トリコ 十一巻より抜粋。
一記。
ボクは一体誰を殺めたというのだろう。
何事もない平日の昼下がり、十野宮直哉は大学の学生ホールで時間を潰していた。
この日は朝からの講義に出席し、残すのは夕方最後の五限の講義のみとなっていた。友人である園山と二人、トランプをするのが日課である。
「そう言えば、CBR250Rが出るって聞いて調べてみたんだけど、デザインがさ」
十野宮の趣味の話に対し、園山はさも気にしていない様子で答える。
「へえ、それで、どうしたんだ」
他愛もない会話をしている二人の横を、同大学の女子ソフト部のメンバーが歩いていく。
やいのやいのと騒がしい集団の中で、園山と一人の女子の目が合ったのを十野宮は見逃さなかった。
女子ソフト部の一団が行くのを待ってから十野宮は発言する。
「……あの子か」
「いや、まあ……別に?」
妙なイントネーションで返されたのをきっかけに、十野宮はどうリアクションをとろうかと迷ったが、はっきりさせておいたほうがよいだろうと更に聞き返す。
「ありゃ確かうちの女ソフのエースだったよな。名前は」
「齋原。齋原和美」
十野宮の言葉を遮り、園山は名を告げた。
「やっぱりホの字か」
そう言われて園山はそっぽを向いた。
照れているのだろう。
「ま、そうだな、ガンバレ」
十野宮が笑い、園山は未だにそっぽを向いたままだ。
「きゃああああっっ!!」
どこからか聞こえてきた悲鳴に、二人は思わずそちらを見る。
悲鳴が聞こえた方向は、どうやら女子ソフト部の連中が行った先のようだった。
顔を見合わせて、二人は席を立った。
「どうした、何が」
しりもちをついて、目の前の何かを指差していたのは齋原和美だった。
顔色は青く、恐ろしいものを見たような目をしていた。
「あ、あれ、あれ……」
その齋原を囲むように後ろに立っている何人かの女子ソフト部のメンバーたち。
そのうちの何人かが口元を抑えてへたり込んでいる。それを宥めるメンバーもいた。
「大丈夫か?」
齋原にすかさず寄っていく園山。
それを尻目にしながらも、十野宮はその指差す方向へと目をやる。
学生ホールから廊下を通って出る先は、図書館前ホールだった。
そこに彼女たちはいて、指差すものがある。
図書館前ホールには、様々な年代のタイプライターが飾られている棚がある。
それの陰になるところにあったものを彼女は指差している。
「何だ、これ」
十野宮が近づいていき、それに手をかけた。
ぱっと見はゴミ袋で、中から何か長いものがはみ出している。
それは、人の髪の毛だった。
背筋にゾクリと何かが走って、手はその髪をたどっていく。
触れたことのある心地に、指先に加わる崩れる感触に驚きを隠せない。
「十野宮、大丈夫か」
齋原の声がかかるが、十野宮は頷きもしない。
そして、何を思ったか十野宮はその袋を持って振り向いた。
「ああ、すまない、これは俺の私物なんだ」
その言葉に、齋原の表情が変わる。
「それ、って、うそでしょ……?」
齋原の問いに十野宮は答えなかった。
代わりに、その場にいる全員に聞こえるように言った。
「これ、俺のだから。ちょっと置く場所が見当たらなくてさ。ここに置いといたの。みんなごめんね、驚かせちゃったみたいでさ」
齋原の顔色は相変わらずで、まったく変わる様子がない。
「ってわけだから、ごめんな、齋原さん」
十野宮は何事もなかったかのように袋を持ち、近くにあった階段を上り始めた。
誰もそれを止めることはなかった。ただ、見送るだけだった。
袋の中身は、人そのものだった。
ただし。
髪の毛を除いた身体の全てを、炭化するまで焼いた人の死体そのものだった。
一記。
バイトでしたー。
眠たいです。
ちうわけで、今日もおつかれさまでしたーん。
next story → 実話を元に構成されたお話です。作中の人物・団体・名称など、現実世界におけるものとの関わりは一切ございませんのでご了承ください。
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