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その数秒を被写体に

日常を主に綴っていく日記。バイクと釣りと、後趣味の雑文なんかが混ざる。

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世界崩壊のお知らせ11

だだっ広い平野につくられたステージ。
そのステージの上に少女が一人。
観客は満員御礼、フェンスを破り乗り越えた客もいた。
「私が私であるために、私は私であるということを諦めました」
少女は呟く。スポットライトを浴びて、月光に照らされている。
「それは私を殺すということではなく私を無くすこと」
風に揺れる髪が、月光の下に影をつくる。
「私は私。でも、このままじゃ満たされない。そんな時出会ったあの方に身を捧げ、あの方の望むように努めました」
誰も物音一つ立てずに聞き入っていた。
「でも、私はあの方の望むようにはなれませんでした。私は嘆き、願わくば私が私たりえるものを、私が私自身であるということを諦めるようにと」
少女は微笑み、両の腕を広げて掲げた。
まるで赤子をとりあげるかのように。
「私は願ったのです。水嶋ハイネである私を、この世界から消してくださいと」



九月十一日、天気 晴れ。
九支枝殺害のニュースから二日後。

軽快なギターの音に、耳を傾けていた。
耳から脳に入り込んで、焼き尽くような音色は私を魅了する。
離れない。何からもどこからも。
一度ならず、何度も。
不協和音を奏でた音は重なり一つの戦慄を産みだす。
それは音を束ね、巻き込むもの。
高音も低音も、すべて貫いて砕ける。
私を違う世界に連れていくのはその音。
私は呼ばれてそこへ行く。
いつも、あの方のことを想っている。
ああ、私はいつも、あなたのことを。

俺が他人に促されて特定のアーティストの曲を聴き始めたのはまだ近年のことだった。
周りに流されるのを嫌っていた当時の俺は、他人の知らないものを探すのに夢中だった。周りが到底知らないようなものを自分だけが知っているという優越感に浸りたかっただけの話ではあるが。
発端は葵の持っていたインディーズのCDからだった。
HAINEと名乗るグループだった。
今でこそ有名ではあるが、まだこの頃は活動を始めたばかりで、名もなき歌声で一部を熱くさせた。初期メンバーは八人。
ことあるごとにメンバーの入脱退を繰り返して、一時期はアングラシーンでの活躍も危機的なものを感じていた。
そんなHAINEはある日を境に人気を得て、表舞台に飛び込んできた。
名をHAINE改め“水嶋ハイネ”として。
メインボーカルのハイネは、幼少の頃から歌うことが好きで、物心つく前から音楽活動をしていたと何かの雑誌で読んだ。
そんな水嶋ハイネが行う野外ライブに来ることになったのは葵の配慮だった。
同級生である九支枝が殺され、気が滅入っていた俺を外に連れ出そうと彼女は励ましてくれた。
その前に、買い物でもしようと荷物持ちを任された。
「ねえ、どっちがいいかな」
両手に一着ずつ服を持ち首を傾げる葵。
「いや、だったらこっちの方が葵には似合うと思うけど」
別の服を手にとり、葵の身体にあてがう。
「えー」
子供のように口を尖らせる葵は、じゃあと言ってそれを試着しに行った。
この国は、至って平和だった。世界が崩壊するだなんて誰も信じていないかのように生活をしている。もう少し危機感持ったらどうだろうか。
「ちょっとーこんな感じなんだけどー」
試着室から首だけ出して反応を伺う葵。
「今行くよ」
重たいと感じた腰をあげて、葵の待つところへ向かう。
天気は曇り模様、夜には晴れるといいが。

私は壊れるのが怖いのです。愛したあの方が、私を壊そうとするのです。
私があの方を愛しても、何も返ってきやしないのに。
「ハイネ、リハ始まるよ」
背後から声をかけられて驚く。
「あっ、はい、いきますっ」
椅子から立ち上がりろうとして躓く。
「っと、大丈夫か」
支えてくれたのは声をかけた本人、陸堂千字。
HAINE創設時からのメンバーで、ハイネが幼いころから尊敬の念を抱く唯一の存在。
ハイネの実の兄である。
「あっ、大丈夫…うん」
「はい、きをつけ」
言われて鏡の前で直立の姿勢をとらされる。
「髪、やっぱあげた方がいいんじゃないか」
陸堂の指がハイネの腰まである髪を梳いた。
鏡の中で二人の視線が合う。
よく似た兄妹だとハイネは思う。
「…このままでいい、です」
目を伏せて、陸堂にもたれかかる。
「甘えたがりのお姫様、か」
陸堂は微笑む。
「甘えてるわけじゃないんです…」
とは言いつつもハイネは陸堂の腕に絡まるようにしている。
「そうか、とりあえずリハが先だよ」
ハイネをきちんと立たせて、自分の方を向かせた。
「いいかハイネ、今日はライブ最終日だ。気を抜かないようにな」
兄ではなく、メンバーを束ねるリーダーとして、彼は言う。
「はい…」
ハイネは頷きながらも陸堂に抱きつく。
「後だ、後」
少女を引き剥がして陸堂は部屋を出る。
陸堂が立ち去った後、ハイネは呟いた。
「……最後、ですしね」
鏡の中に映る少女は微笑みを絶やすことはなかった。

