誰かが夢を見る度に、世界がひとつずつ壊れていくものだとしたら。
俺は一体どうやってその人を救ってやればいいのだろうか。
雨も降らないような世界で、旅を続けるのは些か苦労が付きまとう。
さして問題のないように思えるが、実はそこはとても重要だった。
まず、雨が降らなければ飲料水の確保ができない。
二つ目に、作物が育たないという事実が浮かび上がる。
それらを踏まえたうえで、どうにもならないことを悔やむのは、人としてのエゴだろうか。
この世界に、人が残っていないわけではない。
とは言っても、お偉いさんと呼ばれるような人間たちは皆、この星を捨てて出て行ってしまった。
もう戻ってくることができないとも知らずに。
その事実は、俺が知ることではなかった。
きっと、本人たちも知らないだろう。
葵は俺についてきている。
俺が守らなければならない人。
最愛の彼女は、今も元気に
俺の運転する車の助手席で爆睡中だ。
それでも世界は生きているから 四塚と葵篇
さてここでひとつの謎とされているようなことに目を向けてみようかと思う。
俺は車で移動していると言ったが、その動力源となるガソリンはどうしているのかということだ。
大したことではない。ガソリンスタンドで譲ってもらっているのだ。
しかしそれも穏やかな話ではない。
まるで治安の悪い国になってしまったかのように、何かを手に入れるにはそれに値する代償を支払わなければならなくなった。
金品よりも、食べるものと交換してくれと言う人が多くなった。
未だ、葵の体をとか言う輩には出会ったことはない。
しかし、出会ったことがなくてよかったと本当に思う。
葵を守りきれるか、という不安からではなく、そうした輩を相手にした時の状況判断に欠ける部分があるかもしれないからだ。
しかし、これから出会うことがないとも限らないのだ。
世間は狭いものである。
目の前に流れる川は、俺たちの行く手を阻むようにできていた。
橋が倒壊していた。
呆然と、それを見る俺と葵。
ただ、立ち尽くすだけだった。
それでも、どうにか移動しようと俺は川沿い上っていった。
どこかで迂回するための道があるはずだ。
「ひま……」
葵がぼそっと言うのを、スルーすべきかきちんと聞くべきか。
それを悩むほどの時間はなかった。
窓の外を見ていた葵が声をあげた。
「あれ、紅葉じゃない?」
車を止めて、葵の指差す方を見る。
遠くの山中に綺麗な紅葉が見えていた。
「暑いのに紅葉? おかしなこともあるんだな……気になる?」
葵は二つ返事で返してきた。
「うん、すっごく。あれ見れば、何か、また描けるかなって」
そういうことならと、俺は車を方向転換させた。
それは見事な紅葉だった。
赤。
黄。
朱。
風が吹いて、さらさらと舞う色とりどりの落ち葉の波が俺たちを包む。
山の麓に車を置いて、のぼってきた。
中腹辺りで、目当ての紅葉を見つけたのだ。
「すごい……」
葵が感嘆の言葉を漏らす。
俺は何も言えずに、ただただそれを見ていた。
それは、果実の雨のようにも見えた。
その中で、葵がはしゃいでいる。
そういうところを見ると、本当に子供だなと思う。
果たしてこの人は、本当に俺より年上なのだろうか。
姉、いや、年上の彼女と言うのが正解なのだが。
「四塚もおいでよー」
落ち葉の上でごろごろしながら、葵が俺を呼んだ。
その行動もどうなのだろう、とは思うけれど、俺は素直に従うことにした。
「楽しかったね、四塚」
帰りの山道を二人で歩いていると、葵が言った。
まるでハイネを見ていたころのように笑っている。
「そう、だね。綺麗だったな」
それにまみれていた葵がもっと綺麗だったなんて俺の口が裂けても言えない。
「もう暗くなってきちゃったね」
陽が沈みつつある道を、ゆっくりと歩いていく。
世界が崩壊したとはいえ、こんな場所がまだあっただなんて。
立ち止まって、振り返り、もう一度山を見上げる。
夕陽が山の背にあり、まるで赤く燃えているようだった。
ふっと、違和感に気づいた。
夕陽の中に見えたひとつの黒点。
それが、段々と大きくなっている。
ぼーっとそれを眺めていた。
何もわからぬままに、ただ、ぼーっと。
俺たちはその時、この世のものとは思えぬものを見ることになった。
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