微かな光に閉じた瞳を開いた。
でも、どこにも光はなかった。
世界が生きていることが、俺たちの望みだった。
世界が生きていないというのなら、俺たちにはどうすることもできないのだ。
でももし、世界が死んでいたとするなら。
俺たちは、その世界を生き返らせるために生きていかねばならないのだろうか。
否、それは否である。
俺たちが今生きていることの前提条件は、世界が生きているということだ。
だからまだ、世界は死んでいないと言える。
影は声をあげることもなく、そこにいた。
いや、いたと言うよりはいるのだろう。影という形でしか、俺たちの目には認識されない以上は、いるのかどうかの見当がつかない。この空間においては、それがいるということだけ認識できる。
「……あなたたちは、この世界を、救えると言うの?」
影が発した言葉に、俺は一瞬の逡巡の後こう返した。
「救えるかどうかはわからないけれど、やれることはやってみせる」
どれだけの時間がかかるのか、わからないけれど--そう付け加えて、俺は影のいるらしき場所を見据えていた。
「そ。なら、頼んじゃおうかしら、貴方たちに」
いつの間にか暗がりからアヤカシが出てきた。
「お疲れ様」
手には手鏡--それは、あの箱の中にあった手鏡だった--を持っている。
その手鏡を、影のいるらしき場所に向ける。
また、あの閃光が走る。
一瞬のうちに、光が咲いて、また途絶える。
「これで、おしまいね」
手鏡を床に置いて、アヤカシはこちらを見た。見れば見るほど、妖しい雰囲気を醸しだしている。
足元まである黒髪は、上はきっちりと横一文字に、下は地面すれすれで綺麗に切りそろえられている。
大きくスリットのあいたチャイナ服を着ていて、まるで惜しげもなく素足を晒している。
いや、見蕩れているわけじゃないのだけれど、こんな格好のやつを見たことが今までになかった。
出るところが出ていて、ないところは綺麗にない。その細い足じゃ保てそうにないようなプロポーションだった。
どうにも背後からの葵の視線が刺さっている気がする。気のせいだ。
「さて、じゃあお願いしたいことがあるの。ノーとは言わせないからね」
アヤカシは不敵に微笑む。
「悪いことじゃなけりゃ、手伝ってもいい」
俺はそう言って、葵を見る。
葵も頷き、俺のもとへと駆け寄ってきた。
と思いきや、おもいっきり蹴り飛ばされてしまった。
「っ……ってえ……何だよいきなり!?」
起き上がろうとすると、マウントポジションをとられて、顎をがっちりと掴まれた。
「さっきやらしい目で、あの人のこと見てたでしょ」
「なっ、ちげえって!そんなことないって!」
葵の目は嫉妬の炎に燃えているようだった。
「あらん、そんな目で見てくれてたの?」
地面と密着する俺の頭の横で、しゃがんだアヤカシがそう言う。
「あんたも止めろよ!俺、そんな目で見てたわけじゃないってば!」
俺の抵抗も空しく、アヤカシはニコニコとした顔で言う。
「ま、とりあえず終わったら呼んでね。あっちにいるから」
アヤカシは立ち上がって、部屋の隅の方へと歩いていった。
「……葵、わかってくれ、俺は決して」
「言い訳無用」
それを聴けただけでも、俺は幸せだったのかもしれない。
とりあえず一発おもいっきり殴られて、それから先は覚えていない。
to be continue the next story →「それでも世界は生きているから」
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