「買いすぎだ、これは」
葵の後ろで、両手に袋、頭上にいくつか箱を乗せて動かない四塚が言う。
ショッピングモールの中を、横断しながらなので、多少ふらついている。
「だって君がどれも似合うって言ってくれたからだよ」
満足した瞳で葵は荷物を眺める。
「お母さんの買い物じゃないだけマシでしょ?」
「ま、そうだけどね」
確かに葵の言う通り、母の買い物の量は尋常じゃない。気持ち悪いぐらいの量を買うので、何とも言い難いのだが。
「で、ライブ何時からなの」
「んー……後六時間ぐらいしてから」
何だその答え、何時からって聞いたのにそんな答えかたがあるかよ。
「会場すぐ近くだし、大丈夫よ」
ニコニコとしながら葵は言う。
「ま、お茶でもどう?あたし美味しいお店知ってるんだ」
俺は無言で頷く。
「じゃあ決まりねっ」
嬉しそうにはしゃぐ葵を見て息をつく。
俺より先を歩いて、いい気分なのだろう、鼻歌なんか歌ってやがった。
どんっという音がして、衝撃に身体が揺れる。
「ひょおっ!?」
情けない声をあげて地面への設置面積の範囲が50%を越えた。荷物は全部投げ出してしまった。
「え、何、って四塚!?」
葵が振り向き、駆け寄ってくる。
「…いってえ」
起き上がって服の汚れを払う。
「あうう…ご、ごめんなさい、大丈夫ですか…?」
声のした方向、尻餅をついた子供がいた。透き通った声だった。
「まあ…平気だけど、君のほうは」
「大丈夫、そっちこそ怪我とかない?」
俺の台詞をぶった切って葵が声をかける。
「はい、全然、平気……です」
特にどこも、とまでは言わなかったが、どうやら無事らしい。
「よかった」
葵はにっこりと笑って、未だ尻餅をついたままの相手に手を差し出す。
その手をとり、ゆっくりと立ち上がるその身体。目深に被った帽子にサングラス、腰まである髪。全体的に細いシルエット。その華奢な体つきと胸の膨らみから、女の子だとわかる。しかしその格好はまるで自分の正体を隠すような――。
「あ、あの、すいませんでした。少し、急いでいたので……」
どこかで聞いたような声。
「いいのよ、気にしないで」
ぶつかったのは俺なのに葵が答えてどうするんだ、そう思って、荷物を拾う。
「あ、私もお手伝いします」
彼女は一番近くにある荷物を拾ってくれた。
荷物をすべて拾い終わると、彼女はそれじゃあと言って立ち去ろうとした。
「あ、ねえ、ありがとうね!」
葵が慌てて声をかけると、彼女は走りながら振り向き手を振って、前方から来た見知らぬ相手にぶつかった。
「あー…」
俺も葵もあいた口が塞がらない。
とりあえず助けることにして、彼女に近づく。
「ごめんなさい、あたしの友人が…」と葵は言っている。どうも事を穏便に済ませる方向で相手に声をかけているらしい。彼女はといえば、帽子とサングラスがぬげてしまい、顔を伏せて座り込んでいる。
「ほら、これ」
近くに落ちていた帽子とサングラスを持って彼女に近づく。
「あ…ありがとう、ござい、ます…」
顔をあげた彼女を見て、息をのんだ。
まさか、そんなはずはないだろう。
でも、まさか。
思ったことが、自然と口に出た。
「水嶋、ハイネ……?」 
世界の鼓動を感じた。
周囲の視線が一気に集まる。
「え…あ…」
彼女の顔が青ざめて、俺の手から帽子とサングラスをひったくって走り出した。
一瞬の出来事だったが、俺は彼女を追うことにした。
何故、こんなところに彼女のような人物がいるのだろうか。
そんなことを考えながら、彼女を追いかけた。
何故か、このまま放っておいたらまずい気がした。







「 歌 姫 」  始まり。

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