世界は崩壊した。
あの世界崩壊のニュースは、真実だったのだ。
崩壊の時を、俺は葵と共に過ごした。
世界を包んだあの白い闇。
一瞬で、街中の建物は崩れていき、風は止んでしまった。
まるで、流れ星がいくつも降り注いだかのような。
今現在、この国を始めとする世界中の国は国家としての機能を果たしていない。
権力を持つ政治家たちが、全てこの星から出て行ってしまったからだ。
何でも火星に移住するとかいう話だったと思う。
今この御時世に、移住できる環境なんかあるのだろうか。
きっと、帰ってこないのだろう。
星を捨てた人間を、地球が拒むと、そう考えていたりして。
暴動でも起きるかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
公共の機関は、流石にもう動いていない。
ニュースももう、一週間ほど前からやらなくなった。
どこからか、誰かが流すラジオだけが頼りになった。
そういえば、九支枝のことは誰にも話していないような気がするし、何だか奇妙な夢を見たような記憶もある。
どんな夢だったろうか。
断片的に覚えているのは、かすかな火薬のにおいや、血なまぐさいあの。
「どうしたの、四塚」
呼ばれて、意識が飛んでいたことに気づく。
傍らに座る葵が俺を見ていた。
「あ、いや、何でもない」
「そっか」
葵は頷き、ハイネの歌を口ずさみはじめた。
呑気なものだと、俺は思う。
世界が崩壊したとはいえ、現実問題困ることなんて山のようにあるのに。
食糧とか、この先の世界の再興とか。
どうしたものだろうか。
誰かに連絡がとりたくても、携帯電話は電波が届かなくて使えない。
住宅地の中にいてもそうなるので、電波塔が壊れてしまっているのだろう。
考えられる要因はいくつもあるのだが、俺にとってのそれは理解できないわけではなかった。
そんな状況だ、誰からの連絡もないのが当たり前だろう。
しかしそれでもなお、誰かからの連絡を待ち続ける。
そんな簡単に、死ぬようなやつらじゃないはずだから。
でも、それでも死んでいった、あの双子も。
子供を残していった彼女も。
もう戻ってはこないのに。
ただ流れるラジオだけが、今生きている人達の希望となっている。
その希望に、藁をつかむ思いですがることしかできない。
「待ってるだけなんて、嫌だ」
立ちあがって、そうつぶやいた。
「んー……どうしたの、四塚」
目をこすりながらあくびをする葵。
「うん、俺、行くよ」
いきなり何を言い出すのだろう、といった顔をしているわけではないが、眠たくて思考が追い付かないようだ。
「……つれてってぇ」
「うん、わかってるよ。葵を置いてくなんて、できない」
そう、置いていくことなんてできないんだ。
姉弟という概念を持ってはいたが、そんなことを気にする間柄ではなかった。
かといって、互いに意識していないわけでもなかったようだ。
本当は姉弟じゃないってわかっても、嬉しいとか悲しいとかはなかったけれど。
何だか、胸に穴が空いたような感覚があった。
でもいいんだ。
ここに、俺と葵がいる。
それが全てだ。
両親に話をして、家を出る準備をした。
快く了承してくれた両親に感謝しないといけない。
葵は部屋で、必要なものだけをまとめているらしい。
俺はもう、準備は済ませた。
一度出た家に戻ってきて、また出て行く。
正直なことを言えば、もうどこにも行くつもりはなかった。
誰にも会うつもりすらなかった。
それでも、俺の心は違った。
思っていることも、やろうとしていたことも。
全部、全部違った。
世界崩壊から、三日。
十月七日。
季節は秋。とは言い難いほどに暑い日々が始まった。
これも世界崩壊の影響だろうと勝手に納得するとしよう。
暑いのが苦手な葵は、辛そうな表情すら見せずについてきた。
そう、この世界で。
俺は葵と共に旅に出ることにした。
目的は、困っている人を助けること。
この世界で困っている人を助けようって。
生きている、それだけで俺たちは。
昨日は、九支枝の両親のことが気になって、尋ねて行った。
両親とも無事に生きていてくれたみたいでほっとした。
双子も、こんな状況で元気そうにしていた。
無事に育ってくれるといいと心から願う。
ハイネからの連絡はない。
でも彼女なら、生きていそうな気がする。
気が、する……。
考えるだけで辛くなりそうだ。
きっと、いつか連絡があるだろう。
藤宮からの連絡もない。
北海道に無事に着けたかどうかだけが心配だ。
瀬尾とかいうやつにも、あれから会うことはなく時間が過ぎていた。
以上、一部回想終わり。
俺は今、葵を待っている。
まだ準備をしているのだろうか。
時間のかかる女ってのは、嫌だなと思っていたけれど。
九支枝や葵に関しては、そうは思うことがなかった。
ああ、いつか九支枝のことも語らなければいけないのだろう。
できれば、死ぬ間際とかじゃないことを祈って。
階段を降りてきた葵と、目があう。
「準備終わったの?」
小さなバッグ一つで、彼女は答える。
「うん、よく考えたら、そんなにもっていくものなんてないし」
少し声が上ずっている。
楽しみなのだろう。
この状況で楽しみだと思える葵も素晴らしいとは思うが。
「じゃ、行ってきます」
「いってきます」
両親に別れを告げて、玄関を開けた。
それは、新たな旅路への第一歩となる。
それでも世界は生きているから。
四塚と葵篇 始まり。