ見入っていた。
誰もが声をあげる中で、おとなしく見ていた。
曲が流れ始め、会場は静まる。
「……歌います」
ハイネの声が高らかに響いて、歯車が廻りだした。

アンコールまで含めて、ハイネは歌いきった。今思えば、俺たちは彼女を止めることができたはずだ。まさかあんなことになるなんて、誰が予想しただろうか。

「告白します。私は、ある方の為だけに歌ってきました」
興奮覚めやらぬ中、ハイネは語りだした。
「その人は、私をよく知っていて、私を励ましてくれる、素晴らしい方なのです」
会場は静まり返る。
葵は微動だにせず、俺も彼女の声に聞きほれていた。
「その方のためになら何だってできます。私は何でもする所存でいました。今は、いないメンバーですが、このグループ創設時のメンバーで、リリという子がいました」
リリ。まだ彼女たちがHAINEとして活動していたころにいた女性ボーカリストだ。葵の持っているCDにはリリの歌った曲がいくつかあったはずだ。
「リリは、私より一つ年上なだけなのに、私よりも歌うのがうまくて、とても可愛くて他にも何だってできました。まるで絵に書いたような、そんな子でした」
ハイネの口から、スルスルと言葉が紡がれる。
「私はそんな彼女が好きでした。とても好きで、同時にとても嫌いでした」
一部でざわめく音がした。
「私が喋っているの、邪魔しないで」
音のした方を一瞥しハイネは話を続ける。
「私は単純に、リリはすごいと思っていました。尊敬の念すら抱いていたのです。でもリリは、私が持ち得ていて、自分にないものを利用してあの方に近づいていきました」
「ハイネ、どうした」
ハイネの様子がおかしいとでも思ったのだろうか、千字が持ち場から離れてハイネに歩み寄る。
「来ないでください兄様」
到底、ハイネの口から出たとは思えないぐらいの迫力のある声に千字の足は止まる。
「お前何を言う気――」
「全部、ですよ。私を止めたって、無駄です兄様」
声に影があるような、生ぬるいような感覚が会場を支配する。それは呪詛のようにも感じとれる。
「もうすぐ、世界が崩壊する。ここに集まってくださった方々のどれだけが、それを懸念し、恐れ、逃げ惑うのでしょうか」
両手を掲げて、ハイネは天を仰いだ。
「ああ、私は、そんなことがどうでもいいぐらいに」
葵が手を握ってくる。
俺はその手を握り返した。
「――どうでもいいぐらいに、ある方を、兄様のことを愛しています」
会場から黄色い歓声があがる。歌姫の衝撃の告白を、皆が受け止めた。千字はその場から動こうともせずに、いや、動けないのかもしれない。
「私の話はまだ続きます、静かにして」
ハイネの言葉には妙な支配感があり、声はピタリと止む。
「私が持ち得たのは兄妹という鎖、血縁関係というもの。リリは他人。ただそれだけで兄様に近づいて、私から兄様を奪おうとした。どうすれば兄様は私を見てくれるのか。どうすれば兄様に近づけるのか。どうすれば兄様の隣にいることができるのか」
ハイネの瞳に涙が溜まっていた。
「だから私は考えた。リリを排除しようと。リリを越えるために」
一陣の風が吹き、ハイネの髪を揺らした。
「リリがいなくなったのは、丁度三年前の今日。あの日、メジャーデビューした私たちは、皆でお祝いのパーティーをした。皆、楽しく騒いで、時間は過ぎていった。私は兄様に褒められたかった。でも兄様は、他の皆のところに行っていてそれどころではないみたい。宴も終わりに近づいて、リリと兄様がいないことに気づいた私は二人を探しに部屋を出て、見てしまった。二人が抱き合い、キスを交わしているのを」
殆ど叫ぶようにして、ハイネは涙を拭う。
「探さなければよかった。褒められたいなんて思わなければよかった。私が欲張ったから。私が」
会場全体がハイネに飲み込まれていた。
「――その時は、動揺して声がかけられなかった。まるで、殺人の現場を見た、そんな雰囲気の中にいた。そこで初めて、兄様に対する気持ちに整理がついた。最初は、よくわからなかったけれど、やっとわかった。私は兄様を愛しているのだと」
ハイネは、感情が内に籠もりそれが吹き出しそうになるのを抑えているように見えた。
そしてハイネは言ったのだ。
「だから私は、リリを殺した。彼女を殺して、この血肉とすべくリリを。リリであった肉塊を」
どこからかナイフを取り出して、喉に向けて言った。
「食べたのです」
ハイネは微笑み、自分の喉にナイフを。

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