始めに神ありき。
次いで、その神を支えるべく子等ありき。
その下に畜生の類ありき。
そしてこの自分がある。
月の下で産声をあげて、混沌の中で育ち、獣畜生の乳を啜り育った。
その獣たちは我を神と崇め、奉らんとした。
産まれた瞬間から既に、神という手の届かない存在とされてしまった。
幾日も経たぬうちに、母の元から離れ、あらゆる地を飛び回った。
ガラクタしかない地に足を踏み入れたのは初めてだった。
母の胎内で覚えたことは、すべてが役にたつものではなかったが、それでもこの世界に産まれてきた我にとっては、大きな力添えとなっていた。
この、国というなのただの地を、まずは端へと行くことにした。
体が焼かれるような暑さを感じはしたが、それでも我の体は平気なようだ。
人というものを初めて見たおかげか、些か興奮してしまったようだった。
何も知らない我にとって、この人というのは遊び相手になってくれたようだった。
日が経ち、朝日が昇り、夜が明けて、それが何度続いたのかもわからないほどの間、我はその人とじゃれあった。
遊び過ぎて疲れて、その場に倒れるようにして眠ったのまでは記憶している。
目を覚ました時には、誰もいなかった。
また、月が頭上を覆っていた。
その月の姿を見るや否や、我は叫び声をあげていた。
イエ、という名の人の住処を見たいがために、いろいろなところを飛び回った。
大きなものや、まるで檻のようなもの、奇妙な形のものがいくつかあった。
飛び回り疲れ、ある崩れかけたイエの上に降り立った。
虫たちが鳴くのを聞きながら、見渡す限りの崩れたイエを眺めていた。
この世界は、どうしてこんなにごみごみとしているのだろうというのが素直な感想だった。
母から聞いたことだけでは、情報が偏ると理解している。
それを、周りを見ていると解釈するのであれば、それはそれでいいだろう。
我は何のためにこの世界に生まれてきたのかがわからない。
世界が広く、まだ何もないころの話を母から聞いた。
それはとても幽玄な風景が続いていたと。
だのに、我が見たかったのはその風景だというのに。
今のこの世界は。
ぴりぴりと風が揺らいだ。
頭上で雲が渦巻いているのがわかる。
きっと、我が願えば何かが。
ふと泣き声が聞こえるのに気づく。
泣き声のもとがどこなのか理解するのに、数秒もかからなかった。
地に足をつけ、崩れかけたイエの中へと侵入する。
窓というものがあるらしいのだが、このイエは伽藍としていた。
昔からこの国に存在する、そういった趣の建物だということはわかる。
泣き声の主は、人の子だった。
まだ産まれて間もないのだろうか。
二、人、という数え方なのだったか。
我を見て、その赤子は泣き止む。
何か不思議なものをみるような目で、我を見つめている。
その小さな指が、我に伸ばされる。
二組の双眸が、我を見ている。
この暗闇で、見えるのかと問いただしたいが、我は人の言葉を解しても、話すことはできない。
その子等の、眼差しが。
不思議なものだと我は思う。
この世界に産まれて、母と呼ばれる大樹のもとで一晩過ごしただけなのに。
死に絶えたような世界で、我を必要としている生命があるのだろうか。
雲のない空を、自由に飛びまわれるのが今はただ、我を満たしていた。